ヴァルプルギスの夜が明けたら~ひと目惚れの騎士と一夜を共にしたらガチの執着愛がついてきました~

天城

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5.皇帝と魔女①

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 妾になれ、ではなく。
 妾にならないか? と問い掛けられたので、シャナの答えはひとつだった。

「お断りします」
「即答だな」

 うんうん、と何故か納得したように頷いたリカルドは間を置かずにもう一つの提案をしてきた。

「では私の養女となるのはどうだろう?」
「魔女ですので、陛下の養女にはなれませんね」
「なぜ魔女だとなれぬのだ?」
「むしろ何故なれると思うのか聞いて宜しいですか? 私、精神錯乱に効く薬はもっておりませんけど」

 シャナの腕を押さえている召使い達が戦々恐々とした様子で二人の様子を見守っていた。それでもシャナは全く物怖じする気配がなく、リカルドは喉の奥で笑いを堪えながら立ち上がった。

「皆、離せ。予想以上に落ち着いている。話せるようだ」

 シャナが逃げ出さないように押さえていた召使い達は、すぐに手を離してその場に膝をついた。彼らを良く見ると若い女性ばかりで、男を恐れるシャナの気質まで調べ上げているようだった。しかも召使い達は魔女のシャナに対しても王族に尽すような態度を崩さず、シャナの方が面食らってしまう。

「朱の魔女よ、安心しろ。私は正気だ。……ちなみに私はアズレトの主君にあたるが、それは解っているか?」
「ああ、そうなんですね。あの方は近衛騎士なのですか」
「いや本来なら第一騎士団の配属なんだが、私が団長にかけあって側に置いている」
「はあ、顔がいいからですか?」

 プハッ、とついに吹きだして笑ったリカルドは腹を押さえて笑い転げた。

「顔も役に立っているが、あいつは侯爵家の嫡子でな。私が皇太子の時も、皇帝となった今も、必要な臣下なのだ」
「金銭的な面の話ですか」
「それもある。が、アズレトの本当の値打ちは忠誠心だな」
「……?」

 リカルドが座るよう勧めるので、召使いに促されシャナはソファに腰を下ろした。サッと温かい茶がテーブルに用意され、リカルドは悠々とそれを口にしている。拘束はされなくなったものの、帰してくれる気配はなかった。
 シャナは自分の顔が映るくらい磨き上げられたテーブルを覗き込みつつ、ため息をつく。

「面白いから徹底的に構い倒しているがアズレトが私を裏切ることはなく、その疑惑すらこの十数年まったく上がらなかった。皇太子に弄ばれるあまりに哀れな境遇に、私の政敵のほうがよくアズレトに声をかけていた。共に皇太子を潰そうと持ちかけていたようだが、彼らは奮起するそばから潰されるのだ。他でもないアズレトの告発によって」
「あー、撒き餌か囮ですかね」
「私は誘蛾灯と呼んでいたが、まあおおむねその通りだ。アズレトの忠誠には舌を巻くばかりだった。まあしかし、曇りないあの目を見ていると余計に曇らせてみたくてウズウズするのだが」
「……変態ですか?」
「いや、すまんなこちらの話だ。これまでのアズレトの忠義に私は感謝している。しかし美点は欠点でもあるのだ。私はもう一段階高い水準の忠義をあいつに求めていた」
「はあ」
「間違ったことをしたら諫める、というやつだ。全肯定で容認されるとそれはそれで困る。私がこのまま暴君として帝国をめちゃくちゃにしたらどうするのだ。一人くらい冷静な判断をくだして私の首を捕るような者が必要だろう。これはそのための実験だった。……まあ私の趣味も多少含まれてはいるが」

 何を言っているんだこの皇帝は、という目でシャナはリカルドを見つめた。
 ちら、と見ると召使い達が困ったように視線を彷徨わせている。彼らもこの話を聞いているが、何を言っているのかと諫める気配はない。つまりこれがリカルドの困る全肯定型の臣下ということだろう。シャナは納得して口を開いた。

「アズレト様に首を捕らせて自害させようというのなら私も黙っておりませんが」

 ひやり、と空気の温度が下がった。魔女の気配にはある種の『人間が忌避感をおぼえる』ものが混じっている。それが畏怖か、不快感か、感じ方は人それぞれだ。普段は幻術である程度押さえ込んでいる魔女の気配を解放すると、シャナの朱い目は爛々と輝きだした。
 召使い達の中には悲鳴を上げて部屋から逃げ出す者もいた。しかしシャナの朱い瞳はひたとリカルドただ一人に向けられている。

「自害などさせるわけないだろう。私が死ねば代わりに国を背負うのはあいつだ」
「……アズレト様は侯爵家だと仰いましたよね?」
「残念ながらいまは侯爵だが、私に兄弟がいないばかりに、次に皇族の血が濃い男子はアズレトになる。母が皇女だからな」
「……」

 頭痛がしてきたシャナはカラカラの喉を温かい茶で潤した。
 シャナがもしアズレトと子供を作ればそこには尊い皇族の血が流れてしまうわけだ。それはとんでもないことだ。なんとしてでも阻止せねばならない。
 魔女の血が混ざった皇族など、大事にされるわけがないのだから。

「枝葉の話題はどうでも良いのですが、私が呼ばれた理由を端的に教えて頂けないでしょうか」
「ひとつ、偽の『魔女の秘薬』の摘発のため本物の魔女の助力が必要だった。大魔女からは魔女をひとり連れて行けと許しを得ている。ふたつ、今後は魔女達を皇室が保護していると知らしめるため、魔女を王城へ留め置くことにした。それがそなただ。みっつ、そなたを王城に囲うことでアズレトを怒らせてみたい」
「……三つ目が本音ですか?」
「全て本音だが?」

 じっ、とカップを手にしばしにらみ合った二人は、同時に息をついた。シャナは鞄を抱えたままソファから立ち上がる。

「申し訳ありませんがご期待には添えないかと。アズレト様はお怒りにはならないでしょう」
「どうしてそう思う」
「私は……ううん、言い方は悪いですが……情婦のようなものなので」
「アズレトに抱かれているのだな」
「そりゃあ勃つもの勃てば男のほうは堪えるのが難しいのでしょう? 私にも事情がありますし」

 シャナはリカルドに頼み、内緒話のため召使いを全て外へ出してもらった。
 そして魔女に子が必要なこと、ヴァルプルギスの夜という行事の意味、その役割を買って出たアズレトの話をした。
 興味深そうに聞いていたリカルドは、アズレトの話題で堪えきれず吹きだした。くっく、と喉で笑うリカルドを見て、シャナは眉を顰めた。

「笑っている場合ですか。アズレト様は……」
「朱の魔女、知らぬようだがアズレトは女が嫌いなのだ」
「……は?」
「正確には貴族の女が苦手なのだな。それであの歳まで、性的な意味では女に指一本触れたことがない。そもそも忌避感が強すぎて反応もしない、それがアズレトだ」
「はあ」
「それを自分から? 子種を提供すると言ったのか、あのアズレトが! 不能も疑われていたのに良く言ったものだな。始めは幻惑の香が使われていたとはいえ、二度目からはないのだろう?」
「はい……」
「それで決まりだ、朱の魔女。アズレトは必ず怒る。……あの男が女に欲情したことなどただの一度もないのだぞ。どういうことか解るな?」

 リカルドの問いに、シャナは眉を顰める。そのままこてんと首を横に傾けて言った。

「魔女の香が、偶然にもアズレト様の不能治療になったということでしょうか?」


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