27 / 42
一章
深淵の大穴・5
しおりを挟む若草色の瞳を爛々と燃やし、声の限りに叫んだカーティスは、魔王の手を離れ1人で空に浮いていた。
その小さな身体から放たれた魔力が、渦を巻くようにあたりに広がる。
小さな唇が、すぅ、と息を吸ってぴたりと止まった。
──その刹那、ズンッと全身が重くなるような威圧が周囲の空間を巻き込んだ。
魔王はかろうじて立てていたが、構えていない状態でこれはなかなかにキツい。人間達など、何が起きたのかわからないまま地面に這いつくばっている。
……これは、まぎれもなく勇者の力だ。
カーティスの金の髪が風もないのにゆらゆらと巻き上がり、ただただ強い怒りの感情が放たれている。
「お前達に何がわかる。血も涙もない?笑っちまう、どっちがだ?お前達よりよほど魔族のほうが血が通ってるよ。……俺は魔族の地に行く前、人間の教会では毎日殴られて死ぬような目に遭って、メシもろくにもらえなかった。生きてたのが奇跡なくらいに」
カーティスの声は、思ったよりも静かだった。激情を含んではいても、言葉だけは押し殺したように落ち着いている。
本人の口から語られた現実、それが人間の『普通』だ。人間の国の事情を知っているものなら仕方ないと言うだろう。ただ、それでどう感じるかは個人の自由だ。諦めたからと言って、恨みまで忘れろとは言えない。
魔王は、事柄として知ってはいても、直接カーティスに虐待の実態を聞いたりしていなかった。彼の口から人間への感情が漏れるのは、これが初めてだった。
「俺を捨てたのは人間のほうだ。俺は神も人間も見限っているし、憎んでいる。そちら側に戻る事はあり得ない。お前達の国なんて心底滅んでしまえと思っているよ。……だって、お前達に生きる価値なんかあるのか?」
淡々とした声音の中に、嘲りと侮蔑が混じる。
魔王の目に、カーティスの魔力がふわりと渦を巻くのが見えた。攻撃の前動作だと気付きハッとした魔王は、カーティスと人間達の間に立って障壁を作り、防御を固めた。
「やめなさい、それは人間を傷つける力ではない」
「……!」
徐々にカーティスの威圧も魔王が魔力で相殺し始めた。
地面でもがいていた人間達は動揺しながら立ち上がり、口々にカーティスを指差して叫ぶ。勇者の力を目の前にして大興奮しているようだった。
「あの力!あれこそ勇者様だ!」
「探していた我々の救世主がなぜ魔王のところに!?」
「こちらへお戻りください勇者様!!王もお待ちです!!」
「勇者は魔王に洗脳されているのだ!勇者が人間を憎むなんてありえない!」
カーティスの叫びの内容など深く考えてもいないのか、人間達は好き勝手に喜んだり驚いたり憤ったりしている。
「……黙れ……ッ」
憤怒に燃える瞳をさらに輝かせたカーティスが、ついにキレた。
抑えきれない魔力が溢れ出し、魔王もじりりと後退する。ただ、耐え切る自信はあった。
まさか人間を救うための勇者の力で、彼らを傷つけるなんて許されない。神々罰を受ける対象になったらどうするんだ。
魔王は全魔力を注ぎ込んでカーティスを抑えていた。まだ幼少期でこれだけ強いなら、大人になったら最強の勇者になるだろう。
……カーティスが、大人になったら……
ドン、という後ろからの衝撃に魔王は紅い目を見開いた。見下ろすと腹から剣の切先が飛び出している。
41
お気に入りに追加
358
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる