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一章
再会の魔王と勇者・1
しおりを挟む「魔王様!今代の勇者の卵を捕縛して参りました!」
高らかに叫ぶ声が、謁見室の広い空間に響き渡った。
玉座に頬杖をついて座ったまま、魔王は無言で彼らを見下ろす。その目はだいぶ光を失い、生気も無く、非常に『だらだら』とした雰囲気だったが、周囲の者はこの魔王のやる気の無さにほとんど気付いていなかった。
対して、はりきって頬を紅潮させくだんの報告をしているのは、宰相の息子だ。
魔族としてはまだ年若く、血気盛んな年頃といえる。遠征先で勇者の卵とやらを捕まえて、その場で殺さなかっただけましだろう。
魔王は頭痛がするこめかみを指で押さえ、ルビーのように赤い目をゆっくりと細めた。
「勇者の紋章もここにございます!間違いないかと!」
魔族の男は縄を掛けられた幼子を引き倒し、柔らかそうな髪を押し上げると細いうなじを露わにする。そこには間違いなく、勇者のしるしとされる太陽の紋章が刻まれていた。
こらこら小さい子になんて無体なことをするんだ。頭に血がのぼるだろうが。
つい注意しそうになって、魔王は必死に踏み留まった。
口を開けば威厳がない、覇気がない、と言われる魔王だ。ここは沈黙しているのが正解だろう。黙っていれば見目はとんでもなく良いと言われるので。
そんな紋章など見せられなくとも、魔王はこの幼子が勇者であることを知っていた。
この報告を聞かされた回数は、もう両手の指の数を超えている。数えるのも億劫なほど聞いた。多少の誤差はあれど、毎回この時この年頃で、勇者は魔王の元を訪れることになっているのだ。
――実はこの魔王、この生で死に戻り100回目を迎えている。この先にも、なにが起こるか何通りもの未来を知っていた。
……さて、どうしようか。
魔王は考えた。今回は勇者に対して、自身では特に何にもする気がない。
むしろしちゃいけない気がする。部下の誰かに押しつけて育てて貰おうか。出来るだけ信用できるやつに頼みたい。
自称・自堕落魔王は、玉座の床に着くほどの長い黒髪をくるりと指に絡めて思案する。
この勇者が確実に、そして安全に成人するまで育つ環境が必要だ。
ただし、自分の労力はなるべく払わずに実現したい。なにせ、人生におけるやる気というものがいまの魔王には欠如しているので。
いままでに99回の死を受け入れてきた魔王である。
たかが99回、されど100回目。
魔族の寿命は本来長いので、一回の生が何百年という事もあった。
本当に気が遠くなるような時間、魔王は死に戻り、生をやりなおしてきたのだ。
途中で終わる生の大半は、あらゆる方法で殺されていた。
魔王にとって暗殺は日常茶飯事だった。毒殺、刺殺、落下による墜死やら、すぐ隣から塔が倒れてきて圧死、聖なる火での焼死、魔魚の潜む湖に落されて水死、先代の墓参りで巨大な墓に閉じ込められて窒息死、もうソレ暗殺とか言えないよな?というような大胆な殺し方もあった。
その99回の死の理由のほとんどが、魔族によるものだ。
魔王というと魔族の頂点に立つ王のように見えるがとんでもない。
すげ替えの効くシステムのせいでとんでもなく舐められている。
気に入らなければチェンジ、とでも言うように殺せばいいと思われているのか。
魔族の中で古参と言われる元老院の老いぼれどもは、化かし合い上手な狸や狐の集まりであった。
まあ、それはいい。99回の生の中では、現状をどうにかしようと奔走した事もあったが、疲れただけで何の意味もなかったので、もういいんだ。
今生では、魔王はもうなにもしない。
死ぬのが運命なら、努力するのも辛いのも、もう無駄だと分かったし充分苦渋を味わったから。今回くらいは自由に、死ぬまで好きなことをして暮らしたい。
魔王の心がこんな風に折れる理由となったのが、主に99回目の死だった。
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