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前編-ハロルド編--

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「ギ、……ギルバート・グランヴェル。き、君との婚約を、は、破棄……したい」
「……は?」


 思ったより気弱な声が出てしまった。しかも相手の反応が心の底から怪訝そうで、余計に気持ちが落ち着かなくなってしまう。

 もっと毅然とした態度で、キッパリと言いたかったのに。
 しかも……『したい』ってなんだ。するぞ!っていう気合いが足りないと思う。今から言い直した方が良いだろうか。

 いやでも話を早く前に進めるのも大事だ。目の前のギルバートも、黒い瞳を瞬かせてこちらの言葉の続きを待っているように見える。

 パーティー会場から続くテラスは、今は私達以外の生徒がおらず、賑やかに談笑する声が開け放されたガラス戸の向こうから聞こえている。

 世界から切り離されたかのように、この場所には静寂が降りていた。

「もっと君にふさわしい子がいるだろう。だから私との婚約は、なかったことに……しよう?」

 またやんわりとした口調になってしまった。
 向き合った相手の眉間にビシリと深い皺が刻まれたのが見える。

 ギルバートは黒髪に黒い瞳で、それなりに上背のある私よりも目線が一段高い。もともとの顔が整っているからか彼がそんな顔をすると、とても迫力があった。密かに令嬢達に人気の高い彼は、もう少し愛想があれば引く手あまただろうに。勿体ない。

「何を言ってるんだハロルド。俺達の婚約は王家も認めた正式なものだろう」

 底光りするような黒い瞳が私を映したまま僅かに眇められた。
 ゾワリと寒気のようなものが走り抜けて、思わず肩が震えてしまう。これは、別に彼が怖いとかじゃない。私の後ろめたさが起こした恐怖だと思う。うん、きっとそうだ。

「も、もう父上には話してあるんだ。……好きなようにしなさい、と。だからギルバートも……」

 あ、ダメだ。言う言葉はちゃんと準備してきたのに、いざ口にするとなると上手く出て来ない。
 鼻の奥がツンとして声が震えそうになってしまう。
 
 だって私はこんな事、本当は言いたくない。言いたくないけれど、どうしても言わなければならないんだ。
 自分にそう言い聞かせ、勇気を奮い立たせて言葉を続けた。

「……君も、自由になっていいんだよ。さようなら、ギルバート」

 堪えきれず彼に背を向けてから吐き出した声は、何とか取り繕えていたと思う。
 震えずに、穏やかな声音で告げると、私はその場から全力で逃げだした。











 今日は、貴族や王家の子供達が揃って入学する王立学園の卒業式だった。
 皆、十四歳になると家庭教師の手を離れ、小さな社交界であるこの学園に通い、三年間の寄宿生活を送る。

 既に各家で行われる茶会やパーティーで顔を合わせている者達もいるが、ここでの生活は成人してからの強力なコネ作りになる。王家の一員である私はもっぱら繋ぎを求められる側で、正直に言うと入学の時は気が重かった。公務なら拘束時間が決まっているが、学園生活となれば四六時中で気が休まらない。
 
 笑顔が引き攣って見えてないといいなと思いながら、三年を過ごした。

 勿論、王族である私は身の回りの世話のために侍従達を連れてきている。
 今日は卒業式の為に仕立てられた服を着て、髪を整え、華美にならない程度の宝飾品を身につけていた。オフホワイトでまとめられた礼服には金糸で刺繍が施され、私の金髪にとても合っていると言われた。
 
 付ける装飾具は私の瞳の色に合わせた淡いブルーで、耳飾りとブローチ、それに髪留めが揃いのデザインだ。伸ばすように言われた私の金髪はそろそろ背の真ん中を越えるくらいで、緩く編まれて片側で留めていた。

 これが貴族の『武装』なのだと、入学式の時に母から教えられた。私達は剣を持って前線で戦う事はほとんどないけれど、ナメられないことが一番重要だと言われたのだ。

 母は十六歳で我がクレアーズ王家に輿入れした、隣国アディーリアの第三王女だった。政略結婚のわりには父とは始めから仲睦まじいらしいが、若い頃は色々あったんだろう。

 午前中に式は終わり、午後は交流会を兼ねたパーティーが始まっていた。
 その中で、本当なら私は、皆の前で宣言するように婚約破棄を口にするつもりだった。でもようやく言えたのはギルバートを連れ出したテラスで、二人きりになってからだ。

 それに破棄の理由も『君は私に相応しくない!!』と傲慢に言い捨てるはずだった。彼には徹底的に嫌われようと思っていたからだ。……そんなこと、嘘でも言えなかったけど。
 
 ――ふさわしくないのは、私のほうだ。
 
 足元に肉体強化の魔術をかけなくとも、私の走る速度は風のようだと言われている。誰の目にも止まらず、私はパーティー会場を抜け出していた。並の衛兵や、ましてや貴族令息などでは目にも留まるまい。
 
 私の魔力は国内でも多い方と言われているが、それだけではなかった。幼い頃から鍛錬を欠かさず、現役の騎士団長を師と仰ぎ鍛え抜いた身体はかなりのものだ。この胸の厚みが邪魔するせいで服や鎧などは頻繁に調整を必要とする。

『どうか重要な式典やパーティーの前は鍛錬をお控え下さいハロルド様』

 困り顔の執事にそう窘められた事も何度かある。体格に合わないシャツなんかで王族を式典に出させるわけにはいかないのだろう。そのため私のための式典服は布をたっぷりと使った優雅な装いのものが多い。物は言いようだ。いつも苦労かけて申し訳ない。

 しかしその服装のせいか貴族令嬢や夫人達、他国の王女達にはこの容姿をやけに褒めそやされる。

 "クレアーズ王家の掌中の珠、白百合の如く美しき第三王子ハロルド"

 ……それが社交界で広がった私の呼び名だ。白百合なんて、何を見てそんなことを言うのだろう。不思議だ。

 肌はまあ、母譲りで白めだとは思う。日に焼けにくいのだから仕方ない。これでも幼い頃は線が細く華奢で、金髪に青空のような明るい瞳が天使のように可愛らしいと言われていた。そう、その頃ならまだしも、今のこの逞しい近衛騎士かと見紛う体格を見て、『白百合』はないだろう。聞いた者から詐欺だと言われかねない。

 しかし他国の式典に招かれたり、貴族の茶会に招待されると、だいたい女性達は私の容姿を褒めてくれる。お世辞かもしれないけれど、たまに熱烈な求婚を受けてしまって困る。女性には、そんなに良く見えるんだろうか、この身体が。

 ――でも、私の欲しい美しさはこれじゃないんだ。

 この国は同性婚が認められている。周辺諸国では禁止のところもあるらしいが、うちは法律で結婚の自由が定められていた。たまに他国から移住して国籍を取得し、結婚する同性の夫婦もいるくらいだ。

 この国は、良い意味でも悪い意味でも制約が緩い。平和な国だと喜んで移住する者もいるらしいけれど。

 そんな同性婚の多いこの国でも、その夫婦というのはある程度『雰囲気』というのがある。男同士の結婚で言うなら、夫となる男は逞しく強く、妻となる男はたおやかで美しい。
 どちらかと言えばそう、というだけの事ではあるが、下世話なことを言うとおそらく夜の生活も多少体格で決まるんではないだろうか。……いや、一般的な話だ。一般的な夫婦の話だよ。

 ――つまり私は、ギルバートより体格は少し劣るが、妻としては相応しくない身体をしている。

 筋骨隆々としたこの身体を前にして、ギルバートは夫婦の営みを無事に出来るだろうか?

 もっと華奢で可愛らしい妻を娶ったほうが家庭も円満なのではないか?

 そもそも私が彼と婚約したのは幼少の『天使』だった頃だ。今の体格は詐欺ではないのか?

 実はギルバートも婚約破棄したいと思っているのに相手が王家だから口にできないのでは?

「……はぁ」

 考えれば考えるほど、思考は後ろ向きになっていって、ため息が出てしまう。
 後ろからギルバートが追いかけてきていないのを確認してから、私は学園の敷地内の寄宿舎へ向かった。
 王族の私が入る寄宿舎は、一般生徒とは棟が違っている。
 広い一般用の通学路とは違う道を、一人で進んでいく。立場上、侍従を連れて歩かなければいけないが、普段から私はよくフラフラと一人で出歩いていた。
 生半可な賊なら私一人でどうとでも対処できるからだ。剣を腰に佩いていない時でも、体術だけで四人の誘拐犯を蹴散らした事がある。あれは私が十歳の頃だった。
 あれから――父は私に『好きにしなさい』と言うことが多くなったように思う。

「お帰りなさいませ、ハロルド様」
「ただいま」
 
 部屋に戻ると、待機していた侍従が服を着替えさせてくれる。私の部屋は二階の角部屋だ。階下には私専用の食堂や厨房があり、二階は私の部屋の他に風呂や侍従の控え室などがある。

「湯を用意しましょうか」
「いや……今日は、いい」

 いつにも増して堅苦しく感じた服を脱ぐと、ドッと疲れた気分になった私は、茶を用意させて皆を下がらせた。

 ひと息ついてから温かいお茶をひと口含む。茶葉の良い香りが広がり、少しささくれ立っていた気持ちが落ち着いてくる。相変わらず、私の侍従のいれるお茶は美味しい。卒業式の後、今夜がここで過ごす最後の日だ。ゆっくりお茶を味わおう。

 王家からこの寄宿舎に遣わされている者は三名。此処で私の住む環境を整えてくれていて、寄宿生活と言うにはいささか『王宮と同じ』過ぎる生活を送れるようになっていた。

 中でも一名は料理人で、毎日きちんと王族に相応しいという食事を用意してくれた。

 王家は、少し私に甘すぎではないだろうか?

 私は第三王子で、年の離れた兄が二人いる。私達は母を同じくした兄弟で、これは他国から見るとかなり珍しい事らしい。母の違う王子達は普通、いがみ合って蹴落とし合うのだとか。私は一番最後にできた末っ子だからか、家族全員に可愛がられている感じがある。

『身体は鍛えていても食事に麻痺毒などを混ぜられたら簡単に誘拐できてしまうかも知れない』

 そう言ったのは長男で王太子でもあるリチャード兄上だ。次男のユージーン兄上もまた、入学当初、一人くらい近衛騎士を連れて行くべきでは?としつこく言っていた。

 この二人は思考がよく似ていて、容姿も双子のようだが、歳は一つ違う。私とリチャード兄上は七つ違うので、物心ついた時から父が三人いるかのように感じていた。
 過保護が過ぎる兄たちをいさめてくれたのは母で、厳選した三名を送るから後は自由にしなさいと言ってくれた。

「……自由。自由とは、なんでしょうか母上……」

 哲学のような事を呟いて、ため息をつく。
 疲れを癒すには湯を使うのが良かったのかも知れないが、気持ちが疲れ切っていて風呂に入る気力はなかった。身体は拭いて貰ったのでこのままベッドに入ってしまってもいい気がする。

 それくらい、今日のことは私の精神を疲弊させていたのだ。

 だって私の初恋が終わった日だ。自分から終わらせて、ギルバートに別れを告げた日。





 私とギルバートが出会ったのは、三歳の頃だった。彼は私の師である騎士団長の息子で、歳が近いからと学友候補として鍛錬の最初の日から王宮へ来ていた。

 鍛錬の後は一緒に湯を使ったし、その後は軽食を共にしたり同じベッドで昼寝をしたり、とてもたくさんの時間を共に過ごした。

 ……告白をしてきたのは、ギルバートからだった。

 あの頃私の容姿は女の子のように可愛かったそうなので、周囲は微笑ましく私達を見ていたという。相手の身分についても、性別についても、私は第三王子なのでそこまで厳しい査定はされない。

 それに騎士団長は元は王家の血を引く伯爵家から別れた家だ。問題はないだろうということで、私達は幼いながら婚約を交わした。

 ギルバートは利発な子供で勉強も出来たし運動も得意だった。しかしあまり表情がなく、多くは喋らない大人しい子供だった。

 無口という程ではないが、私が話すのを頷きながら聞いてくれた。ギルバートが話さない分を埋めるように、私は様々な事を話して笑い、時には泣き、怒ったり拗ねたりと子供らしい幼少期を送った。

 それは近くでギルバートが見守っていてくれたからだと今では思う。どんな時でも側にいてくれて、彼は私の最も大事な存在だった。

 周囲も私達の様子を見て、いずれは結婚するのだから、そんな距離でも問題ないだろうと思っていた。しかし、大人びた雰囲気のあるギルバートを、私は一番近い兄のように感じていたのだ。そこに特別な感情はなかった。

 それが変化したのは、私達が十歳になった頃だ。

 切磋琢磨し共に鍛えてきた私達はぐんぐん背が伸び、二人とも同世代からは頭ひとつ出るような体格になっていた。

 鍛錬の後、いつものように湯を使っていた時、私は振り返って見たギルバートの背に少しの間見惚れた。均整の取れた筋肉の盛り上がりを、湯の粒が流れ落ちていく。ただそれだけの光景なのに、私は動きを止めてしまって、ギルバートに『どうした?』と声をかけられた。

 慌てた私は、自分の腕を彼に近付けて『なんだか色が随分違うなと思ってね』と笑った。ギルバートの肌は日に焼けて少し浅黒く、私はどうも日焼けしにくいらしく真っ白だった。
 肌を寄せてみるとその色の違いは明白で、確かに改めて見ると笑ってしまうほどだった。

 ――しかしその時、ギルバートの目は笑っていなかった。

 凝視するように私の腕を見て、そこから辿るように肩、首、胸と漆黒の視線が移動していく。その瞳は夜闇の色に混じって、濃紺に星を溶かしたような熱を帯びていた。

 その瞬間、私は急に顔が熱くなって逃げるように風呂を出てしまった。ギルバートの視線がまるで愛撫のように私の肌を辿ってきたような気がして、恥ずかしくなったのだ。

 もし実際にギルバートの手が私の腕に触れ、肩に、鎖骨に……と触れてきたら私はどうするだろう。何だかとっても恥ずかしくて、いけない事を考えている気持ちになった。

 でも、心のどこかで、触れて欲しかったという気持ちも間違いなくあった。私はギルバートに何を期待しているのだろうか。

 その後は、追いかけてきたギルバートに非礼を詫びて共に食事を取り、彼は特に何も言わずいつも通りに帰っていった。

 その夜、私は初めて夢精した。
 寝る前に思い浮かべていたのはギルバートの逞しい背中だった。目に焼き付いて離れなくなっていたのだ。さらに夢の中では彼の視線に晒されて身悶えたり、日に焼けた大きな手で身体に触れられて恥ずかしくて泣いたりした。胸が苦しくて切なくて、もっと触って欲しくて声を上げそうになった時、目が覚めた。

 起きたら下着が濡れていて、真っ青になって側仕えを呼んだら、温かい目で諭された。これは大人になった証なのだと。初めての精通が夢精なのはよくあることで、これからは閨の訓練もしましょう、と。

 十歳になったばかりの私は急に全てのことが恐ろしくなって泣き出した。侍従が宥めても、乳母だった侍女長がやってきても泣き止まず、ついには部屋にギルバートが呼ばれてしまった。

 何しろ私が一番懐いていて信用していたのが彼だったから。しかも内容が内容で、婚約者なのだから彼に任せるべきだと皆が思ったのだろう。

 私は、ベッドの上で座り込んだままギルバートを見上げた。天蓋の布をめくって中に入ってきたギルバートは、朝からの騒ぎの内容を聞いていたのか少し気まずそうだった。確かに、いきなり婚約者の精通の話など聞かされても困るだろう。

『ギルバート、私は変になってしまったんだ』
『変ではない。それは普通の事だ。俺でもなる』
『ギルバートも?』
『ああ。俺の場合は自分で擦って出した』
『……え?』
『これからは定期的に抜かないと、溜まってまた夢精することになる』
『ええぇ……』

 絶望に満ちた私の声を聞いて、ギルバートは唇の端を少しだけ上げて笑った。

 それから彼は閨教育係のように自慰の仕方を説明して、私が目を白黒させているのを楽しんでいたようだった。

 同じようにできるだろうかと不安になる私に、ギルバートは一瞬考え込んでからベッドに上がってきた。座っている私を後ろから抱き締め、未だに下を脱いだまま下着もつけていない私の下半身に手を伸ばす。

『呼べばいつでも俺が手伝う』
『あ、あの、……ギ、ギルバート?』
『こうして……ゆっくり擦り上げればいいだけだ』
『ひっ、……ぁ、……ギ、……ルッ……ぁ、あっ』

 ぎゅうっと身体を丸めてしまう私を、ギルバートはそっと抱き締めてきた。落ち着かせるように、耳元で名前を呼んでくる。ハル、と呼ばれると腹の奥に熱が凝るような気がした。

 少し乾いた手に擦られていた性器は、先端からとろとろと透明な液体を零し、ギルバートはそれをゆっくりと全体に塗り広げた。

 恥ずかしくて顔を上げられない私はずっと俯いていて、肩に触れるくらいの金髪がカーテンのように視界を覆っている。そのうち、急にフッとうなじに温かい息が掛って、そこに濡れたモノが触れた。

 ぴちゃり、と濡れた何かがそこを撫で、柔らかな膨らみが触れてちゅうっと強く吸われる。ビク、ビク、と身体が無意識に跳ねるのを感じた。

『ギ、ギルッ……なに、してるのっ』
『ハルのうなじがあまりに白いから……美味しそうで食いたくなった』
『へ?……あっ、……ぁ、や、めっ、ぁっ……たべちゃ、だめぇッ……』

 性器の先端をぐりぐりと親指で強めに押さえられた。ビクンと大きく震え逃げようとする身体を、強く抱かれて後ろに引っ張られる。

 ギルバートの逞しい胸に寄りかかりその腕に包まれたら、今朝夢に見た光景が重なった。ひゅ、と小さく息を飲んで、私はギルバートの腕を掴んだ。身体の奥底に熱源があって、それが暴れ出すと共にビクビクと腰が震える。

 いっぱいまで引かれた弓にでもなったような、どうしようもない衝動で思考が焼かれる。

『ぁ、ふ……あ、あっ……ぁ、ん――ッ』

 ビュク、ビュク、と何か溢れるような音がして、次の瞬間私の身体はぐったりと弛緩した。ギルバートが手を拭いているのをぼんやりと眺め、下半身を濡れた布で拭かれても動けなかった。

 ギルバートが手ぐしで私の金髪を整え始めてようやく、私はもたれ掛かって椅子にしてしまっている相手を見上げた。

『ギルバート』
『うん? 手は洗ったから大丈夫だ』
『違う。……違う、いまの……いまのは』

 湯の入った桶と柔らかい布が、天蓋の向こうにさっと持ち去られていく。そうかアレで手を洗ったんだな、と思ったが持って行った人物は?とようやく思考が巡り始めた。

 ベッドの上は周囲を布に覆われて暗くなっているが、今は真っ昼間だし、天蓋の布の外には恐らく側仕え達がいる。

 そ、そんな状況で? 私達は今、何をしていた?

『ハロルド。……ハル。大丈夫だ。婚約者ならこれくらいする』
『そ、……そうなの、か?』
『そうだ。だから気にしなくていい』

 そうなのか、とその時知識のない私は納得してしまった。

 恐らくその後も疑問にも思わなかった。私は全幅の信頼をギルバートに傾けていたし、別の知識を仕入れようもなかったのだ。

 閨教育については婚約者のギルバートが自ら手ほどきをするからと断ってしまったし、年の近い友人はいない。兄達は年上過ぎて、こんなこと相談出来ないと感じていた。

 だから――私は精通した十歳からつい最近まで、定期的にギルバートに自慰の世話をされていた。

 一週間に一回が、何故か三日に一回になって、『そんな頻度でするものだろうか?』と疑問に思う隙すらなくギルバートの手に翻弄される。

 だって、それはとても気持ちいいことだった。

 抱き締めてくれるギルバートの腕は心地良いし、身体を寄せていると彼の筋肉の盛り上がりがしっかりと感じられる。目で見るよりも明らかに、それを感じることが出来た。私はいつしか、彼の身体に欲情するようになっていたのだ。

 ギルバートと逢えない日は、その感触を思い出して自分で慰めることもあった。ギルバートの声を思い出し、その手の感触と、抱き締めてくる腕を想像して、恥ずかしくて真っ赤になりながら自慰をする。

 ……すごく、気持ちが良かった。いけないことだと判っているけれど、それが背徳感というスパイスになって興奮が増していく。

 ある時、自慰をしてしまった次の日にギルバートに射精を促されて、とても薄い精液しか出なかった事があった。

 ギルバートは一瞬沈黙してから、『どうした?』と真剣な顔で聞いてきた。私はしどろもどろになりながら、真顔で問い詰めてくるギルバートに負けて全てを告白してしまった。

 ギルバートにされるのがとても気持ち良くて、一人の時も自慰をしている事。

 自分でする時もギルバートの手や声を思い出している事。

 堪えきれないなんて恥ずかしくて、消え入りたいほど羞恥を感じるけれど、心地良くて止められなかった事。
 
 ……何より、ギルバートにもっと触れられたくて堪らない、こんな自分が恥ずかしいと。

 するとギルバートは一瞬動きを止めて表情を凍らせた。

 私は急に不安になって、彼の顔を覗き込む。もしかして、あまりにも私がはしたなくて、呆れてしまったのだろうか。

 おずおずと声をかけた私に、ギルバートは勢い良く抱きついてきた。息も出来ないほど強く抱き締められて、ベッドの上に倒される。頭の後ろに手を差し入れられて、呼びかけようと開いていた唇が塞がれた。

 濡れた温かいものが、ぬるりと唇に触れる。触れているのはギルバートの舌で、これは――キスだ。

 そう思ったのは、散々貪られて息も出来なくて、ぐったりとシーツに倒れてからだった。酸欠になってはふはふと荒い息をする私の唇を、ギルバートの薄めの唇が何度も啄んでくる。

 私の唇はもともと少し肉厚でぽってりとしているが、激しく貪られ吸われ過ぎたのか、より腫れたようになっていた。けれど、さっきまでは荒々しかったギルバートの口付けはだいぶ落ち着いたようだ。

『俺も同じだ。もっと触れたい』
『ギルバート……』
『……ただ、陛下からは学園を卒業するまでは許可できないと言われている』
『許可?』
『そうだ。だからそれ以外の事を、先に慣らしていこう』
『……?』

 ふ、と一瞬優しく解れたその時のギルバートの表情に、私は見惚れてしまった。

 それから彼の口で散々口淫をされたり、風呂場で亀頭だけを執拗に弄られて泣かされたり、精液でも粗相でもないものをそこから吹き出すまで弄られたりと、ギルバートが行う『自慰の世話』は数年続いた。

 学園に入ってからは毎日のように部屋に来て、触れられていたと思う。
 卒業するまで、と言われていた期間は着々と近づいていた。

 ――そして卒業を間近に控えた数週間前、初めて私からギルバートの手を断った。

 その頃耳にしたのは、学園での令息達の下世話な内緒話だった。
 卒業はもう目の前で、彼らも浮き足だっていたのだと思う。教室の片隅で寄り集まり、ずいぶんと赤裸々な閨の話もしていた。その中で、私の耳に入り込んできた話題だ。

 貴族は、幼い頃からの婚約者であろうと、結婚式まで顔を合わせない時もあるらしい。ましてや、好き合って結婚する事なんてほとんどない。ほとんど政略結婚で、愛のない夫婦生活が普通なのだと。

 それにしても閨教育は年上の女性が一番良い。手取り足取り導いてくれて、天国が見られるぞ。どうせ愛のない夫婦生活を送るのだから、結婚するまでに色々つまみ食いして遊んでおけ……と。

 婚約者だから、ギルバートは私に触れたはずだ。でも、世の中の貴族の『婚約者』はそんなことはしないという。普通なら大人の女性から閨教育を受けて……それで?

 私はその時、不意にゾッと背が寒くなるのを感じた。

 この時既に私の身体は母を軽く追い越し、兄上達に迫っていた。日々の鍛錬も休むことなくこなし、気がつけば身体は筋骨隆々としていて、騎士団で手合わせを行えば勝率は七割を超える。

 父の体格が良く、兄は二人ともそれを受け継いで立派な身体をしている。私は幼少の頃は母に似て華奢だと言われていたが、やはり父上の子だと言われるほど体格が似てきていた。

 ……だから、思ったのだ。
 私とは違い閨教育を女性から受けたであろうギルバートは、本当は柔らかくて華奢な身体を好むのでは?

 そもそも女の子のような容姿の頃の私に惚れたと言っていたのだから、女性かたおやかな男性を相手にしたいのでは?

 意に添わないとしても、貴族の結婚は政略結婚だ。王家との繋がりを考えたら、義務感で婚約を続けているのか?

 では、もしかして、彼は愛のない夫婦生活を送るつもりで、私と結婚するのだろうか……?

 その日学園から寄宿舎の部屋へ帰り、来ていたギルバートの手を拒んでから、私は朝まで泣きながらベッドで過ごした。

 ギルバートは優しい。私が来ないでくれと言えば、絶対に意に添わない事はしない。無理矢理に寝室に押し入ってくることもしない。私は籠城を決め込み、初恋が砕ける音を聞きながら泣いた。

 そして、決めたのだ。王立学園の卒業式のパーティーで、彼との婚約を破棄しようと。

 思い立ってすぐに私は父の元へ向かった。私の泣きはらした目元に動揺した父は、謁見の時間調整を側近に命じてから、私の手を取って部屋に連れて行ってくれた。

 そこで私は、胸につかえていた全てを吐き出し、泣きながらギルバートとの婚約を破棄したいと言った。

 彼の事は好きで、気が狂うくらい焦がれているから、愛のない政略結婚と思われていたらきっと耐えられない。

 彼にはもっと華奢で可愛らしい女性か、少なくともこんなに体格の良い男でない者が寄り添うのが良い。
 
   でも婚約破棄後も彼の家との関係はどうか悪くならないように、全面的に私の咎だからという話にして欲しい。

 王ではなく父親の顔をした父上は、私の手をぽんぽんと叩きながら微笑んだ。

『お前の思う通り、好きにしなさい。ただ、結論を急いではいけないよ。お前はお前で、ギルバートはギルバートだ』
 
 その時の私には、父がどういう意味でその言葉を言ったのか、理解出来ていなかった。







 コンコン、と軽いノックが響いて顔を上げた。
 飲んでいた茶はすっかりカップの中で冷め切っている。ずいぶん長い時間、昔の事を思い出して考え込んでいたらしい。
 
「ハロルド様。ギルバード様がお見えです」
「……」
「ハロルド様?」
「ごめん、寝ていたんだ。少し待って」

 寝起きのようなゆったりとした口調でそう声をかけると、返事があった。そのまま私は窓に向かい、大きくガラス戸を開いた。

 二階にあるこの部屋の窓はバルコニーなどはなく、そのまま裏の庭園に続いている。薄いカーテンをめくり上げると、私はそこから飛び降りた。

「っ……と、……」

 大きな音を立てたらすぐにギルバートに気付かれる。猫のようにしなやかに二階の窓から芝生の上に降り立つと、そのまま庭園に入った。部屋履きのままだが今は構っているヒマがない。

 それに私は肌身離さずマジックバッグを持っているので、靴も装備もどうとでもなる。今はただ、ギルバートから遠ざかる事を考えなければ。

「ハロルド様?……ハロルド様どちらに……!!」

 開きっぱなしの窓から、侍従の声が聞こえる。その頃には私は庭園の深い茂みを通り抜けていた。

 少し足を速めて、塀に囲まれたバラ園へ入る。まだ時期ではないためここは閉園されていて、朝と夕に庭師が出入りするのみだ。つぼみどころか若葉もまばらなバラの間を歩き、年代物の四阿の中へ入った。

 はあ、と小さく安堵の息をついてマジックバッグの中を探る。ブーツとマントを取り出して身につけ、路銀と装備の確認をした。このまま学園を出て、暫くは失恋旅行をするつもりだった。父には手紙でも書いておけば良いだろう。

 師である騎士団長は冒険者とも仲が良く、鍛錬の合間にギルドを案内してくれたり、冒険者と騎士団が手を組んで魔物の大群から街を防衛した話などを聞かせてくれた。その頃から少し憧れがあった。腕には覚えがあるし、旅をする間は冒険者ギルドに所属するのもいいかも知れない。

「そうだ。大丈夫。私は一人でも大丈夫だ」
 
 自分に言い聞かせる様に呟いて、私は座っていたベンチから立ち上がった。

 くん、とマントが何かに引っかかって体勢を崩す。何かと思って裾を手繰ると、細い釘のような、針のようなものが四阿の柱に突き刺さっていて、それが縫い止めるようにマントを掴んでいる。

 ――その針のような武器には、見覚えがあった。

「何処に行く気だ」
「ギ、ル……」

 手先の器用なギルバートは、魔法よりも暗器を混ぜた戦闘を得意としている。この金属製の針は彼の最も得意とする武器で、音も立てずにどんな角度でも放つことが出来た。私は気付かないうちに足止めをされていたらしい。

「……ハロルド」

 声は、すぐ後ろから聞こえた。ハッとして振り返ると既に触れそうなほど近くにギルバートが立っていた。中途半端な姿勢でベンチから腰を上げていた私の肩を掴み、そのままゆっくりと座らせる。

 有無を言わせない圧力を感じ、私は唇を噛んで俯いた。

「……今日が何の日か判るか?」
「え?」

 唐突な問いかけに、私は瞬きをして相手を見上げた。ベンチに片膝をかけたギルバートは覆い被さるように私に顔を近付けてくる。その漆黒の瞳の奥は妙にギラギラとしていて、燻った炎が見えた気がした。

「だ、誰かの誕生日……だっただろうか?」
「違う」
「んー……」

 両親の結婚記念日……でもない。あとは何だろう、逆に命日とかだろうか?

 質問に気を取られて考え込む私に、ギルバートの顔がどんどん近づいてくる。そして大きく温かい手が私の頬を包み込んだ。

「今日は、卒業式だったな?」
「え、……そ、そうだね……」
「『学園を卒業するまで』というのが、陛下との約束だった。……つまり今日の午前までだ」

 ゆっくりと弧を描く薄い唇が、啄む様に触れてくる。私の頬に、額に、鼻先に。彼のまとう雰囲気がどろりと甘く、蕩けていくような感じがした。

 私は――この雰囲気に弱いのだ。だって、とても気持ち良い事をギルバートがしてくれる前触れだから!

「ギ、ギル……待って……!」
「待たない。もう気が遠くなるほど待ったんだ。俺の理性と自制心を陛下は褒めてくれるべきだと思う」
「え?え?」
「……いや、想いが伝わっていると思って口で言わなかった俺も悪いな。すまなかった、ハル」

 マントの留め金が外され、そのまま四阿のベンチに広がる。優しくその上に押し倒されて、私は瞬きしながらギルバートを見上げた。この期に及んで、私はまだ事態が把握できていない。

「陛下には婚約破棄は無効だと言ってきた」
「ち、父上に?」
「ああ。お前が破棄したい理由とやらを聞いた。全く必要ない気遣いだ、ハル。俺は昔からお前しか見ていないし、今も愛おしくて仕方ないし、これから先も他の者を娶る気はない」

 断言するように淡々と言ったギルバートは、私が困ったように眉を寄せるのを見てふと唇を綻ばせた。そして腕の中に私の身体を抱き込み、閉じ込める。

「ハルは気に入っていないようだが、俺はこの身体が大好きだ。美しくてしなやかで、抱き心地がよくてずっと触れていたくなるし……エロくてそそられる。いままで何度、俺の下半身が暴走しかけたと思ってる?」
「っ!? な、なにを言っ……」

 シャツのボタンを丁寧に一つずつ外されていく。抵抗する間もなく前を開かれて、片方の肩が露出するように剥かれた。外気に晒され、少し肌寒くてふるりと震える。

 こちらを見つめるギルバートの目はギラリと飢えたような色をしていた。

「ここに、……ずっと触りたかった」
「ひっ、……ぁっ」

 獲物を前に涎を滴らせる獣のように、ギルバートは熱い息を吐いた。そして露出させた私の胸を片手で掴むと、揉みしだきながらもう片方の乳首に吸い付いた。ちゅうっと強く吸われて、未知の感覚に身体が大きく震える。

 胸筋というのは、力が入っていない時はふにふにと柔らかな触り心地になる。いま、私の身体は力が抜けてしまって、盛り上がった胸筋はギルバートの手の平で散々に揉みしだかれている。時折指先で乳首を摘ままれ、悲鳴のような声が漏れてしまった。交互に舐めしゃぶられた両方の乳首は濡れたままピンと尖って、存在を主張している。

 きもちいい。もっと、もっと舐めて。捻って。押しつぶして。ちょっとだけ甘噛みしてほしい。

 はー、はー、と呼吸が苦しくて、声にはならない。けれど、私の頭の中はそんな欲求でいっぱいになっていた。ねだるようにギルバートに胸を突き出し、黒髪の頭をぎゅっと抱き締めて快感に震える。

「ぁ、……ん、ぁっ……あっ」
「もう真っ赤だ。見て、ハル」

 ギルバートの手で両側から寄せられた胸筋は、谷間ができるほどのボリュームだった。白く日焼けしない肌に、充血して膨らんだ乳首、薄く色づいた乳輪が際立って見える。とても淫らで恥ずかしい光景だった。私は羞恥に顔が熱くなって、両手で顔を覆ってしまった。

「ハル、ハル、顔を見せて。隠さないでくれ」
「いやだ。恥ずかしいよ……もう許して……」
「ダメだ。まだまだ触り足りない。何年越しに夢が叶ったんだと思ってる」

 マントの上に仰向けにされた私の腰の下に、ギルバートの手が回る。ぎゅうっと強く抱き締められて、腰から下に手の平が降りてきた。

 ギルバートの手は、今度は私の尻肉を両側から掴み、ふにふにと揉み始めた。そのまま私の胸に顔を押しつけて、膨らんだ乳首のあたりを甘噛みしてくる。痛みに感じる程ではなく、ただむず痒いような快感に炙られて私は身悶えた。

 身体を捩ると、ギルバートの指先が尻肉に強く食い込んだ。そして二つの膨らみの狭間に指を滑らせ、すりすりと擦りながら押し込んでくる。

「あ、あっ、あ、……な、なん、……なにっ、なんで、ギルッ」
「気持ちいいのか? それでいいんだ、ハル。気持ちいい所を撫でられて、そう感じるのは当たり前だろう?」

 そうだろうか。ギルバートがそう言うのなら、そうなのかもしれない。

 混乱してパニックに陥りかけていた私は、滲んできた涙をそのままに、すん、と鼻をすすった。上目にギルバートを見上げ、これからなにをするの、と視線で問いかける。

「……」
「ギル?」

 すぅー、ぱたん。
 ギルバートの頭がぐらりと揺れたかと思うと、息を吐いてから私の胸の上に落ちてきた。軽くぽよんと跳ね返ったような気がして、慌てて両手で彼の肩を支えた。

「……頑張れ俺の鋼の理性」
「ギル? どうしたの」
「自分を鼓舞していた」
「……? そう。……ええと、頑張って?」

 よしよしと黒髪の頭を撫でてあげたら、急にギルバートが頭を跳ね上げた。驚いて手を引いた私の手首を掴み、マントの上に縫い留められる。

 はー、はー、と頭上でギルバートの荒い息が聞こえてくる。
 どうしたんだろう。そんなに苦しいなんて、何か病気だろうか。

「もうダメだ。抱く。今すぐ抱く。ココでヤる」
「ギ、ギルバート?」
「すまん。……後で、ちゃんとベッドで仕切り直すから」

 ちゅ、と鼻先にキスが落ちてきた。パチリと瞬きして見上げると、乞うような視線のギルバートと目が合う。何だかよく判らないけど、許しを乞われている気がする。

 何を求められているのか判らないまま、それでも私は頷いた。ギルバートがすることで、私が拒むようなことなんて、ひとつもないはずだから。

「いいよ、ギルバート。……きみの好きにして」

 いつものように微笑みながらそう答えると、ギルバートは一瞬言葉に詰まったように固まり、それから深いため息をついた。そして、私の唇に、噛み付くようなキスを落とした。








 肌の触れ合う乾いた音が、耳の奥に、ずっと響いているようだった。

 念入りに念入りに解された私のアナルは、香油でとろとろにされていて、ぎゅっとギルバートの性器を食い締めて放さない。ずっと濡れたような感触が消えない下半身は、精液やギルバードの唾液でぐちゃぐちゃだった。

 ギルバートは自慰をさせる時のように私の性器を弄り、口で射精させ、さらに奥のアナルを指先で解した。

 その際に、下に敷いたマントに滴るほど香油を使われ、粗相したかのような感覚が私は恥ずかしくて仕方なかった。けれど、指で解されているうちにギルバートの指がある一点を掠め、私の羞恥はすぐに崩れ去ってしまった。

 ギルバートの指が、そこを軽く押し込むたびに、腰が浮くほど気持ちがいい。太い中指の腹で擦られただけでそんな状態だった私は、指が二本に増え人差し指と中指で摘まむようにされると、声が抑えられなくなった。

 喘ぐ声がひっきりなしに響き、閉じられなくなった唇の端から唾液が零れる。そんなみっともない私の姿を見ても、ギルバートは蕩けるような笑みを浮かべてキスをしてきた。

 指が三本に増え、さらに入口を四本目が潜って軽く抜き差しされた。ギチギチに広がった私のアナルを見下ろしたギルバートは、服を寛げて隆々と滾った性器を取り出した。

 共に湯を使う時に見て知っていたが、それは私の性器よりもずっと大きくて太くて長い。一般的な大きさというのは知らないけれど、たぶん、ギルバートのは大きいのだと思う。

 しかしそれよりも……ギルバートは本当に私で勃つのだなと理解した。

 好きだと言われても、ずっとこの時を待っていたと言われても、どこかで信じ切れずにいた。口ではそう言っても実際触れてみたら、……萎えるのではないか、なんて。

 でもそれは杞憂で、ギルバートの性器は興奮も露わに私の前に突き出された。香油をまとい、アナルに宛がわれると、先程まで広げられていたそこがきゅんと疼くような気がした。

 ギルバートはゆっくりと、私の中を傷つけないように挿入していった。

 息苦しさは勿論あったし灼熱の棒をぐいぐいと内臓に押し込まれていくような、本能的な恐怖も生まれた。

 でも、……でもギルバートが私を抱き締めて、何度も名前を呼んでくれたから、奥に行き着くまで耐えることが出来た。

 ギルバートの性器は大きすぎて、全部は入らないみたいだった。だから、そこからはゆさゆさと小刻みに中を探られた。先程の感じる一点を性器の先端で押されると、高い悲鳴を上げてしまうほど心地良い。

 服はお互い中途半端に乱したままで、肌が触れているのは一部分だった。夕方にさしかかり冷えてきた風が肌を撫でていっても心地良く感じるほど、私達は熱のかたまりのようになっていた。

「ハル、……ハル、ごめん。初めてがこんなところで……」
「ん、……いいよ……ギルバートとだったら、どこでだって……」
「……ハルッ!」

 ぐっと足を持ち上げられて、突き込まれる角度が変わった。突き当たりだと思っていた場所に、ぐりぐりとギルバートが亀頭を当ててくる。ビクンと私の身体は反射的に大きく震えた。

 ぐ、ぐ、と押し込まれる度に腰が跳ねる。悲鳴のように高く上がる声が抑えられない。

「あ、ぁ、や、あんっ、ぁ、ひっ、……そこ、だめっ……あぁっ」

 痛いようなむず痒いような何だか判らない衝動が湧き上がって、私はギルバートに手を伸ばした。

 屈んできた相手の背に腕を回して抱きついて、は、は、と整わない息を続ける。ギルバートはぐうっと亀頭の部分を強くそこに押しつけて、それから一度腰を引いた。

「ひんっ……ひ、ぁ、あ、あぁっ……」

 ずるるる、と勢いよく引き抜かれて、ゾクゾクと背が震えるような快感が走る。そしてまた奥までゆっくりと突き込まれて、ぐぽぐぽと先端で壁を弄られた。

 むず痒い痛みが強い快感に塗りつぶされていく。きゅうっと身体の奥が切なくなって、ギルバートの性器を締め付けてしまった。

 う、と小さく呻いたギルバートが俯いた。奥歯を噛み締めているのが、ギリギリと軋むように音が聞こえる。
 それから、どくりと私の中に熱い何かが吐き出された。

「……ハルに、……搾り取られた」

 そんなぼんやりとした呟きを耳にしつつ、私は心地良さと疲労感に包まれて、ゆっくりと瞼を下ろしていった。







 気がつくと、寄宿舎の私の部屋に戻されていた。湯を使ったのか身体は清められていて、薄い夜着をまとってベッドに寝かされている。

 視線を巡らせると、ティーテーブルにギルバートが座っていた。茶でも飲んでいたのか、目覚めた私に気がつくとカップを置いてベッドに近寄ってくる。

「起きたか。……すまない、無理をさせた」
「ううん。それはいいんだけれど……」
「ん?」

 いいんだけど。ギルバートとの初めての行為は、疲労感こそあれどとても気持ちが良かったから。それは別に、いいんだけどね。

「婚約破棄、私は父上に了承を貰ったんだとおもっていた」
「……陛下は本気にしてなかったみたいだぞ」
「そんな……」

 私の一世一代の決断だったのに、父上には冗談だと思われていたなんて……。
 
「ハロルド。陛下からはひと通り聞いたが、お前の口から聞きたい。……なんで婚約破棄などしようとしたんだ?」
「そ、それは……」

 俯いた私の手に手を重ね、ギルバートはベッドの端に腰掛けた。じっと見つめられて私は視線を彷徨わせ、しどろもどろに口を開く。

「貴族や王族は政略結婚が多いと聞いたんだ」
「……まあ、そうだな」
「ギルバートはとても逞しいし、強いし、きっと貴族令嬢や令息から相手を選ぶのにも困らないと思う」
「……ん?」
「何も無理して私のような、そ、育ってしまった男を、選ばなくても……華奢で美しくて、たおやかな結婚相手が見つかると思って……」
「お前は学園の誰よりも美しいが?」

 即答で言い放ったギルバートは、いや社交界の誰よりもか、と言い直した。冗談や慰めかと思ったが、私の顔を見つめる目は真剣だった。

「……閨教育の最初は、年上の女性がいいって。柔らかくて心地良くて天国が見られるって」
「それは誰が言ったんだ?」
「同じ教室だった者達が話していたんだよ。女性の身体は、きっと良い匂いがして触り心地もよくて……い、色香があるんだよきっと。私のこの、筋肉だらけの身体とは違う」
「ハロルドは、閨教育を女にして欲しかったという話か?」
「ち、違うよ!私はギルバートで良かったと思ってる!……だって、とっても気持ちが良かったから……」

 上手く話せなくて誤解をさせてしまった。慌てて首を橫に振りギルバートを見つめる。女性に触れられたいなんて、私は一度も思ったことがなかった。

 ギルバートが教えてくれて、よかった。それが婚約者として普通の行為だというのが、嘘なのだとしても。

「気持ちいいだけか?」
「うっ……ほ、ほんとは……ギルバートの腕にぎゅってされるのが嬉しかった」

 顔が熱くなって、私は恐らく赤面しているのだと思う。ひどくみっともない顔をしているだろう。
 潤んで歪む視界のまま目の前のギルバートを見つめた。

「わ、わたしは……ギルの逞しい身体に抱かれていると、とてもいやらしい気持ちになってしまうんだ。最初に夢精をした時も、寝る前に思い浮かべていたのはギルの背中だった。……それでギルに触れられる夢を見て、朝になったら夢精していたんだ」
「……」
「ご、ごめん。ずっと言えなかった。私は、あの頃からギルの身体に欲情している。自慰の世話をされている時も、本当は、私もギルに触りたかった……」

 話しながらだんだんと俯いてしまっていた私は、スッと視界に影が差して瞬きをした。ギルバートの手が私の首の後ろを支えて、唇が重なってくる。そのままベッドに倒れ込んで、優しくシーツに押し倒された。

「んっ、く、……ん、ぁ、ふ……」

 くちゅくちゅと舌が私の口の中を弄り回していく。味わうように舌を絡め、唾液を吸われて腰がズンと重くなった。

 無意識に身体を捩ると、ギルバートの身体が重なってきて、ゴリッと服越しに下肢に押しつけられた。
 さっき、あんなにしたばかりなのに、ギルバートのそこはまたかたくなっている。

 私はカアッと身体の奥が熱くなったような気がして、視線を彷徨わせた。私の口腔を犯していくギルバートの舌使いは巧みで、思考がどんどん奪われていく。

 ゴリゴリと押しつけられているだけで性器が兆して、私のそこも存在を主張するようにギルの膨らみを押し返していた。無意識に腰が揺れて、鼻から抜ける吐息に甘えるような響きが混ざる。

「ハル。ハル、可愛いな」
「ん、ん、ふ、ぁ、……ひ、あんっ」

 蕩けるような甘い声で名前を呼ばれ、尻を再び両手で揉まれる。ギルバートはそこと胸を弄るのが好きみたいで、先程から揉み跡がつきそうなほどこね回されていた。

 でも、私もそこに触れられるのがきもちよくて仕方なかった。ギルバートの手は尻肉に食い込み、両方の膨らみを左右に分ける。

 先程穿たれて少し腫れたようになったアナルがきゅっと締まり、そこを指先でくぷくぷと弄られた。服の上からだから指が入ってしまうわけではないけれど、アナルは刺激を期待してヒクリと震える。

 もっとして、というように無意識に腰が揺れる。ギルバートの手で簡単に下半身を剥かれてしまい、熱く乾いた手が直に尻肉を掻き分けた。

 しかしそのまま刺激を与えられると思った期待は、早々に打ち砕かれる。ギルバートは何か思いついたように私の太腿を掴むと、ベッドの上で大きく足を開かせその膝を曲げさせた。

 ぐい、と押されて腰がシーツから浮いてしまう。私は今、下半身に何も身につけていないから、性器と尻とアナルがギルバートの前に晒されてしまった。あまりにも恥ずかしい格好に羞恥で真っ赤になる。

「ギ、ギル……やだ、こんな……」
「でもこうしないと舐められない」
「なめ……?」

 ギルバートは身体を屈めると、私の膝を掴んだまま、あろうことかアナルに舌を這わせはじめた。腰を上げられてしまっているせいで、私の勃起した性器はたらたらと先走りを零し、それは白い胸に滴っていく。

 ああこのまま射精したら、私は自分の顔にその飛沫を受けるのでは?
 そんなことを思ったのは、現実逃避だろうか。

「ふ、ぁ、んんっ……ぎる、……ぎるぅ、やだ、……や、や、ぁああっ」

 にゅぷ、くぷ、と小さな音を立てながらギルバートの舌が私のアナルに埋まった。少し差し込んでは離れ、ヒダを宥めるように入口を舐られる。そのうち舌を根本までぐにゅりと押し込まれ、それが中で暴れ回る。ぐにぐにと内壁をねぶりながら唾液をまぶされ、アナルの中が潤っていった。

 先程ギルバートの太い性器を受け入れたばかりだからか、指を押し込まれても痛みなどまるでなかった。それを確かめてから、ギルバートは勃起した性器を服の中から取り出した。

 私は泣きそうに顔を歪めながら、ギルバートに手を伸ばす。

「ギル。ギルも脱いで」
「ああ、そうだったな。悪い。……ハルの上も脱がせていいか?」
「うん」

 手際よく私の服を脱がせたギルバートは、さっと無頓着に自分も脱いだ。惜しげも無くその逞しい身体を晒している。私はドキドキと騒ぐ心臓を押し留めながら、ギルバートの日焼けした肌と筋肉に見惚れた。

 再びギルバートが私の膝を掴み、足の間に腰を進めてくる。シーツから腰が浮いて、アナルに濡れた亀頭が触れた。にゅぷりと押し込まれた性器を肉襞がきゅうきゅう締め付ける。ギルバートは小さく呻きながら腰を一気に打ち付けてきた。

「ひ、あんっ!……んっ、あっ、あっ、あっ! ひぐっ……んんっ、ぅ」

 パンパンと激しく腰を打ち付けられて、声をあげた。蕩けきった嬌声を上げる私の唇を、ギルバートのキスが塞ぐ。

 濃厚なキスをされながらも下半身の動きは激しく強くなっていった。酸欠気味で朦朧としてきたが、ギルバートの背に回した腕は必死に緩めなかった。

「あ、あ、あっ、ひぅっ……さわって、……ぎるぅ、触ってぇ」

 ぎゅうぎゅう抱きつきながらもっととねだると、ギルバートは笑みながら私の髪を撫でた。そして両手で私の胸を掴むと、片方ずつ乳首をねぶりはじめた。

 ちゅう、と強く吸われる度に中に受け入れた性器を締め付けてしまう。私の胸を揉みながらもギルバートの腰は逞しい腹筋を使っていやらしく回されていた。

 とても卑猥な動きでナカをぐちゅぐちゅとかき回される。それが堪らなくて、自分から腰を押しつけたり揺らしてたりしてしまった。

「や、ぁ、あっ、ぎる、噛んで、そこぉ、……もっと、ちゅうって、してぇっ……」
「ん。ハルは噛まれるのが好きなのか」
「好きぃ、……ギルのしてくれるのは、ぜんぶ、すきぃっ……きもち、いっ」

 はふはふと息を乱しながら言うと、ギルバートは膨らんだ乳首に軽く歯を立てた。そして片方の乳首を指でぎゅっと捻り上げる。同時に両方を刺激されて、私は高い声を上げて身体を跳ねさせた。

 どく、どく、と下肢から精液が漏れ出るのを感じて、胸を噛まれただけで射精したのだと判る。イッたばかりで脱力した私の腰を片腕で掬いあげて膝に乗せたギルバートは、下からの突き上げを始めた。対面のこの姿勢だと丁度ギルバートの頭は私の胸の辺りにきて、また乳首を苛められる。
 
「や、きもちぃ、……ぁ、んっ、やあっ」
「何がイヤなんだハル」
「んっ、ん、……きもちよすぎて、……おかひく、なっちゃ、あ、あっ」

 ビクビクとまた震えて絶頂する。今度は射精をしなかったのに、ナカでぎゅっぎゅとギルバートのモノを締め付けてしまった。

 私の身体を抱き締めたギルバートはそのまま中で射精して、こぷこぷと腰を揺らして精液を内壁に擦り付ける。性器の埋められたアナルの縁から泡だった精液が零れてきて、それが伝う感覚にさえ快感が生まれた。

「ギル。……ギルバート、ほんとうに私でいいの」
「もちろんだ。何度でも言おう。俺は可愛いハロルドしか見ていない」

 それから体力の続く限り、私達は限界まで抱き合って眠った。




 翌朝、ヤリすぎたと反省したギルバートに馬車までだっこされて、三年過ごした寄宿舎に別れを告げた。

 そのまま結婚式の後に行くはずだった新居に先につれて行かれ、新しい使用人やギルバートに甲斐甲斐しく世話をされる。何の疑問も持たずに毎日ギルバートに愛され慈しまれて過ごしていたが、一週間も経たずに兄上達が怒鳴り込んできた。

「結婚前から生活が爛れすぎだ!!」
「父上は許しても私達は許さんぞ!!」

 丁度その時、応接のソファでギルバートの膝にだっこされながら美味しいケーキをあーんされていた私は、二人の顔を交互に見つめてしまった。

 そして膝に乗せた私の髪を慈しむように撫でるギルバートに微笑みかけて、その頬にキスをする。

「兄上様たち、ありがとう。私はとっても幸せですよ」
「……だ、そうだが?義兄上様?」

 悲鳴を上げて崩れ落ちる二人を見られないままに、ギルバートのキスの返しを頬に受ける。

 ちゅ、ちゅ、と何度も落ちるキスが唇に移り、いやらしくねっとりとした手つきで腰を撫でられて私は赤面した。最近はギルバートに尻を掴まれるだけで、身体が勝手に期待してアナルがきゅんとしてしまう。
 
 もうすっかり馴染んだ腕の中で、私はうっとりと目を閉じる。
 
 ああ、今夜もギルバートの腕の中ではしたなく声を上げて、快感に酔わされながら朝を迎えるのだろうなと思った。

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