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2.森の魔女①

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 アズレト・グランメルは苦悩していた。
 女性に毛嫌いされ逃げられる、という経験をしたのが初めてだったからだ。

 呼び名を聞いたら睨まれて教えても貰えず、人生ではじめて女性と話したいと思い無礼を承知で手首を掴んだら魔法のようなものを使って逃げられた。

 騎士団で手助けをしてくれた他の面々も、その状況を見て呆れていた。

「これは脈がないよ」
「見たかあの逃亡術。これだけ騎士を動員して捕まらないとは、さすが魔女だな」
「諦めなよアズレト」
「女性に無理強いはよくないぞ」

 同僚にそっと肩を叩かれ、アズレトは項垂れるしかなかった。

 ‡



 アズレトは王都の貴族街にタウンハウスを持つグランメル地方の貴族の息子で、今年二十六になる。社交界はあまり得意ではなく騎士団に入ってからは足も遠退いているが、それでも見目の良さと次期侯爵となる予定ということで女性からは不動の人気があった。

 淡く艶やかな金髪は社交界の華とうたわれた母譲り、神秘的なブルーグレーの切れ長な目は父親譲り、女神に愛されすぎたのかアズレトは持って生まれた美貌が度を過ぎていた。そのため幼児の頃は天使と呼ばれていた。
 少し育ってからも、美男美女で有名だったおしどり夫婦の良いところばかりを集めた最高傑作、と貴族令嬢たちに常にきゃあきゃあ騒がれた。周囲の反応に気後れしたせいか、アズレトは年頃の子供の集まる茶会からは足が遠退くばかりだった。

 貴族の通う王立学園に入学してからも、アズレトは文武両道に長け、目立つ存在だった。しかし性格は控え目で、声をかけてくる者からは隠れたり逃げ回って過ごしていた。
 そこに目をつけたのが皇太子であるリカルドだった。

『アズレト、私の側近候補になれ』

 皇太子の一言で、それは決定しアズレトに拒否権はなかった。
 皇族に取り入ろうと喧しい令嬢達を惹き付けさせるため、学園に通っている間中、リカルドは常に彼を傍に置いた。
 茶会にも、夜会にも、サロンにも常にアズレトを引っ張って行った。

 当然どの集まりでも令嬢達は皇太子に取り入ろうと躍起になっていたが、それでもアズレトの顔を見るとぽうっとなってしまい、リカルドが逃亡する隙を作ることができたのだ。

 そんな便利な駒扱いであった誘蛾灯のアズレトが、だんだんと女性を苦手としていくのに、そう時間はかからなかった。女性には仮面を被ったかのような張り付いた笑顔で対応するのが常になってしまった。

 そんな経験のせいか王立学園で学んだ数年間で、アズレトはすっかり女性不信になっていた。
 元凶の半分はリカルドだったが、たかが貴族令息であるアズレトが文句を言える立場でもなく、彼は文句ひとつ零すことなく学園を卒業した。

 そしてすぐさま逃げるように騎士団に入ったのも、職場に女性がいない場所を選んだに過ぎなかった。

 騎士団に入ってからより鍛え上げられた身体は『逞しくて素敵』だとあちこちで褒めそやされていたが、アズレトは社交界から遠ざかり全ての噂話を避けていたため耳にする機会がなかった。
 騎士団の仕事で王族の警護に出ると、リカルドからは『お前が傍にいると女性の目が逸らせて良い』とまたからかわれた。

 いっそ邪魔でしかないこの容姿、傷でも付けてしまおうかと悩んだこともある。しかし両親からもらった大事な身体であるため、生真面目なアズレトは自傷行為などとてもできなかった。


 女に辟易しているということは、結婚も遠ざかっている。父が健在なためそれに甘えて、いまだに結婚する気がなく騎士団の仕事にばかりかまけていた。
 浮いた噂がないせいか、王都では清らかで謹厳実直な騎士だなどと噂されているが、アズレト本人はそれをとんでもない買いかぶりだと思っていた。
 歳なりに邪な思いも、ないわけじゃない。相手がいないだけだ。

 いつか守りたいと思う可憐な女性を見つけられたら、身分など関係なく求婚しようと思っていた。
 恋に初心なまま育ってしまったアズレトは、恋愛や結婚に関しても夢見がちであった。
 女というものに現実が張り付き、剥がせない毒のようになってしまったが故に、理想は夢見がちになってしまったのだ。


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