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しおりを挟む明晰夢、というのがある。
あーいま夢を見てるなーこれは夢だなーと思いながら寝ていることだ。
今の俺がまさにそれ。
ちなみに周囲は真っ暗なのに、ぼんやり明るい光をまとった現実味のない美貌が目の前にある。
「ルシェール」
「はい」
「鏡以外で顔会わせるのは初めてだな」
「ええ、そうですね」
にこにこと輝くばかりの笑顔でこちらに答えるのは、ルシェール・ド・ヴォリス大公閣下だ。本物だ。黒い軍服みたいなやつを着込んで、マントをヒラヒラさせて、俺が中に入ってる時より余程堂々としている。
同じ顔なのにイヴォンとは表情が違うせいで全く別物に見えるんだからすごい。
「貴方をお呼びしたのは、これを見せるためだったんです。気になっていたようでしたから」
ルシェールが手招き、唐突に現れた水鏡のようなものを二人して覗き込む。そこには見覚えのあるリビング、ソファに横になった昔の俺の姿があった。冴えない四十路のオジサンが、スーツ姿のままピクリとも動かない。
バタバタと救急隊員が入ってきて、担架に乗せて俺を運んでいった。その後ろを青ざめた表情で追いかける兄の姿もある。救急隊員と何か話してる。持病は?いつも飲んでる薬とかありますか?いや何も。ああ、兄貴ちゃんと喋れてるじゃないか。部屋からずっと出て来ないから、他人と話すのなんかもう無理かと思ったのに。
場面はすぐに変わって、葬式だった。あ、俺死んだわ。早い、展開が早いよ。ご臨終ですって言われて兄が泣き崩れるところまでセットじゃないんかい。
『身内は二人だけだったんでしょ』
『ほらあれが引きこもりの上の子』
『いつからだったかしら?両親が事故で亡くなってからもずっと引き籠もってたの?』
『弟さんも可哀想よねぇ。自宅と引きこもりの兄弟抱えて過労死?』
見も知らないご近所さん達から延々と聞こえる言葉の数々。過労死じゃねーわ、もう黙れや、と思うけど俺には殴りつける手もない。もうあの世界に介入することは出来ないんだろう。
『あら、警察?』
『弟さんの死因、心臓麻痺でしょ?まさか殺人事件なの?』
葬式が一段落ついてから、兄貴に話しかけたのはスーツ姿の男二人だった。警察手帳を見せてボソボソと何か話している。しばらく適当に流していたらしい兄貴に、スーツの片方が突然掴みかかった。真面目に話せとかなんとか言っている。
兄貴は薄ら寒い笑い声を上げてスーツの男を奥に連れて行った。そこで、いきなり上着とシャツを脱いで背中を露わにした。ギョッとした男達は、そこに広がる青あざと火傷、裂傷の数々に言葉を失っていた。
『ウチの両親が告発されてないだけで犯罪者のクズ野郎だったのは知ってますよ。身に染みてね。俺は家の中でのことしか知りませんけど』
自傷でつけられる傷の量ではなかったし、火傷は明らかに煙草を押しつけられたものだった。長い年月くり返され重ねられていった傷が、ろくな治療もされず両親が死んだ後もこうして残っていたんだ。
『家宅捜索でもなんでも、ご自由にどうぞ。俺と弟は全く関係ないですけど。むしろ被害者ですけど。……徹底的にやってくださいよ。壁でも剥がせば死体が出て来るかもしれないしね』
ボソボソと早口で喋る兄貴は、虚ろな視線をキョロキョロと彷徨わせて、服をもう一度着込んだ。それからふらふらと移動し、菊の花が盛りに盛られた祭壇に視線を向ける。だいぶ若い頃の俺の写真が黒縁枠に入れてあって、うわー詐欺だろう、なんて思う。会社の人とかこれ見て吹き出さなかったかな。
『あんな家、クズな毒親が死んだ時にぶっ壊しちまえば良かったんだ。そうしたら俺は、弟と一緒にあそこから出て、新しい場所でもっと……もっと……』
くしゃっと歪んだ兄貴の顔が、ぼんやり波紋のように見えにくくなる。俺から溢れた涙が水鏡に落ちて、波紋が幾つも広がっていった。
「ごめんね、兄ちゃん」
『あんな家ぶっ壊そう。嫌な思い出ごと、全部。なあ、そうしような』
「ありがとう」
聞こえてないだろうけど、兄貴に向けて俺は謝罪とお礼を言った。悲しませてごめん、でも子供の頃の俺をずっと守ってきてくれてありがとう。たぶん昔両親と兄貴が言い争ってた声は、俺を虐待の対象にしないためだったんだ。俺の前では明るくて優しい両親だったのに、裏では暴力と虐待で兄貴を追い詰めていた。
両親は何で死んだんだっけ。車のもらい事故で、相手も死んでしまってて現場はぐちゃぐちゃで棺も空っぽなまま葬儀なんかして。兄貴は、……そうだ、兄貴はだから葬式にも出なかった。
「恥ずかしながら私は、人として欠けたまま生きていた」
水鏡が暗くなって映像が消えると、ルシェールが桜色の美しい唇を開いた。
「私は精霊の子、そして天眼を持って生まれた。天眼は未確定の未来を僅かに垣間見ることのできる能力だ。この力は感情に流され過ぎると道を失うので、私は『感情』に虚を持ったまま生れ、育った。だから何者にも平等で無私無欲な存在だと讃えられた」
苦笑するように顔を歪めたルシェールは、そうやってほんの少し感情を浮かべるだけで人形のような印象が和らいだ。花開くように、生き生きとした人間の息吹を感じるようになる。
「そんな私が人間として完成するためには、貴方の存在が必要でした」
「……ん?俺?」
「ええ。貴方と混じり合って一人の『人』として生まれ変わる。それがこの神降ろしの儀の結果だと私は知っていた。だから私は貴方を『異界の神』として恐れなかった。……だって貴方は、愛しい者を愛で、慈しみたい民を助け、可愛いものには目がなくて、怒りも哀しみもそれらの感情全てが輝いていた。私は初めて、目にするものを楽しいと感じたのです」
ルシェールが俺の手を取って、にこっと笑ってくれる。攻略対象だったらころりといってしまいそうな告白シーンだし、とにかくもうルシェールの顔がいい。宗教団体が作れそう。あ、連れて行かれそう。
「……お前がいいなら、良かった」
「私は貴方が来てくださって、一番喜んでいる人間ですよ」
「そっか、そっかぁ……。あ、いやでもなんで?兄貴の近況?この水鏡みたいなの、なんで見せてくれたんだ」
「それは私も教えて貰ったから。イヴォン兄上の過去を……」
ああ、そういうことか。イヴォンも実の弟と離れている理由があった。それを知るのはルシェールにとって非常に辛い事だっただろうけど、知らなければならないことだった。
そして俺の兄貴にも、理由はちゃんとあった。俺をただ嫌いで遠ざけたのではなくて、周囲の色んな環境があって、そして兄貴にも背負うものがあって仕方なかったんだ。俺は、俺が守って貰っただけの恩を、両親が死んだあと兄貴に返せていただろうか。
「返せていたでしょう。二十年以上、ひとりで頑張ったのですから。そろそろ弟離れの時間でよろしいかと」
「まあなあ……。あれ、俺の兄離れじゃなくてか?」
「すまない、そろそろ時間がないから、これからの事を話そう」
「……ん?これから?」
ルシェールは俺の手を握って、ギュッと掴むとモヤモヤとした陽炎を見せてくれる。あれ、これ良く見えないけどグレアかな?こんなふうに立ち上って見えるの初めてだ。
「ずっと、私は貴方の中でも個として存在を許されていた。貴方が私の存在を消す事を恐れていたからだ。けれど、今貴方の周囲は私達を受け入れてくれている。……だから、繋がっていこう」
「繋がる?」
「そう。貴方の竜騎士への愛情と、我らの兄への気持ちで親和力が高まり、魂が本当に溶け合って混ざっていく。そうすればもう借り物のように思わなくて良い。……貴方は、そのままの姿で幸せになって良いんだ」
繋いだ手の甲に、ちゅ、と優しく口付けられる。微笑むルシェールは眩しいくらいに美しくて、こっちがビームで溶かされそうだった。
「違うよ、レフと幸せになるのはルシェールだ」
「……え?」
「俺と混ざり合った、これからのルシェールだ。だから、一緒に幸せになろう?」
「……貴方は本当に」
くしゃっと顔を歪ませてルシェールが言葉を詰まらせた。英雄は、泣き笑いを浮かべても眩いばかりに美しかった。
「下……閣下?……閣下!」
「っわ」
ハッと気付くとレフが心配そうにこちらを覗き込んでいた。下準備を全て終えて、さあドラゴンに乗って王宮へ行こうねってところだった。
何ぼーっとしてたんだろうな俺。
頭を軽く振って、俺は一歩進み出た。二十名の護衛騎士が装備を調え待機している。全てSubの騎士で、俺が雇ってヴォリス家に置いている者達だ。長らく遠ざけて、申し訳ない気持ちが少しあった。
しかし急な召集にも彼らは嫌な顔ひとつせず、真剣な顔で俺の作戦を聞いてくれた。レフからドラゴンに乗る説明なども受けていたが、動揺はしつつも『竜がダメな人は抜けていいよ』と言ったら意地を張ったのか脱落者はいなかった。
「これより作戦を開始する。その前に、話がある」
精鋭を編成した、とレフが言うのだから間違いはないだろう。皆、本当に壁みたいにデカいけど。Subって実は体格に恵まれるとかあるの?いや、尽しすぎる凝り性な性格が筋トレ熱に変換されるとこうなっちゃうのかな。
「長く、皆には不自由を強いた。ただ俺はDomとSubの関係にずっと疑問を持っていた。それが解消されるまでは、皆を側に置く気になれなかった。すまない」
素直に謝る気持ちは大事だと思う。騎士達は真面目な顔で聞きながらもあせあせしているのがちょっと判る。こんな話してごめんて。
「Domの能力とは、支配力だ。全てのDomはそれを持ち、どう使うかを試される。力に溺れ他人を虐げる者、その力で己の利益だけを追求する者、人の心は弱いが故に、皆もそんなDomを多く見たことだろう」
これから胸糞悪いDomの親玉をぶっ殺しに行くけどね。目には目を歯には歯を、当然の報復だから知ったこっちゃない。
「お前達にとって、俺は支配者たる資格を持つ者か?」
ハッとして顔を上げた護衛騎士達が、一斉に俺を見つめる。
「仕えるに値する主か」
後ろの方から『勿論でございます閣下!』と叫ぶ声がした。誰だか判らないけど、そこから他の騎士達も声を上げ始める。頬を僅かに上気させて熱狂的に声を上げる様は、なんだかアイドルのコンサートみたいだね。
「俺は、DomのコマンドはSubにとってのバフなんじゃないかと思っている」
「……?」
突然の俺の言葉に皆が首を傾げた。バフってこの世界ではなんていうの、支援魔法?
「以前、騎士でもなんでもない、か弱げなSub達に破壊のコマンドを与えた。……彼らは忠実に、徹底的に、私の命令を遂行した。一般人にもそんな力を与えられるなら、鍛えている騎士にはどうか。俺はそう考えた」
出発の号令と共に、皆に安心させるような笑みを向けた。俺を信じてついて来い、というつもりだったけど、何故か護衛騎士達の顔が赤い。ちょっと違う風に取られているようだ。
「この作戦中、俺の騎士達にコマンドを与える。……存分に暴れて見せろ」
ワアァッ!!と声を上げる若い騎士達が、ドラゴンの輸送機に乗り込んでいく。ドラゴンの首に提げるハコ型の魔道具だ。風魔法を纏わせてあるので揺れの影響がなく、酸素とかも薄くならない。俺の中のイメージは、災害救助のオスプレイ。もうちょっと人が運べるようになるといいんだけど。
ちなみにこれを作ったのはNormal騎士のアダムだ。家が鍛冶屋でもの凄く武器にも防具にも詳しくて、魔道具まで作れちゃう。あの筋骨隆々とした身体でめちゃくちゃ繊細な物を作ってくれる。人は見た目で判断しちゃいけないね。
――と、レフが俺の腰を抱いて、ドラゴンの頭の上へと移動した。
なんだ、俺もハコの中だと思ったのに違うのか。
「……王宮までの間くらいは、独占させてください」
「なんだまた妬いてるのか」
「『私以外にコマンドなど使わないでください』と言わせたいんですか?」
「うーん、レフはそういうの言わなそうだね」
「……必要ならば仕方ありませんから」
それでも俺の腰を抱く手にギュッと力が籠もるから、やっぱりちょっと嫌なんだろうね。
あの日、俺が大慌てで全ての事情を話した時、レフが一番ショックを受けていたのはオジサンの年齢が45歳だというところだった。
え、そこ?ちょっとびっくりしてしまった。異世界人なのは知っていただろうけど、小説で知ったイヴォンの壮絶な過去とか王家とシルヴァン家の話とか、まあイヴォンの過去的に俺がお兄ちゃんとプレイすることはないよとか、そういうのを全て置いといて。……年齢がそんなに気になるか?
レフはひたすら呆然としながら『今でさえ六つも違うのですが』と呟いた。うん。改めて考えるとレフ若いね。
日向ぼっこのおじいちゃんみたいな目でレフを見ていたら、違う違うと爺扱いを慌てて否定し首を橫に振った。
『これ以上離れていかないでください。年齢は追いつけないのですから』
――そういうこと? えっ、かわいい。
そうかそうか髪まであげて年齢が上に見られたいレフは、ルシェールが6つ上なのをそんなに気にしてたのか~。そして中の人オジサンの年齢にまたそんなに不安になっちゃうのか~。まあトシだけでいったらテオドールが一番近いもんな。ツーカーの兄弟になれそう。いやいや、そんなことしたらお兄ちゃんもレフも悔しがって泣いちゃうからやめとこ。
ドラゴンの頭の上でそんな風にイチャイチャしながら王宮へ着いて、その場でDom対策のお香を焚きはじめた。俺にはレフが風魔法を纏わせてくれて、煙を弾いてくれるから大丈夫。そこから俺のバフを全ての騎士にかけて、進行する。
「総員――『進め!』」
※
テオドールが途中でヴォリス大公領に寄ってイヴォンを連れてきてくれた。
王城に降り立ったイヴォンは大公領にあった俺の服の中でもとりわけ華やかで美しくて繊細な服を着込み、深窓のご令嬢みたいなスタイルで登場した。
ああ、俺のお兄ちゃんが最高に受っ子かわいい。しぬほど美人。
「ルシェール」
「だいぶ終わったよ」
「……来る途中、廊下が血の海だったぞ」
「ああ、だからテオ叔父様が姫抱っこしてたんだね」
「……」
実はイヴォンが来るまでに、ほとんどの粛正が終わっていた。正しく首狩り大公だなあって感じの俺の仕事ぶり、見せてあげたかった。
ただし四大貴族のDomだけは、端から掴まえて処置を施してある。これから直接、イヴォンからの報復を受けてもらわないと。
「逃げても面倒だから芋虫にしておいた」
「……いもむし」
「腕と足を切り落として止血して生かしてある。あとクソDom野郎どもは舌を縛って壊死させた」
「ルシェール……」
「これね、俺の知ってる異世界の拷問術。お兄ちゃんは知らなくていいよ」
本当は手足を切り落とす前に爪を剥がしたり指を少しずつ潰したり散々拷問にはかけたけど、その間に勝手に不正についてをたくさん吐いたので、音声記録しておいたよ。あとで役に立つだろうからとっとくね。
「……はあ。それで誰が誰だか全く判らないが」
「そこにいる白い芋虫がルナクルス」
「――ッ!!――ッ!」
なにかムームー言ってるけどよくわからん。舌がないから喋れないし。目だけがクワッと大きく開いてて本当に醜いんだけど。目にも針とか刺しとけばよかったかな。日本式の拷問にそういうのあるよね。
「ああ、ルナクルス公爵か。何だか久しぶりのような気がするな」
「――ッ!――ッ!!!」
「何か言っているのか?全く判らないが。助けでも乞う気なら、愚かとしか言いようがないな。私が慈悲を乞うたとて、お前達は笑って踏みつけるだけだっただろう」
「――ッ!」
「……はあ。貴様の矮小な逸物で満足出来た試しはないが、手足までなくなったのか。芋虫、まさにその通りだな。閨事の手管もなくよくもまあ猿のように延々と腰を振ることばかり覚えて滑稽にもほどがあった。貴様の褥が一番最悪だったぞ。役立たずの逸物などルシェールに切り落として貰え」
そこから延々とイヴォン兄ちゃんの罵倒が始まった。
語彙力が凄い。とにかくルナクルス公爵の逸物が小さくてとても貧相というのを強調してくる。そしてテクニックも無いと罵倒を重ねる。そんなに?そんなに下手なのルナクルス公爵?えー、奥さんかわいそう。ヒソヒソ、てやりたくなるやつ。
一応舌しか潰してないからイヴォンの言葉は全部ちゃんと聞こえてるはずだ。相手したDomの中で一番下手、本当に下手、と繰り返し言われてルナクルス公爵は呆然としたまま、床に転がってイヴォンを見上げていた。
こういう貴族のおっさんには名誉を傷つけるだけでなく性的にもの凄く不能!!と言うのが一番聞くんだよな。ああこわい。
横で聞いてるだけの俺の護衛騎士達が何だか青ざめて居たたまれなくなってそうな頃、ようやく気が済んだのかイヴォンがルナクルス公爵の側に屈み込んだ。
イヴォンの手には、もう手袋はない。長い袖をめくると黒い手が現れた。
「ルシェールと話したんだ。この蓄積した穢れをどうしようかって。……そこで気がついた。そもそもお前達が寄越してきたモノだ。そちらに返すのが道理だろう。それでお前達を生かして転がしておいてくれと頼んだ」
にこ、と笑ったイヴォンは微笑みながらルナクルス公爵の頬に両手を翳した。触れたくないんだなっていうのが見え見えの距離だ。触らずとも、穢れは移せる。ズズズ、と黒いシミが空気に混じりルナクルス公爵に吸い込まれていった。頬の白かった肌が真っ黒に染まり、首まで黒く変色していく。しかしイヴォンの手は完全には白く戻らなかった。
では、と他の四大貴族のDomに歩み寄り、一人ずつ穢れを移していく。押しつけられたものを返してるだけだけどね。逃げ惑う芋虫を追いかけては黒い穢れを移していくイヴォンは、さながら魔王みたいだった。
うーん。うちの兄ちゃんが今日も美し格好良い。
「イヴォン、そのくらいにしてテラスへ向かえ」
テオドールが呆れた顔で声をかけると、イヴォンは少し首を竦めて身を翻すと、俺の元へ駆けてきた。俺達は手を取り合って、市民との顔合わせの場……――王城のテラスへ向かう。
恐らく皇帝になったときイヴォンはここから民に手を振ったはずだけど、俺は初めて昇る場所だ。今の王都には各地から集まってきた騎士団と、彼らが巻き込んできた途中の村や町の兵士、さらには王都から逃げていた市民も戻ってきている。王城前広場は人で埋め尽くされていた。
『ヴォリス大公閣下万歳!皇帝陛下万歳!』
あ、コンサート前の声かけみたいになってますね。ああ、市民のボルテージばかり先に上がっててこわい。オジサンは一般市民なのでやめてください。緊張で口から心臓が飛び出しそう。
「ルシェール、手を振るだけだから」
「う、うん」
こちらに関しては頼もしいイヴォンが、俺の手を引いてテラスへ出て行く。
イヴォンはここでSubであることを公表するつもりだった。そして法を改正し、皆に住みやすい国を作ると宣言する。
俺はただのおまけだけど。一応ほら、皇帝を救い出した英雄みたいなかんじで横に出演。
本当は、もう何もかもを捨てて逃げちゃったらどうかって言ったんだ。死んだことにして、国内のどこかで穏やかな暮らしをしたらどうかって。 だってもう十二分に頑張ってきただろう。
だけどイヴォンは首を橫に振った。毅然とした態度で、それでも私は皇族だから、と。
『こんなことになっても、私は精霊の子。この帝国を豊かにし守る義務がある。私にしかできないことだ。それを取り上げないでくれルシェール』
そんな風に言われてしまったら、俺も折れるしかない。
そして民の前に立つ時は隣に居て、と言われたらもう抵抗も出来ない。
「ルシェール、これが――私達の精霊が守る国だ」
今も血みどろの廊下が後ろには広がっているというのに。それでもイヴォンの立つテラスは、光り差す場所だった。彼の金の髪が日に輝き、その光の向こうにたくさんの人達がいる。
「……やっと、取り戻した」
イヴォン皇帝の幸せそうな微笑みが、俺にとっては何よりのご褒美だった。
【次回最終話は0時ではなくムーンと同様AM7時となります】
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