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一章
魔王の過去・5
しおりを挟むカーティスの養い親となる上で、魔王は人間として過ごしアレクセイと名乗ることにした。
そしてカーティスの叔父ということになった。人間の世界では名前と血統は不可欠だ。魔族の中でなら、魔王と言えば1人なので必要なかったのだが。
そして、人間を育てるならと強大な魔力と闇魔法を封印した。
ヒトには闇魔法は使えない。あるはずのないものを持ち込んではいけないと考えてのことだった。
そうして魔王は剣を取り、毎日勇者を鍛え続けた。98回の死に戻りをした魔王にはあらゆる武器のスキルと、野営や狩りなどの知識がある。
山の恵みを頼りに自給自足の生活をするつもりだったが、町で入り用なものも少なからずあった。そういう時は魔王は山にでかけていって、獣の毛皮をたくさんとってきた。
魔法も使わずどうしたのかと言えば、『魔王の血肉を少しわけてやるから狩りを手伝ってくれないか?』と魔獣に交渉したのである。
魔王の血は魔力を豊富に含み、魔獣にとってはまさにご馳走だった。
それをちらつかせれば、様々な魔獣達がウサギやキツネ、リスなどを狩ってきてくれた。
魔王が血をくれるらしい、と山々に噂が走り、ある時のっそりと大きな銀魔狼が現われて魔王に言った。
『ちっぽけな獣の皮などではなく、魔獣の毛皮を狩ってきてやるぞ』
それはすごい。おそらく、とっても高く売れるだろう。大きくなってきた勇者の装備を揃えるのに充分な金が手に入る。
魔王はそう思ったが、相手は魔狼の中でも『白銀』という特に強い種族であった。肉をちょっと囓る程度で済むはずがない。最悪の場合腕一本くらいは持っていかれる可能性があった。
魔王は、もちろん不死身ではない。
多少の傷はきちんと止血すればそのまま数分で塞がってしまうが、失ったものはすぐには元に戻らない。
血を失えば少し貧血になるし、肉を囓り取られればその部分は数週間削れたままになる。そんなことになったら、カーティスに不審がられるだろう。
ちょっと狩りで疲れただけだよ、なんて言い訳が通用しない相手なのだ。
――そこで魔王は考えた。
狼ってたしかハラワタが好きじゃない?ナイフでキレイに腹を切って、ハラワタをちょっと囓って持ってってもらえばいいんじゃない?傷はすぐ塞がるし。
その提案にあんぐりと口を開けたのは魔狼の方だった。
なにいってんだこいつ、という目で見られたが魔王はいたって本気であった。
腕を囓られたり指が一本なくなってたりしたらカーティスに見つかるし、ルカにもバレてきっと叱られるだろう。
そう考えるとこの『ハラワタをちょっと囓る』が一番いい方法のような気がするのだ。
魔王がいいならそれでいい、と魔狼は約束を違えず、山ほど青銀兎や赤銅栗鼠など変わった魔獣を狩ってきてくれた。
珍しい毛皮を大きな街のギルドに持ち込み、鑑定してもらい金にかえた。
カーティスに新しい剣を選ばせ、装備も一式揃えることが出来た。
……ちょっといつもより痛かったけど、魔王はそれで満足だった。
勇者は十五歳になると、冒険者になって稼いでくると言って家をあけるようになった。
コツコツと低ランクの依頼をこなしその度に食料や土産の品を持って帰って来る。
眩しいくらいに良い息子だった。カーティスの成長を見て、魔王は誇らしい気持ちになった。
冒険者としてのレベルが上がると、カーティスは大きな依頼を受けられるようになっていった。一日や二日で終わる仕事ではなくなり、魔王は山の中のポツンとした家で一人勇者の帰りを待つことが多くなった。
時折、豪勢な土産と共に帰って来るカーティスを出迎えて、笑顔で食事を振る舞ったり冒険談を聞いたりする。
穏やかにカーティスと茶を飲み、団らんするのは、至福の時だった。
しかしときどき、カーティスは魔王の顔色を窺うような目で見てくる。問われてはいないが、ああ心配を掛けているなと思い魔王は苦笑した。
『なんでもないよ。無理はせず、がんばっておいで、カーティス』
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