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しおりを挟む大公領に帰ってすぐ、矢継ぎ早に来たのが四大貴族からの抗議文だった。
ああ、俺がお仕置きしてやったウェザール伯爵だけはそんな元気なかったみたいだから、正確には三大貴族かな?
あの交流会のあと、俺の悪評は凄い勢いで帝国を駆け巡った。……らしい。
世間的には、俺が突然Subを操って伯爵を襲ったことになっているんだって。伯爵が俺のSubにコマンドを使った事はなかったことにされたんだな。まあ予想の範囲内だよね。
話が勝手に改変されるといけないので、あの場ではレフに映像記録魔道具を使わせていた。正直最初から警戒はしてたんだ。あの交流会ではどんな罠が仕掛けられているかわからなかったので、レフの服には記録魔道具をつけて、馬車を降りてからの事を全て記録していた。
万が一裁判にでもする気ならこれを提出すれば良いだろう。
そもそも逸物が使い物にならなくたってウェザール伯爵は既に四人の子持ちだ。子沢山か。それもこれもSubの妾を何人も抱えているせいだった。そろそろ落ち着きなさいよ大人なんだから。
ちなみにあの場にいた主を持たないSub達には、行くところがないならヴォリス大公領においでよって言っておいた。ウチでは誓ってあんな扱いさせないからね。彼らにとっての安息の地がここであればと思う。
――例の帝国四大貴族は、代々『宝石』の名前に例えられている。
エメラルドのウェザール、サファイヤのレフティス、ルビーのローランド、ダイヤのルナクルス。皇室を囲むこの四家が国政の補佐役として存在していた。宰相とか、そういう役職についてるはずだ。財務省やら外務省、法務省なんかの役割を分担しているのかな。それ世襲にすると絶対ダメなやつだよ。
また、それとは距離を置くかたちで、テオドール曰く『皇室の犬』である実家、シルヴァン家が王家直属の世話役として存在している。
シルヴァン家は政治的なことには直接触れないよう定められている。皇帝、また皇族達の側でその望みを聞く役割だけを担っていた。しかしそれだけではなく皇族との嫁や婿のやり取りが昔から多いため、貴族の中で王家と1番血が近いのがシルヴァン家だと言われている。
もしかしたら、王家の直接の後継者がいなくなりかけたら、そこから血をもらってくるつもりなのかもしれないよね。だから政治に関わりのない家をひとつ囲っているのか。
まあとにかく今必要な情報は四大貴族だ。ウェザールの頭は潰してやったからもう抵抗はしてこないだろう。
もうDomの貴族だけ粛正して回ってもいいかな?首狩り大公とか呼ばれたりして。それも良さそうだ。誰かが悪役になって血を浴びないと、災いの目を潰しきれなくなってしまう。意欲的に動くのはいいことだよ、その間余計なことは考えないでいられるからさ。
「閣下」
「……うん?」
「魔道具の伝書鳥が参りました」
「またルシアンからか」
アーノルドが盆に伝書鳥と手紙をのせて執務室に入ってきた。前回見た鳥と色が違っていて、何だか白くてとても優美だ。伝書鳥にもお高いデザインとかあるのかな?
受け取った手紙を早速開けてみる。
薬の件で話したいことがあるから王宮へ来てくれという内容だった。ふーん、と思いながら手紙をごしごしと手で伸ばす。そして机の中からもう一通の手紙を取りだし、横に並べた。
「閣下?」
「こっちが前に伝書鳥が持ってきたルシアンの手紙。……で、こっちがこの白い美形鳥が持ってきた手紙」
「紙は王宮の伝令に使われる一番シンプルな物で、宮廷錬金術師のルシアンなら使い慣れているものでしょう。二通とも同じです」
「んー。でも違う人が用意したように見えるんだよなあ……」
「左様でございますか。では、そうなのでしょうな」
「……否定しないの?」
「閣下の思われる通りになさいませ」
「おじいちゃんじゃん、アーノルド」
「……爺でございますから」
ふふ、と笑ったアーノルドが俺の机の魔道具の灯りをスッと弱めてしまった。これは強制的な『業務終了です』の合図だ。俺が机に齧り付いて仕事をしているとアーノルドは様子をみながら休ませてくれる。本当にデキた執事だよね。
「明日、王宮へ行く」
走り書きした紙を畳んで、白く美しい伝書鳥に持たせた。鳥は窓辺で優雅に羽ばたくと、夜の闇に飛んで行った。
機械工学に近い魔道具なのに、やけにメルヘンチックな光景だった。
執務室を出ると、廊下で扉の警護をしていたミュゼが振り返った。「やっとお休みですか閣下」とやんわり嫌味と気遣いをもらってしまい苦笑する。
さっきまで此処にはアダムが立っていて、今は交代して食事に行っていた。レフも食事をしていないから連れてって、とアダムの横に押し出したのは俺だ。レフには俺にも食べられる軽食を作って俺の部屋に持ってくるよう言ってある。腹ごしらえと料理をしている時間を目算しても、そろそろ部屋で待ってる頃だろう。
「レンやアダムは甘いですが、俺の目は誤魔化せませんよ。閣下」
「ミュゼ……?」
「交流会の後からこっち、ずっとお疲れでしょう?今日くらいはレフとゆっくりしてください」
それは耳にタコができそうなくらいアーノルドとレフから言われていることだった。
疲れてるわけじゃないんだよ、ただ休めないだけで。
皆に好かれている英雄の大公閣下、ルシェールの名前に泥を塗ってしまった俺は、密かに落ち込んでいた。考えても考えなくても、胃がキリキリと痛んで普通の食事がとれなくなってしまって、レフには連日消化の良い物を作ってもらっている。
DomとSubの関係、貴族の傍若無人、そういう色んな事に悩んだり腹を立てたりしているうちは元気だからいいんだ。ふと小休止みたいに振り返った時に、ドキリとする。俺はこんなことしてよかったんだろうか。ルシェールならもっと正しいやりかたで切り抜けることが出来たんじゃないのか。転生した俺がここで目覚めていなければ、と。
考え出したらキリが無いのに、ずっと悩み続けている。
「……ミュゼ。お願いがある」
「はい、閣下」
「ヴォリス大公領に逃げてくるSubがいたら、無条件でウチで雇い入れてくれ」
「逃げてくる……?」
「そう。約束したんだ」
交流会の後、大公領にはパラパラと各地からSubが集まってくるようになった。世間的には悪評でも、Subにとっては胸のすく話だったんだろう。それに交流会にいた主を持たないSub達は残らずウチの使用人になってしまった。あの後すぐに集まってきたんだ。それを知った他のSub達が、一縷の望みをかけて大公領を目指す。なんかそんな物語みたいな展開になってしまっている。
奴隷解放のストーリーみたいじゃないか、これ。Subはそういうダイナミクスなだけで奴隷扱いされていることがおかしいんだけど。
支配される側の地位が低いほうが、支配者の優越感が満たされて気持ちがいいって、根本はそれだけなんだ。あの交流会にいたDomは残らずそんな目をしてSub達を見ていた。そんなわがままのために落される意味がわからない。
声をかけたのは俺だし、その責任は大公領のお金がカツカツになってでも果たさなければと思っているんだ。
「……承りました」
「ありがとう、ミュゼ」
俺より少し上にあるミュゼの頭をポンポンと撫でる。それから踵を返して歩き出した俺は、もうレフの作った晩ご飯のことしか考えていなかった。廊下に残されたミュゼが、戻ってきたレンに『顔が赤い!!』と騒がれまくったとか、全然知らなかったんだ。
※
部屋に戻ると、待っていたのはレフのリラクゼーションタイムだった。
いや、まてまてコレなんかおかしいよ。
「……レフ、あの」
喋ろうとした口に、むぐ、とスプーンが半分入り込んだ。とろとろと流し込まれる温かい粥が、じんと染みるほど美味しい。
自室に戻るなり俺の服を着替えさせたレフは、ゆったりした寝間着の俺を後ろから抱き締めて食事の介助を始めた。あのね、流石にオジサンは……介護はまだいらないよ!?
「もう少しだけ食べましょう。あとひとさじ」
「う、……うん」
「執務に鍛錬も変わらずしていらっしゃるのに、食ばかり細くなられては身体が保ちません……」
「……うん」
それは判っているんだけとも。
もごもご、と言葉を濁しているとレフはスプーンを置いて粥の皿を片付けてくれた。美味しいんだよ、確かに美味しいしついさっきまでこの食事を楽しみに部屋に帰って来たんだけど。一口目は天国、二口目でにこにこ、三口目でいきなり重たく思って、自分ではスプーンがすすめられなくなった。
見かねたレフが食べさせてくれたけど、半分くらい粥は残ってしまっている。ああ、勿体ない。
「これほどお身体に支障が出ているようでしたら、……しばらく夜と朝の練習は止めましょう」
「……え」
「閣下に必要なのは睡眠です」
ベッドに運ばれ、全身浴だと余計に疲れてしまうからとそこで足湯を使わせてくれた。ゆったり解れたところで俺はベッドに寝かしつけられる。俺は布団の中、レフは布団の外で添い寝みたいに横になって、ぴったり身体をくっつけてきていた。
「本当にしないのか」
「閣下の体調が何より大事ですので」
「……うーん」
布団にもぐりかけた俺の背と腰に、レフの太い腕が巻き付いてくる。ぎゅ、と抱き締められたら丁度俺の頭がレフの胸筋の目の前で、頬がムギュッと押しつけられた。うう、やわらかい、なんだこれ。
トクトク、と力強い心臓の音も聞こえてきた。なんだか落ち着く。
赤ん坊がグズったらだっこして心臓の音を聞かせるといいって、こういう事なんだろうか。え、俺もしかしていまレフにあやされている? え、あやされてるの?
ショックで固まっていると、レフの手は俺の髪をさらさらと撫でていった。大きな手が俺の額をスッとむき出しにさせて、そこにチュ、と音を立ててキスが落ちる。
以前やられた時は馬鹿にされてる!?と思った額ちゅーだけど、今はなんだかほっこりした。
「レフ、……俺が寝ても此処にいて」
「はい閣下。朝までここにおります」
「……でもお前も寝て」
ウトウトしながらもう何言ってるのかよく判らないままダダを捏ねまくっていると、レフがふっと笑う気配がした。
きゅっと抱き締められるとまた胸筋が。それとレフの手が俺の尻をナデナデしてる気がする。ああもう、いろいろとツッコミたいところがたくさんあるのに、急激な眠気で視界もぐらぐらだ。
もう無理、と睡魔に身を任せると、ほっこり温かい身体が寄り添ってトクトク心音を響かせてくれて、俺は朝までぐっすりと眠ってしまった。
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