麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。

天城

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「ルシェ坊!!お前の竜騎士を貸してくれ!」
「え、嫌です」
「お断りします」


 例の招待状に返事をしてから、数日も経たないうちに何の前触れもなくテオドールが屋敷に乗り込んできた。
 俺の返事は予想の範囲内だったのかスルーしたテオドールは、レフ本人の拒絶の言葉には眉を顰めている。何かその態度に納得がいかない。
 なんで命令されたら来ると思ってるんだよレフは俺の護衛騎士だよ?ダメったらダメだからね?

「ドラゴンの通訳がいなくて困ってんだよ。もうルシェ坊でもいいから来てくれ」
「閣下を行かせるなら私が参ります」

 変わり身が早いねレフ。テオドールも似たようなことを思ったようでしっかり顔に出ている。

「あの子どもドラゴンがどうか?」
「おう、それだ。先日ちゃんと乳歯を持って俺んとこに来たんだが、何しろ言葉がわからんし困ってな。メシも用意してみたんだがあんまり気に入らんようだしどうしたもんかと……」

【だから来たよ】

「ああ、だから来たのか。……ドラゴン連れていきなりヴォリス大公領に来るのやめてくれませんかテオ叔父様。ここは魔獣の森じゃなく一般市民が住んでるんですよ」
「非常事態だったんだよ。ごめんて、ルシェ坊。怒ってても美人だな相変わらず」

 執務室で会話している間に庭のほうがにわかに騒がしくなったから、予想はついてた。声がした方を見遣ると、ギョロリと窓を埋め尽くす大きさのドラゴンの目が覗いている。
 窓を開けて手を伸ばすと、ドラゴンが機嫌良さそうに鼻先を押しつけてきた。綺麗なエメラルド色の鱗がキラキラと日の光に輝いている。おとぎ話みたいな光景だ。
 庭で使用人達がこの世の終わりみたいな悲鳴上げてるけどね。

「魔獣を狩って食事を与えてみたんだが……食わん」
【魔魚がいっぱいで美味しくなかった。肉がいい】
「テオ叔父様、こいつは肉がいいそうです。魚をやりました?」
「……本当に会話できるんだなルシェ」
「今更ですね。信じてなかったんですか」
「いや、嘘は言わんだろうと思ってたんだが……」

 半信半疑だったってことだろうか。
 とりあえずドラゴンは屋敷の裏の広大な裏庭……自然の森に移動してもらった。
 遊んでていいよと言ったら『わーい』と駆けて行った。ほんとに子どもだ。ドシンドシンと地響きが遠ざかっていく。
 ここに来るまでどれだけ目立ってたんだとため息をつきたくなるが、まあ連れてたのがテオドールと紺青騎士団だったから市民もそれほど混乱には陥らなかったんだろう。

「それにしても、そのSubと随分息が合ってるんだな」
「……はい?」
「パートナーにするのか」
「え、……あ、……はい」

 なんとも歯切れの悪い返事になってしまったのにも関わらず、テオドールは気にした風もなくレフをじろじろと眺めていた。そして俺の方をチラっと見遣ると『Collarはどうした?』と聞いてくる。
 カラー。ああ、Subにつける首輪のことだよね。
 
 ――え、首輪?レフに首……輪……?

 その瞬間、頭に浮かんだのは……レフの太い首にしっかりした黒い革の首輪をつけてあげる妄想だった。
 
 ……あっ、かわいい。ごつい首輪が似合いそう。

 一瞬で楽しい妄想に浸ってしまった俺は、思ったより動揺が顔に出ていたらしくテオドールに呆れられてしまった。『絶対にそんな顔で出歩くなよ』『番犬がいても襲われるからな』としっかり言い含められる。そんな顔ってどんな顔なの。

「カラーはまだ早いっていうんならそのうちでいいかも知れんが……」
「いえ。連れて行くところがあるから、カラーは急いで選ばないと」
「……連れて行く?」
「はい。この招待状について、何か知りませんか叔父上」

 会場に入る時に持ってくるようにと書かれていたカードを取り出し、テオドールに見せる。ハッと目を見開いたテオドールはそのカードを見つめたまま声を失っていた。
 なんだなんだ、やっぱりヤバイやつでしたかこれ。

「……行くつもりか」
「招待されたので行ってきます」
「そうか。ならカラーは必須だ。そこで主のいないSubと間違われたら何処連れて行かれるか判らんぞ」

 思ったよりも真剣な顔でそう言ったテオドールは、険しい顔でまだカードを見つめていた。
 しかし眉間の皺を自分の手で揉み込んでため息をつき、パッと顔を上げた時には……いつものテオドールだった。

「ルシェール、ひとつ聞きたかったんだが」
「はい」
「……Domの抑制剤があったらお前は欲しいと思うか?」

 そう問い掛けてくるテオドールの目はどこか暗い、複雑な感情を含んでいるように見えた。

 この世界のDomには強い抑制剤が存在しない。
 身体を壊すほどの物がSubにはあるのに。何でかと思ったら、どんな身分で生まれたDomもそのダイナミクスを悪用して『奴隷』を得る事が出来るからだった。身分が低ければ最下層の奴隷を、そうでなければパートナーのいないSubを『狩り』、手に入れるのだという。狩られたSubは関係を強要されても逃げる事が出来ず、隷属させられることがほとんどだ。無理矢理にパートナーとされた後は、囲い込まれて閉じ込められる。
 例えそこから逃げ出しても、『パートナーのDomの元から逃げたSub』というのは帝国の法では罪人のように扱われる。連れ戻されるか、罪に問われるか、どちらにせよSubには良い未来がなかった。
 聞けば聞くほど古の日本の嫁制度みたいで、いやいやそれよりめちゃくちゃ怖い。とくに狩りの部分が。
 
 ……つまりこれが、レフを含め一部のSubが頑なにダイナミクスを隠して生きなければならない理由だ。

 この世界はあまりにもDomに優位に動きすぎている。それを助長するような政策をたて、法律を歪めている者がいるからだ。
 こういう世界だったせいで、ヴォリス家が使用人にSubばかりを集めているという内容は不思議がられなかった。しかも大公家は良心的だとさえ言われていた。理不尽に権力を振りかざすのではなく、きちんと雇用してその中からパートナーを選ぶのだからと。

 再契約の話が出て、ほとんどのSubが書類にサインした理由が少しわかった。
 此処に居ても俺は君達を選ばないよ、と一応説得は試みたが、それは逆効果だったんだ。『そんな大公閣下だから仕えたいのです』と涙ながらにサインしたメイド達、護衛騎士達は、今までどれだけ苦労してきたのか。

 この帝国の歪みを調べ始めた時に、一番最後に浮上したのが例の『皇帝』だった。

 即位してから彼の政策は一部のDom貴族の優位に傾き続けている。噂ではDomの令息ばかりを集めては連日のように派手な酒宴を行っているらしい。もちろんSubも多く囲っていて、集めたDomの令息達と夜な夜なそのSub達とプレイしているとか。
 もちろん噂の域を出ないが、そうして囁かれるほど今のイヴォン皇帝は民から人気がない。あまり顔を見せず、即位の式典の時以外ほとんど王宮から出てこないからだろう。
 
 彼については、もう少し調べてみる必要があるなと思っていた。

「……俺は、抑制剤があれば欲しいと思います」
「身体に害があってもか?」
「そもそも俺が子供の頃、他人を傷つけないよう服用していた薬がありますよね。あれと似たようなものでしょう」
「んんー……あれな。ウチの家門に強いDomが生まれやすいからって作られた、秘薬なんだ」
「一般的には流通していないんですか」
「ないな。材料費も高いし。……世間一般のDomは欲求を我慢する気が全く無いからな」
「……うわ、クズい」

 顔を顰めて俺がそう言うと、テオドールは可笑しそうに目を細めた。

「お前がマトモに育ってよかったよ」
「叔父上の教育が良かったのではないですか」
「俺はほとんど家にいなかっただろうが。……いてやりたい時に、ほとんど、な」

 それは戦争中だったから仕方ないのでは。
 妙に感傷的になっているテオドールに、首を傾げる。しかもその言葉は目の前にいる俺に言っているようには見えなかった。……もしかして、麗しいルシェールの中身が転生オジサンだってバレている?いやいや、そんなはずはない。

「いまドラゴンの牙で剣を何本か作らせてる。出来上がったらルシェ坊にも送っておくな」
「ありがとうございます。叔父上、泊って行かれるのでしたら東の離れがあいていますが」
「ウチの騎士団連れたまんまじゃそっちも落ち着かないだろ。ドラゴンは置いて行くが俺達は帰るよ」
「……夕食くらいは」

 ちょっと食い下がってみたら、テオドールは苦笑して頷いた。
 レフの横にいたミュゼに、紺青騎士団の分も夕食の用意をと指示をする。彼はすぐに執務室を出て、使用人用の食堂へと向かった。

「アーノルド、叔父上を客間に案内してくれ」

 ミュゼとすれ違いに入ってきた執事のアーノルドは、恭しく礼をしてテオドールを連れていった。二人がなんか目を合わせて沈黙してたように見えたけど、なんだろう。腹の探り合いとかかな。

「……閣下」
「どうした?」
「閣下が望まれないのであれば、カラーは……」

 執務室で二人きりになると、ずっと黙っていたレフが声をかけてきた。口では要らないと言いつつ表情が暗い。実は欲しいんじゃないかな、とその顔を見ながら思った。

「欲しくないのか」
「……ッ」
「レフ」

 手招いて、近づいてきたレフの腕を引き俺の足元に座らせる。机の引き出しから絵本を取り出し、机の上で開いた。貴族の令嬢達がダイナミクスの教育のために見るのだという、絵本だ。優しい言葉でDomとSubの関係のことが描かれている。端がすこしまるくなった、だいぶ古い本だ。

「Collarは、レフを俺のSubだと示す物だ」
「……はい」

 柔らかいタッチで描かれた絵本の中のSubには、金属で出来たネックレスのようなCollarが送られていた。それを指先で撫でてから、レフの顎の下に指を滑らせる。

「それと、お前に『俺のSub』だと判らせるために着ける」
「……閣下」
「イヤか?」
「嫌なわけが、ありませんッ……ルシェ様……」

 泣きそうに歪んだレフの顔が可愛くて、ギュッと腕の中に抱き締めた。『いいこ』と囁くと耳の先がほんのりと赤くなる。この首に、見栄えのする良い首輪を見つけてあげないと。交流会までは日があまりないから、とりあえず間繋ぎに仮の物を用意して後でゆっくり選んでもいいかな。

「……閣下」
「うん?」
「閣下、お願いがあります」
「どうした」
「……。お許しを、頂けたら……例の交流会の時には、あの抑制剤を服用させてください」

 すうっと一瞬で血の気が下がった。
 舞い上がっていた気持ちがいきなり萎んでいって、レフが何を言っているのか判らなくなる。

 え、なんで?あの強い抑制剤を、俺のパートナーとして横にいる時に使うって?

「……それは」
「あの薬は、SubがDomのコマンドから逃れられる唯一の方法です」
「……」
「閣下以外のDomのコマンドに、反応したくないのです」

 そう言われると、転生オジサン的に気持ちは判らないでもない……んだけど。
 ルシェールにとっては初めてのパートナーをお披露目するところなわけで。しかも最近薬の効果がなくて表情豊かなレフの様子が愛おしくて仕方ないところへもってきてだよ?
 またあの薬で身体を悪くしてさらには無表情になって、ルシェールのコマンドにも瞳を蕩けさせなくなるわけだ。それは何だか、悲しい気持ちになりそうだな。

「……」
「閣下……」

 答えに窮していると、ガタンッと執務室の扉が不自然に音を立てた。ハッと顔を上げたら、ミュゼとレンが気まずそうに入口のところに立っている。
 
 ああ、報告に来たら思いも寄らないシリアス場面に!っていうやつかあ。ごめんねこんなところで鍵も掛けずに話をしてて。

「閣下!……恐れながら発言をお許し願えますでしょうか。レフの言い分には理由があります」

 気を取り直したのか、レンがピシッと姿勢を正して声を発した。




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