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4.鳥籠①
しおりを挟む『他言はいたしません』
小さな魔女は強ばった表情のままそう言った。
アズレトは彼女のピリピリとした緊張を感じ取って、どうしたものかと悩んでいた。女といえば、少し二人で立ち話をしただけでも『親しくして頂いております』などと他の貴族に言いふらすような、計算高いものだと思っていたからだ。
被害者のはずの少女からそんな事を言われて、アズレトは心底困ってしまった。
魔道具のおかげであの夜の記憶は失っていないものの、身体を重ねたことくらいしか覚えていない。アズレトは自分がどんな無体をしたかも解らないのだ。
それなのに彼女は、全て忘れて無かったことにしろという。
アズレトが謝りたかったのはまさにこのことだった。そのためにこの森にまで入ってきたというのに、先制されて言葉を塞がれてしまった。
そもそも見た目の体格差もかなりあって、しかも魔女は処女だったという。
勿論アズレトも初めてで、しかも理性を失っていたということは、悲惨な一夜だったのではないか。
しかも魔女の望みとはいえアズレトだけは何度も果てて、魔女がどうだったのかは全く解らない。そんな状態の性交の記憶だけを彼女に残していいのか。男としてどうかと思う。
しかも問題はそれだけではない、とアズレトは奥歯を噛み締めた。
『では来年は……また別の男を?』
『そうなりますね』
淡々とした口調の魔女が何でも無い事のように言ったその一言が、アズレトには衝撃だった。
魔女は子を得るために何度でも、よく知らぬ男に身を任せるという。
――それを知った瞬間に腹の底がカッと熱くなった。
それはアズレトが初めて感じる強い怒りの感情だった。次の男は魔女をどんな風に抱くのだろうか。魔法抵抗を高める魔道具などないだろうから、催淫効果の香はよく効くはずだ。男は獣のように激しく、この幼い魔女の身体を蹂躙するのだろう。どんな無体を強いられるか解らないのに、魔女は静かな瞳でそれを受け入れていた。
考えるだけで、アズレトは手の中にある木製のカップを握りつぶしそうになった。
子種さえ貰えればどんな男でも良いのだろうか。アズレトはふつふつと湧き上がるこの感情が決して美しいものではないとわかっていた。
嫉妬や独占欲といえるほど、アズレトは魔女のことを知らない。ただ幼子の我儘のように、嫌だと思う感情がそこにあるだけだ。
ここで憤るのはあまりにも理不尽だ。魔女には魔女の事情があり、男を選ぶのも自由ではないか。しかしアズレトはその自由を拘束し縛り付けたいと願ってしまった。
あの夜、焚き火に照らされた朱い魔女の舞に魅せられて、アズレトは自分がおかしくなったのだと思った。
『……俺ではダメだろうか』
そんな言葉を自分が口にすることになるとは。
言ってしまうまで、アズレト自身も解らなかったのだ。
‡
戴冠式も終わり、ようやく休みに入ったアズレトは王都でシャナへの贈り物を探していた。
贈り物は好意を示す一番簡単な方法だ。しかし急に距離を詰めては以前のように逃げられてしまう。はじめは食べ物や日用品などから、実用的な小物、馴染みのありそうな村の小さな装飾品、受け取るのに負担にならないような値段のものを選んだ。シャナは困惑した顔をしながらも、食事の礼だと言えば受け取って貰えた。
二人の距離は穏やかに少しずつ、縮まっているようにアズレトには感じられた。アズレトの好む恋愛らしい進め方というのは本来こういうものだ。王都にいる時もよくシャナの姿を思い出しては幸せな気分になった。
小さな贈り物、定期的な手紙のやりとり、会えば手料理を振る舞って貰い濃密な時間を過ごす。これぞ逢瀬だとアズレトは確信していた。少しずつ花開くように『少女』らしくなっていくシャナを見つめるのは予想以上に楽しい時間だった。
身体の関係から始まっていたとしても、シャナとの繋がりは新しく構築されたのだとアズレトは思っている。
そのため今日は、少し奮発したものを選ぼうと思っていた。
花束などは村に着くまでに萎れてしまうから、花の形を模した宝石のアクセサリーなどどうだろうか。アズレトは最近の女性の流行り物などには疎かったが、同僚に助言を求めてそこそこ調べ上げていた。
シャナの黒髪に似合う髪飾りか、白い肌に映える首飾りか、イヤリングでもいい。それともあの小さく細い指を飾る指輪か――
「ああ! アズレト様! ここにいらっしゃった! まだ王都を出られていなくて良かったです。お休みの日とは重々承知なのですが、こちらをお届けするようにと」
王城の召使いが慌てた様子で石畳の道を走ってきた。
手には見慣れた紋章のついた手紙を手にしている。またリカルドの無理難題かとため息をついたアズレトは、仕方なくその手紙を開封した。たとえ休暇を返上して戻れという命令が書いてあっても、今回だけは下らない用事なら無視してやるという強い意志を持って、中を見た。
「……――ッ!!」
「あっ、アズレト様! ば、馬車を用意してございますッ」
走り出したアズレトは召使いの言葉など聞いていなかった。
待たせていた自分の馬に飛び乗り、急いで方向転換する。今日のうちに王都を出て明日には村に着く予定でいたが、彼は真逆の方向へ馬の頭を巡らせた。
手綱を握ったその手には、クシャクシャに握りつぶされたリカルドの――現皇帝の手紙があった。
中のカードにはただ一言。
『魔女は鳥籠の中にいる』
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