5 / 38
2.森の魔女①
しおりを挟むアズレト・グランメルは苦悩していた。
女性に毛嫌いされ逃げられる、という経験をしたのが初めてだったからだ。
呼び名を聞いたら睨まれて教えても貰えず、人生ではじめて女性と話したいと思い無礼を承知で手首を掴んだら魔法のようなものを使って逃げられた。
騎士団で手助けをしてくれた他の面々も、その状況を見て呆れていた。
「これは脈がないよ」
「見たかあの逃亡術。これだけ騎士を動員して捕まらないとは、さすが魔女だな」
「諦めなよアズレト」
「女性に無理強いはよくないぞ」
同僚にそっと肩を叩かれ、アズレトは項垂れるしかなかった。
‡
アズレトは王都の貴族街にタウンハウスを持つグランメル地方の貴族の息子で、今年二十六になる。社交界はあまり得意ではなく騎士団に入ってからは足も遠退いているが、それでも見目の良さと次期侯爵となる予定ということで女性からは不動の人気があった。
淡く艶やかな金髪は社交界の華とうたわれた母譲り、神秘的なブルーグレーの切れ長な目は父親譲り、女神に愛されすぎたのかアズレトは持って生まれた美貌が度を過ぎていた。そのため幼児の頃は天使と呼ばれていた。
少し育ってからも、美男美女で有名だったおしどり夫婦の良いところばかりを集めた最高傑作、と貴族令嬢たちに常にきゃあきゃあ騒がれた。周囲の反応に気後れしたせいか、アズレトは年頃の子供の集まる茶会からは足が遠退くばかりだった。
貴族の通う王立学園に入学してからも、アズレトは文武両道に長け、目立つ存在だった。しかし性格は控え目で、声をかけてくる者からは隠れたり逃げ回って過ごしていた。
そこに目をつけたのが皇太子であるリカルドだった。
『アズレト、私の側近候補になれ』
皇太子の一言で、それは決定しアズレトに拒否権はなかった。
皇族に取り入ろうと喧しい令嬢達を惹き付けさせるため、学園に通っている間中、リカルドは常に彼を傍に置いた。
茶会にも、夜会にも、サロンにも常にアズレトを引っ張って行った。
当然どの集まりでも令嬢達は皇太子に取り入ろうと躍起になっていたが、それでもアズレトの顔を見るとぽうっとなってしまい、リカルドが逃亡する隙を作ることができたのだ。
そんな便利な駒扱いであった誘蛾灯のアズレトが、だんだんと女性を苦手としていくのに、そう時間はかからなかった。女性には仮面を被ったかのような張り付いた笑顔で対応するのが常になってしまった。
そんな経験のせいか王立学園で学んだ数年間で、アズレトはすっかり女性不信になっていた。
元凶の半分はリカルドだったが、たかが貴族令息であるアズレトが文句を言える立場でもなく、彼は文句ひとつ零すことなく学園を卒業した。
そしてすぐさま逃げるように騎士団に入ったのも、職場に女性がいない場所を選んだに過ぎなかった。
騎士団に入ってからより鍛え上げられた身体は『逞しくて素敵』だとあちこちで褒めそやされていたが、アズレトは社交界から遠ざかり全ての噂話を避けていたため耳にする機会がなかった。
騎士団の仕事で王族の警護に出ると、リカルドからは『お前が傍にいると女性の目が逸らせて良い』とまたからかわれた。
いっそ邪魔でしかないこの容姿、傷でも付けてしまおうかと悩んだこともある。しかし両親からもらった大事な身体であるため、生真面目なアズレトは自傷行為などとてもできなかった。
女に辟易しているということは、結婚も遠ざかっている。父が健在なためそれに甘えて、いまだに結婚する気がなく騎士団の仕事にばかりかまけていた。
浮いた噂がないせいか、王都では清らかで謹厳実直な騎士だなどと噂されているが、アズレト本人はそれをとんでもない買いかぶりだと思っていた。
歳なりに邪な思いも、ないわけじゃない。相手がいないだけだ。
いつか守りたいと思う可憐な女性を見つけられたら、身分など関係なく求婚しようと思っていた。
恋に初心なまま育ってしまったアズレトは、恋愛や結婚に関しても夢見がちであった。
女というものに現実が張り付き、剥がせない毒のようになってしまったが故に、理想は夢見がちになってしまったのだ。
94
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説
王子達は公爵令嬢を甘く囲いたい
緋影 ナヅキ
恋愛
男女比が5:1、一妻多夫が当たり前な世界。
前世、大災害により高校1年生(16歳)で死亡した相模ほのか(サガミ ホノカ)だった記憶のある公爵令嬢アンジュ=リーノ=エルドラードは、そんな世界に転生した。
記憶と生来の性格もあってか、基本心優しい努力家な少女に育った。前世、若くして死んでしまったほのかの分も人生を楽しみたいのだが…
双子の兄に、未来の騎士団長、隠れヤンデレな司書、更には第2王子まで…!ちょっ、なんでコッチ来るの?!
という風になる(予定の)、ご都合主義合法逆ハーレムファンタジー開幕です!
*上記のようになるまで、かなり時間(話)がかかります。30,000文字いってもまだまだ新たな婚約者が出てきません。何故こうなった…
*腐女子(親友)が出てきます。苦手な方は自衛して下さい。忠告はしたので、文句は受け付けません。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
この作品は『野いちご』『エブリスタ』でも投稿しています。
作者学生のため、カタツムリ更新です。文才皆無なので、あまり期待しないで下さい。
*表紙は ぽやぽやばぶちゃんメーカー で作ったアンジュ(幼少期)イメージです。
メーカーは下記のリンク⇓
https://picrew.me/ja/image_maker/11529
*うわぁぁーっ!!お気に入り登録100ありがとうございます! 2022/10/15
*お気に入り登録208ありがとうございます!2023/03/16
*お気に入り登録300ありがとうございます!2023/05/07
*教会➂➃の属性の部分をいくつか修正しました。作者である僕ですら意味分からないのもあったので…w 2023/04/25
*お気に入り登録400ありがとうございます!2023/07/15
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
見知らぬ男に監禁されています
月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。
――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。
メリバ風味のバッドエンドです。
2023.3.31 ifストーリー追加
【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】
階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、
屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話
_________________________________
【登場人物】
・アオイ
昨日初彼氏ができた。
初デートの後、そのまま監禁される。
面食い。
・ヒナタ
アオイの彼氏。
お金持ちでイケメン。
アオイを自身の屋敷に監禁する。
・カイト
泥棒。
ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。
アオイに協力する。
_________________________________
【あらすじ】
彼氏との初デートを楽しんだアオイ。
彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。
目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。
色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。
だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。
ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。
果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!?
_________________________________
7話くらいで終わらせます。
短いです。
途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる