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しおりを挟む朝日がまぶしい。
片手で日を遮って眉を顰めていると、『おはようございます閣下』と柔らかな声が少し遠くから聞こえた。ぱち、と瞬きをして飛び起きる。レフの声がした方を見ると、俺の部屋のテーブルに朝食を並べているのが見えた。
「レフ」
「はい」
「……おはよう」
ぼんやりとした頭に、ぼわっと抜けていた記憶が戻ってくる。
昨夜俺の方から襲うように迫った結果、レフは一応そこに触れてくれた。好きにしていいと言ったのに優しく揉んだり舐めたりするだけで、最終的に入れてくれたのは薬指一本だ。なんで。
中指でさえない。せめて人差し指とか。いやいや、別に指に好みは別にないんだけど。
なんとか身体を洗い終わって浴室から出てきた時には二人ともびしょ濡れで、レフは丁寧に俺の身体を拭いてからベッドに運んでくれた。
レフは濡れたシャツが胸に張り付いてて、しかも欲情した目でこちらを見てくるから、その色香にくらくらした。俺は期待と緊張で心臓がバクバクしてたっていうのに。
指一本だけじゃなく、もっとちゃんと入れて慣らして、って言ったけどレフは首を横に振るだけだった。我慢してるお前の奥歯がギリギリ音を立ててるの判ってるんだぞ。睨み付けたけど無視された。
ただ、ルシェールの初心な身体はそれでも確かにキャパオーバーだった。なんと薬指でぬくぬくと内壁を擦られただけで泣き喘いで、それはもう大変だった。レフがテクニシャンなせいでこんなことに。
未通だったルシェールの穴は慎ましやかで硬く、閉ざされていた。そこをやんわり丁寧にレフが解していって、やっと一本指が入ったんだ。気が遠くなるような話だよね。
腐男子のオジサンが読んできたBLはとても簡略化された前戯だったんだ。レフがちょっとばかりねちっこいのは確かだけど、何しろ受け入れる穴があれじゃあ仕方ない。
「……閣下、熱がありますか」
昨日の行為を思い出して悶々としてたら、レフが俺の額に触れてきた。ぎょっとするほど近くにレフの精悍な顔があって心臓が縮み上がる。ハリウッドスター並の美形にお世話されているって、乙女ゲームとかでよくある設定っぽいな。
このDomSubユニバースの物語は、いったい何処にあったものなんだろう。全く思い当たらないのが不思議だ。
「熱は、ない」
「それは良かったです。……喉は枯れてしまったようで申し訳ありません。蜂蜜紅茶を用意しました」
「……う、ん。ありがとう」
ベッドでもたもたしていたらレフは簡易テーブルを持ってきてベッドで食事が出来るようにしてしまった。寝間着のままモソモソと温かいパンを摘まんで、スープと果物を平らげる。その間にレフは俺の服の用意をしてくれた。
「レフ、昨日の」
「はい」
「……ああいう練習は、どのくらいの頻度ですれば効果があるだろうか」
「……」
「レフ?」
昨夜のいろいろを生々しく思い出したせいで頬が熱い。眉を少し寄せたまま、ベッドからレフを見上げて問い掛けると、彼はギシリとぎこちなく身体を硬直させた。無言のまま見つめられて、不思議に思って名前を呼ぶ。
「……はい」
「どのくらいで、閉じてしまうとか」
「ッ…ゴホッ……」
今度は咽せた。背中をさすってやりたいけど俺はベッドの上でしかもテーブルがあるから動けない。レフは自力で立ち直って、姿勢を正し俺の方を見た。
「閣下、これは提案なので却下でも構わないのですが」
「うん?」
「開発は毎夜決まった時間に。……そして翌朝、それを確かめる、と」
「たしかめる?」
「はい」
ずい、と近寄ってきたレフから無意識に身体を引くとテーブルにぶつかる。あ、めちゃくちゃ既視感。
レフの身体と障害物で閉じ込められるやつだ。なんで気付くとこうなってるんだよ。レフは追い込むのが上手すぎない?
「……開発の効果を確かめます」
「どうやって?」
「……触れて」
ベッドの側に跪いたレフは、俺の腹のあたりにぎゅっと抱きついてきた。触れて確かめるって、外からじゃ無理だよな。それは……それは朝からあの、……そういうこと?
「は、は、破廉恥!!」
「……閣下」
「な、なんで……そんな触りたくないだろう?朝っぱらから」
「触りたいです」
すすす、とレフの手が薄い寝間着の上から尻の狭間に入り込む。ふにふにと尻肉を優しく揉まれて上目遣いの青い瞳にじぃっと見つめられた。
ごくん、と俺の喉が緊張で変な音を立てる。耳まで熱くなってるのを自覚しながら、俯いて小さく『いいよ、触って』と囁いた。
喜色にとろりと熔けた青の瞳が、壮絶な色気を放っていた。それだけでまたくらくらと目眩が襲う。
「っ、ん、……レフ、……やさしく」
「はい、閣下」
「ふ、ぁ、……んんっ、……」
昨夜念入りに解された穴は、まだ潤いを残していた。レフの指に吸い付くように濡れた音を立て、それを飲み込んでいく。レフが指に唾液を足していたのか、思ったよりもスムーズに入った。
昨日の今日だからかな。これが一日おいてしまうと元に戻っちゃったりするのかな。あながちレフの言う、夜から朝というプランは正しいのかもしれない。苦労して解したのにふりだしに戻るのは嫌だし。
「……レフ」
「はい、閣下」
「ま、毎朝……よろしく」
「……は」
一瞬ビックリしたような顔をしたレフが、うろうろと落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。しかしすぐに俺を見上げて『宜しくお願いします』と応える。
その頬は、肌の色が白いせいかリンゴみたいに赤くて、可愛かった。
アーノルドに調べさせた錬金術師は、『宮廷錬金術師』だった。王宮で仕事をもらっている専属の錬金術師という意味だ。給料も高いし地位も高い。身元もしっかりしている。なんでそんな人がDomの抑制剤なんか作ってるのか判らないけど。
返事が来るかは判らないが連絡だけしておいた。テオドール叔父上の言う薬が欲しいよー作れるー?みたいな内容だ。ついでに過去服用していた履歴も送った。
それから本格的に交流会に向けての準備が始まった
服とかマントとかアクセサリーとかうんざりするほど見せられた。メイド長と執事のアーノルドが気合いを入れて選んでくれるので、頷いて待つだけにした。欠伸はこっそり噛み殺すだけにしたよ。
そういえば、と。レフにも服が必要だろうと言ったらレフ本人から否定された。なんで。
「騎士には式典用の正装があります」
「それはあくまで騎士の正装であって、レフの正装じゃないだろう」
「……閣下」
「自分のSubを着飾らせるのはDomの甲斐性じゃないのか?」
どうなんだ、と横で退屈そうにしてたレンに視線を向ける。欠伸していたレンじゃなくその横のミュゼが素早く応えた。
「閣下、恐れながらレフの体格ですと服は型紙からになり、出来上がりまでに時間を要します。閣下のように頻繁に服屋で仕立てたりしていませんので、オーダーでもかかる時間に差が出ます。……ですから今回は小物やアクセサリー、マントなどで飾るようにしたら如何でしょうか」
「……うーん。確かに」
足すなら何が良いかなと見回していたら、箱から出された美しい毛皮の襟巻きがあった。少しグレーがかった艶やかな毛皮は狐だろうか。
「アーノルド、その毛皮の襟巻きと」
「はい、レフの装飾ですね」
「そう。あと金細工のブローチ」
「閣下の色ですね」
「うんうん。マントには銀の刺繍の入った布を使って」
レフに似合いそうなモノを考えて組み合わせていくのは楽しい。
急に目をキラキラさせて衣装探しに積極的になった俺を見て、メイド長がため息をついた。
「閣下。ご自分の衣装がまだ揃っておりません」
「じゃあそれはレフが選んで!」
「閣下、……」
物言いたげなレフがメイド長に引っ張られていくのを、俺は笑いを堪えながら見ていた。だってレフが『押しつけたな』って表情で連れていかれたんだ、それがおかしくて。
衣装合わせやら何やらでほとんど一日が潰れて、気がついたら夕食が終わっていた。もう時間の感覚がない。衣装見ながら昼って食べたんだっけ?おうちショッピンクで歩いてないのに今日は身体も目も疲れたよ。
「閣下、魔道具の伝書鳥が参りました」
「え、魔道具?誰?」
「例の宮廷錬金術師です」
伝書鳥はとても高価な連絡手段だ。魔力を入れた石を使って、魔道具の鳥がパタパタと手紙を運ぶんだよね。向こうの世界で言えばドローンを使った宅配便かな。何にせよそんなお金持ち誰だよと思ったらまだ見も知らぬ人だった。
宮廷錬金術師、なにもの?
「その手紙は……自分で読む」
「かしこまりました。こちらです」
蝋で封された手紙は何の変哲も無い、シンプルな封筒だった。開けてもカミソリが出て来るわけじゃないし、爆発もしない。
ドキドキしながら手紙を開くと、思ったよりも美しい文字が綴られていた。
【錬金術師のルシアンだ。『戦鬼』から久しぶりの連絡があったと思ったら大公閣下からの手紙に驚いている。自分は医者じゃないが、あの薬については今でも疑問に思うことが山ほどあるんだ。アレを飲んで幻覚や強迫観念は出なかったか?身体に今も不調はないか。突然発作的に倒れたりはしないか。成人前からあれを服用させられる環境で育ったDomを不憫に思うと同時に、研究者としての興味もある。可能ならば一度面会したい】
「うーーん……」
「閣下?」
「悪い人じゃない気がするんだけど、変わった人だな……」
アーノルドに読ませたら、大公に対して失礼だと怒り出しそうな文面だ。でも飾らない感じが気に入ったし、テオドールとも仲が良さそうで、悪人ではない気がする。
ちなみに魔道具の鳥は返事待ちで窓辺に留まっている。これは形式張ったものより即返答のほうが良いんだろう。俺は走り書きのように紙にペンを走らせた。
そちらが大公領にくるのなら、交流会の日以外ならいつでも来て良い、と書いて紙を折り畳んだ。伝書鳥はそれをくちばしに咥えるとすぐさま窓から飛び出していく。
「……閣下、よろしいのですか」
「大丈夫だ」
俺達は向かうところ敵なしだって言ったばかりだろう。
アーノルドには安心させるように笑って、レフを呼んでくるように伝えた。レフはいま厨房で夜食を作ってくれている。晩餐にあまり食欲の無かった俺に、麦粥を作ってくれるらしい。
それを楽しみにしながら、一人になった執務室で例の手紙に視線を落とす。
幻覚や強迫観念とかには覚えがない。
でも突然息苦しくなって呼吸困難になったことはあるな。金髪美少年に迫られた時と、その時のことを思い出してゾッと恐怖に襲われた時だ。どちらにもSubが関係していて、トラウマの中にはあの甘苦い麻薬のようなものがあった。
あの時俺は、Subと行うプレイや性行為が嫌だったんだろうか。
では、レフとの関係はどうしてなんだ。レフだけ大丈夫な理由が知りたい。
レフは、他のSubと何がどう違うんだ?
竜騎士だからか、他のSubとは違って体格がいいからか、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる有能騎士だからか?
「……閣下、お待たせしました」
レフが湯気の立つ麦粥の器を盆に乗せて、執務室へ入ってきた。食欲をそそる匂いに目を細めて、机の上にあった書類や手紙をそっと片付ける。
「ありがとう、レフ」
ルシェールの記憶の中に、レフの姿はほとんどない。俺がこの身体で意識を持ったときから、レフは俺の側に居る。選んで、引き寄せて面倒見させたのは俺だ。レフはただ、憧れの軍神に奉仕がしたかっただけなのに。
――ほんの少し、ひとつ掛け違えただけで物事はがらりとその様相を変えてしまう。それが恐ろしくて、何故だか泣きたくなるほど怖くて、美味しいはずの麦粥の味が全くわからなかった。
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