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閑話②【つむぎ】-01
しおりを挟むハル様が碧の家へ通われるようになってから、十日ほどが過ぎた。
連日、ハル様のお通りになる門の近くに鈴なりになる僧らを散らすのにも慣れてきたところだ。
与えられた仕事に戻るよう静かに言えば、彼らは素直に聞く。私に見つかると彼らの顔色は多少悪くなるが、槐様の名を出されないだけ良いだろう。碧の家であの方に逆らうとなれば命がけだ。
しかし、それでも次の日には僧達は門に張っているのだから始末に負えない。ハル様を遠目からでもひと目みたいという気持ちは判らないでもないのだが。
槐様とハル様のお時間の邪魔にならないよう、不要なものは排除し全て取り計らうのが私の仕事だった。
しかし最近、困った事がある。
ハル様は影である私にもお優しく、可愛らしい笑顔を向けてくださったり、小さく手を振って声をかけてくださるのだ。
そのようなお気遣いは無用、どうか空気のように思ってくださいませ、と出そうになった言葉を飲み込んだ。
この言葉を私が最初に口にした時、ハル様はまるで絶望されたようなご様子だった。
槐様が仰るには、冬青様の影であるきぬと、ハル様はとても仲良くされているようだ。
私にも、同じような関係を希望されているのではと。槐様の仰っていることは、頭の中では判っている。
けれど私は碧の家の影であって、そのような扱いを受けていい存在ではないのだ。
妖狐の子、半妖を始祖とした三家は退魔を生業としている。
その他にも抱えている事業は数多くあり、各所に散った家門の者は数知れないほどになっていた。世界の何処に妖魔が現れようと、すぐさま対処できるように根を張っている。主に退魔は黄が担い、他の二家は財の部門と宗教の部門から家を支えていた。
クズノハが去って三百年のうちに我らは人間社会に溶け込み、政を行う者達の中にも人を送り込んでいる。そうしておけば情報操作などにも有利だからだ。
派手な戦闘が起きれば結界があろうと地形が変わるほどの被害を被る可能性がある。
人的な被害も最小限に収めてはいるがゼロという訳にもいかない。それを全て背負い、戦っているのが退魔師達だ。
我らは人知れず、異界から漏れ出る妖魔達を狩り続けていた。
全ては、奪われたクズノハの行方を捜しこちらへと連れ帰るためだ。
葛の葉と交わる前、この家門は退魔師の集団というかたちしかもっていなかった。
そこへ彼女が現れ、子を成し、それが始祖となったことで一門として栄えた。それまでに使っていた名は捨て、今は葛の葉にちなみ葉の家と呼ばれている。
それから、一門の末裔として生まれる子どもには植物の名前をつけることとなったのだ。
三百年前、まだ規模の小さかった退魔師の集団は、鬼の一群に大敗した。
そして一番守りたかった葛の葉を奪われ、腕利きの退魔師達も大きな傷を負った。
葛の葉と契った者も一人、その戦いの傷が原因で死んだ。圧倒的な力の差がそこにはあった。
それでも我らは葛の葉を諦めきれなかった。術を磨き、退魔武装を強化し、妖魔に匹敵する力を手に入れることに必死になった。
そうしなければ葛の葉を助け出せないからだ。
妖魔である葛の葉の寿命は、人よりもずっと長い。我らがいつか妖魔を超える力を持ったとき、囚われている葛の葉を救出し、連れ帰ることが一族の本懐だった。
しかし、葛の葉は既に死んでいた。
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