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一章

深淵の大穴・1

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「……アーク様、アーク様、起きてください」

 意識がやけにゆっくりと覚醒する。
 ふとんの中がぽかぽかしていてまったく出る気になれない。

 小さな手がぐらぐらと魔王の身体を揺らしているが、瞼がくっついたまま開かなかった。
 ただ、魔王の名を呼ぶカーティスの声が不思議なほど近い気がする。

「約束でしょう、アーク様」

 んん、と小さく呻いて魔王は目を開けた。
 そうだ、約束だった。寝ぼけ眼を擦りつつ身体を起こそうとして、腕の中にフワフワした金髪がある事に気がつく。
 どうやらカーティスを抱きしめて寝ていたらしい。
 ふとんの中が温かかったのは、このせいか。さすが子ども体温だ。



 ……月日が経つのは早いもので、人間のカーティスは着々と成長し6歳になった。

 前世で養い親をしていた魔王はしっかりカーティスの誕生日も記憶している。
 孤児であろうとも名前と生年月日は生まれた時に近くの教会で登録するので、失うことはないのだ。

 早速プレゼントは何が良いかと希望を聞いたら『魔王様の一日をください』と言われた。
 一日ってなんだ?と思ったが詳しく聞いてみると、髪を梳かす仕事の間だけではなく、魔王としての仕事を休んで一緒にいて欲しいという事だった。

 するとルカからも、ちょうど良いので休暇をとってくださいとショックな事を言われた。

 これでも魔王は、今世は働いてないつもりだった。
 自堕落人生まっしぐらだからだ。朝も遅く起きて朝昼兼用の食事をし、お茶を飲みながら午後も部屋から出ずにダラダラする。
 夜も好きな時間に入浴タイムを設けて、好きなタイミングで勝手に寝ていた。夜更かしだってし放題だ。この上なく自堕落なルーティンだろう。

 なんてはた迷惑な魔王だ。ワガママし放題である。魔王宮の使用人たちには自堕落魔王と噂されているだろう。

 得意げにそう言った魔王を、ルカは『食事が朝昼一緒なら厨房も配膳の手間も一度で済みますし、部屋着のままで着替えの世話も全くいらないし、夜も風呂を用意しておけば勝手に入って知らない内に寝ている、なんて手のかからない魔王様だと言われているのをご存知ないですか?』と一息で言って撃沈させた。

 しかもこのルカは、午後のお茶を飲む魔王になんとなく執務をさせている張本人でもある。

 魔王が部屋にいると、書類を持ってきたルカがそれを読み上げ、ぼんやり可否の返事をしているうちに書類がどんどん流れていく。

 判子はルカの部下が魔王の返事を聞いてしっかり押していた。
 元老院の力が削がれた今、魔族の統治に関しては自由に出来ることばかりだ。
 魔族からの陳情をまとめ、精査して魔王の元に持ってくるルカも相当なやり手だった。

 そんなわけで、夕方には毎日の執務が終わっている魔王である。

 ふと、そんなに不真面目にだらだらやった書類仕事でいいのかと不安になるが、『完璧です、なんの問題もありません』とルカにキッパリ言われてしまった。

 そんなラクラクな魔王のお仕事もお休みして、一日カーティスと過ごす。それが誕生日なら気合いも入るだろう。
 何をしたらいいかな?何処に行って何して遊ぶかな?というのを昨夜泊まりがけでやってきたカーティスとベッドで話しているうちに、眠ってしまったらしい。

 窓の外はまだ作り物の太陽が出始めた頃で、空も薄明るい程度だったが、カーティスは完全に覚醒していた。若草色の瞳が元気にキラキラしている。

「約束は、一緒にいること、だよね?……いっしょに二度寝しようよ」
「わっ、!!」
 
 幼いカーティスは魔王の腕の中にすっぽり入ってしまうほどちっちゃいのに、キリッとした顔でひとを起こすから、可愛いが過ぎる。
 魔王は蕩けるような笑みを浮かべてカーティスを抱き寄せた。

 もう孫を前にしたおじいちゃん並にめろめろだった。
 腕の中のカーティスを抱き締めて柔らかい金髪に顔を埋め、すりすりと頬ずりする。
 『んんっ』と心地よい吐息が漏れて、無意識に欠伸がでた。はふ、とまた息をつき魔王はそのままスウッと寝入りかける。

「おーきーてー!」
「んんんっ、んむっ」

 なんとカーティスがゴンゴン頭突きしてきた。

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