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閑話①【冬青】-01
しおりを挟む目が覚めると腕の中にころんと丸まった子狐がいる。
ふわふわの尻尾を俺に巻き付けて、華奢な腕を精一杯伸ばして抱きついてきて、そのままコトンと眠りに落ちていた。そんないたいけな妖狐の子どもが可愛くないわけないだろう。
可愛いに決まってるし愛おしくて毎日頭の中の許容量がいっぱいになっている。
「……おはよう、そよご」
ぼんやりと開いた瞼の下から、金色の目が覗く。覗き込むとその奥の瞳孔は僅かに緑色がかっていて、それがとろんと弛緩している時は安らいでいる証拠だ。
はじめこの部屋で目覚めた時の彼の目は、緊張していて瞳孔もキュッと縦に鋭く伸びていた。呼吸も浅く、すぐに飛び出せるように四肢にも力が込められていたように思う。
ハルを見つけたあの日、俺はこの屋敷の側面を流れる川を上って、源流に向かっていた。そこで行う修行は黄の家では日常的に行われているものだ。俺は門弟を連れずに一人で行くことも多く、その日も一人で川原を歩いていた。
上流には切り立った崖があり、滝も存在する。そのあたりまでいくと川原に転がる岩はかなり尖っていて大きなものが多かった。
これらの岩を退魔武装で叩き割ったりする修行が数日前に行われたばかりなので、今は川の中まで砕けた石ばかりだ。
その中をザクザクと草履で歩いていたら、川縁にねずみ色の雑巾のようなものが転がっていた。
ふと興味を引かれて近寄ってみなければ、血の匂いにも気付かなかっただろう。
粗末な衣服から覗く細い手足も見落としたままだったに違いない。
人だ、と思い駆け寄って抱き起こしたら、あちこち打撲だらけで既に虫の息だった。
このまま連れて帰るか否かで一瞬手が止まった。
どう見ても人が耐えられる類いの傷ではない。川底に落ちて流されたのか、水に揉まれ岩にぶつかって出来た傷はかなりひどかった。
それより前の古そうな傷や打ち身、元々細い枯れ木のような手足が、まるで幽鬼のようだ。
妖魔の一種だと言われてもきっと納得していただろう。それほど酷い有様だった。
ふと見ると、ねずみ色の髪の隙間から金の目が覗いていた。爛々と輝くその光は、ほんの一瞬だけでスッと閉ざされてしまう。
ただその秒にも満たない間で、俺は魅入られてしまった。腹の奥底から血が沸騰するような興奮が湧き上がって、心臓が早鐘を打った。
思えばあれは、半妖とはいえ妖狐を目の前にして末裔の血が騒いだのだろう。
俺はすぐさま上着を脱いで小さな身体に被せるとそっと抱き締め、全速力で走って屋敷に戻った。
幸い、俺の影であるきぬは薬学に明るいのでなんとか出来るだろうと思って連れ帰った。
俺の抱いてきた生き物にはじめは驚いていたきぬも、消えゆく命を前に問答などしていられないと思ったのかすぐに切り替えてくれた。
大きな盥に水と湯を張り二人がかりでその子を洗う。
ボロボロの衣服はひとまず避けておいて、処分はしなかった。本人にとっては大事なものかも知れないと思ったからだ。
何度洗っても、湯が泥のように濁る。それでも何とか水が透明になるまで髪を洗い、傷を悪化させないよう優しく肌を擦って清めると……現れたのは伝説の妖狐だった。
――俺達の知るクズノハと容姿がそっくりだったからだ。
クズノハの末裔である我が家門には、彼女の絵姿がたくさん残されている。
初代のクズノハの子どもと、その父親はクズノハを溺愛していたらしく評判の絵師がいるとすぐに連れてきてクズノハを描かせた。
白銀の長い髪、きらきらとした髪が縁取る柔らかそうな頬、透き通るような白い肌にぽつんと赤い唇。吊り気味の大きな目は黄金色をしていて、絵には金箔・銀箔がよく使われていた。
妖狐の子どもに浴衣を着せかけながら、きぬは頬を紅潮させていた。
きっとクズノハが連れ去られる時身籠もっていたという最後の子では、と考えたのだ。
純粋な妖魔という気配はしないし、これが半妖というなら納得だと俺も思った。
そうして興奮冷めやらぬ気持ちで見ていたが、彼の容態は予断を許さない状態だった。
俺はきぬが治療をしている間、ずっと妖狐の子どもの手を握って霊力を流し込んでいた。
霊力とは、生命力そのものだ。俺達にとっては術を使うための力だが、妖魔にとっては糧と同じと聞いたことがある。
少しでも元気になればと、夜通し力を注ぎ続けた。
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