ヴァルプルギスの夜が明けたら~ひと目惚れの騎士と一夜を共にしたらガチの執着愛がついてきました~

天城

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8.帝国一の騎士①

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 翼竜の運ぶゴンドラが幾重にも連なる山脈を抜けていった。
 外の気圧や天候、風の影響を受けないように魔法で保護されているゴンドラには、十名ほどの騎士が乗っている。戦闘には向かない運搬用の飛竜で運べる人数が、それで限界だからだ。
 乗っているのは皆、騎士団の中で魔力が高いと判定された精鋭達で、その中にはアズレトも混ざっていた。

「アズレト、今日もお前が討伐数一位かな」
「いやいや今日こそディーンが一番になるって意気込んでたぞ」
「最近エヴァンも調子良いみたいじゃないか?」

 遠征に慣れた者達が軽口を叩いているのを、アズレトは静かに聞いていた。

 魔力、というのは人間の中に流れている血液のようなものだ。
 全ての者が生まれながらにして持っているが、その量には個人差があり、それを魔法として外に出す方法を会得するにはかなりの修練が必要になる。
『魔法士』とは、長い年月を掛けて魔力を放出するやり方を会得した者をいう。

 では魔法士以外は魔力を活用できないのかというと、そうではない。魔力の高い者が行き着く先は、魔法士か魔法剣士か、神官かの三択だった。
 魔法士は魔力を魔法に変えて外へ放出したり魔道具を開発している。魔法剣士は身の内にある魔力を循環させ肉体を強化し、爆発的な身体能力を発揮する。そして神官は己の中の魔力を神聖力に変換し、手で触れて傷を癒すことができる。
 この中で、アズレトの選んだ道は魔法剣士だった。

 生まれながらにして高い魔力を持ち、学園でも文武両道を極めたアズレトが騎士団に入ったのには、女性から離れたいという以外にもう一つ理由があった。
 身の内に持て余す魔力を発散させる場所を探していたのだ。

 魔力は血液に似ている。放っておいても常に生産され、消費した分が自然と回復していく。しかしアズレトはこの『生産』の部分が、他の高魔力保持者とは規模が違っていた。放っておくと器に溜まった水が溢れるかのように、魔力が暴走を始めるのだ。

 赤子の頃、感情を爆発させて泣き喚いた時に屋敷を半壊させたという記録もあった。そのためアズレトは幼少の頃から感情を抑えることを学び、常に冷静に、心を乱さないようにと教育されて育った。
 両親はアズレトにとても優しかったが、召使い達にはアズレトを恐れて辞めていく者もいた。

 笑顔で感情を乱さず、静かに目立たないように、常に息を殺してアズレトは生きていた。
 同じように高魔力保持者だった母に肉体強化のやり方を教わり、身体の中の魔力を消費するため常にそれを発動して過ごしていた。飛び抜けて身体能力が高かったのはそのせいだ。

 ――それにいち早く気付いたのが、当時皇太子だったリカルドだ。

『私の側近候補になれ』

 彼がそう言ってアズレトを誘ったのは、後から思えば無駄に消費する魔力の使い道を与えるためだったのか。アズレトは初めて主君を持ち、皇太子がいる限り合法的に魔力を発散できることを知った。苦手なことを強要されようと、周囲に同情的な目で見られようと、アズレトはリカルドに感謝していた。

 皇太子の周囲は常に危険があって、政敵の雇った暗殺者が毎日のように現われ、アズレトはその度に敵を処理してきた。アズレトが使えばカトラリーのナイフもひと振りで暗殺者の首を飛ばし、万年筆一本で敵の眉間を貫くことも可能だった。
 そうして実戦を積むことによってアズレトの肉体強化の修練度は上がっていき、学園を卒業する頃には立派な暗殺者になれるくらいには、上達していた。リカルドは叔母であるアズレトの母に『何してくれてんの!』とぶん殴られたが、シレッとしていた。

 そのまま王城へおいで、というリカルドの誘いを断ってアズレトは騎士団に入った。
 アズレトに必要なのは日々の小さな魔力の消費ではなかった。

 求めるのはもっと大きな、例えるならば――戦争、だった。





『アーダルヘルト公国の国境に到着しました! 砦への降下の準備をお願いします!』

 飛竜を運転していた技師から声がかかる。
 魔法剣士の称号を持つ騎士達は自身の得物を手に、ゴンドラの後方にある大きな扉を押し開けた。山脈を抜けていた時の高度とは違い、そろそろ敵の砦が視認できるくらいの高さで飛行している。騎士達は扉のフチに立ち、躊躇うことなくそのまま飛び降りていった。

 肉体強化を使える者なら、数百メートルの空中からの降下も全く苦にはならない。帝国はこうして各地に少数精鋭の部隊を送り、周辺国を静かに威圧していた。リカルドが即位する前からこの作戦は行われており、飛竜の運べる限界人数の部隊が組まれている。それが、彼らだった。

 黒一色の軍服に、帝国を表す金の紋章のついた短いマントを翻し、騎士達は城壁の上に降り立った。砦の外ではなく、陣のど真ん中に現われた彼らに、アーダルヘルト公国の兵士達は呆気にとられていた。

「帝国第一騎士団、特殊保安部隊、作戦を開始する」

 アズレトの宣言は、感情を含まず硬く冷たい響きを帯びて、部隊の騎士達の耳に届いた。
 同時に、ドンッと破裂するような音を立てたのはアズレトの足元の城壁だった。彼が強化された脚力で飛び出した瞬間、地面がえぐれ砕けて、散る。その音だった。


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