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一章
深淵の大穴・2
しおりを挟むカーティスの髪に顔を埋めて寝ていたので当然直撃する。鼻と顎を打たれて魔王は呻き声を上げた。
「いっぱい、やることが、あるんです!」
「そうだっけ……?」
「そうですよ!!」
丸一日、という約束だったから、昨夜の夕食後からやってきて一緒に寝て、本日の夕食を共にして終わりというプランである。
その間は遊びつくすつもりで、昨夜色々並べ上げたのは……。
「そうだ、深淵の大穴にも行くんだっけ」
「はい。縁まで行くならかなり遠いです」
「うんうん。まあ転移でひとっ飛びだけどね。……どうなってるかなー。そろそろこの土地が地下に移動して十年……?は、経ってるかな」
『深淵の大穴』とは魔族の土地が移動した時にあいた穴のことで、人間の住む土地から見下ろすと底も見えないほど深い闇が広がっている。
下にいる魔族から見ると空の穴なのだが、地下専用の太陽や月が輝いているせいで、穴の上の風景はほとんど見えなかった。
いまは人間側からも魔族側からも全ての交流が断絶している。
例外は魔王が直接招いた商人だけで、彼らも魔王の手を借りなければ深い穴を降りたり登ったりするのは不可能だった。まさか直接穴に飛び込んでくる猛者もいない。もし万が一魔族の土地に辿り着いたとしても、落下の衝撃でぺしゃんこだ。
逆に魔族側から穴の外へ出て行こうという者もいなかった。魔王が作りだしたこの地下の土地で全てが事足りているからだった。
――実は、魔族から見ると、人間側の生活は非常に貧しい。
作物を育てたりモノを作ったりするのは魔族も人も同じなのだが、人間達はそのほかに絶えず戦争をしている。国庫から絞り出した金で戦争をしているので、治水や街道の整備などに使う予算がなかった。しかも貴重な労働力である男達がずっと戦争に出ている。畑に作付けしようにも女子供や老人だけでは限界があった。
すると作物の収穫量が減り、街道も道が荒れているため他からの食糧がなかなか届かず、悪循環である。人間たちは、どこの国でも常に飢えていた。
カーティスの幼少時代が特別不運で、厳しかったわけではない。人間のなかでは普通のことなのだ。弱い者から虐げられ死んでいくのが人間達の理だった。
魔王は、そんな人間たちの生活を前世で初めて知った。山の中の一軒家だったが、街まで降りていけば人々がどんな生活をしているのかわかる。
若い男が兵役を逃れて住んでいるのは不審だから、外では片足に古傷があって走れないという設定にしていた。前世のカーティスが15で冒険者になったのも、兵役免除があるためだ。
どの国も冒険者には魔物退治などの一定の成果を毎年提出させ、税金の足しにしていた。討伐数が足りなければ容赦なく兵役が待っているが、真面目にこなしていれば悪くない話だ。
兵役は短くて1、2年……長ければ4年を課せられる。
国とて兵士の数は欲しいが、稼ぎ手がおらず税が取れないのも困る。だから冒険者に特典をつけて、民が農作物以外の物を稼いでくるのを望んだ。
農村から男達がいなくなったのは戦争しているせいだろうに、身勝手な話だ。魔王は前世、歪んだ王政をながめて反面教師にしようと思っていた。魔王とて、魔族の国を一応は統治する立場だったので。
戦争、戦争、戦争。
人間のいる環境で暮らしている間、開戦の話題を何度も聞いた。すべて別々の国の戦争である。遠い国の戦争など関係ないように思えるが、土地が繋がっている限り無関係ではいられなかった。
――あちらで戦が始まったから、今年は海産物がとれないかもね。来年はまた小麦がなくて困るかもしれないわ。パン屋がまた値上げですって困ったわね。仕方ないけどね。
様々な声を聞いた。諦めて、変わらないことを嘆いて、明日食べるパンを考えるだけで精一杯の者もいた。それが人間達の日常で、変えようもない現実だった。
彼らが『勇者』という旗印を切望する気持ちもだんだんと判ってきた。けれど、カーティスが人間の戦争に巻き込まれたら、まさか人柱にでもされてしまうのではないかと、魔王はずっと心配だった。
いや、これは前世の話だ。前世はもう、過ぎ去ったこと。魔王は頭を振って、それ以上考えないことにした。
さて、大穴があいたことによって人間達は魔王の驚異的な魔力を目にしたことになる。
いや、今現在も目にし続けていた。それで彼らがどう変わったのか、かわりなく争いあっているのか、魔王は少しだけ興味があった。
「いや、やっぱり遠いし『深淵の大穴』は最後にしよう。……さ、あの白いケープを着て。まずは雪山散歩から始めようか」
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