死にたがりの半妖が溺愛されて幸せになるまで。

天城

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十一話-01

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「ハル」

 懐かしい声に振り返ったら、そこには微笑むかあさまがいた。

 ハッとしてもつれる足で駆け寄ったけど、震える唇からなにも言葉が出てこなくて、ただ無言でぎゅっと抱きつくしかできない。
 そんなオレの背をトントンと軽く叩いて、鈴を鳴らすようにころころと笑ったかあさまは、優しくオレの髪を撫でてくれた。

「まさかとは思ったけれど、こんなに予想通りになるなんて驚いたわ」
「……?」
「鬼共の頭の単純なことといったら。私の術も、貴方の素養も見抜けないなんて愚かな奴ら」
「かあさま」
「うん。私の可愛いハル。……貴方はハルアキ。もう安全だから真名を解放しましょう。お前の本当の名前は、晴天の眩いほどの陽光を表わす名前よ。しっかり覚えておいて、他人に知られないようにして。そして大事な時に使ってね」
「う、ん……?」

 ちゅ、と額に口付けをされて、ぱちぱち瞬く。かあさまはにっこりと笑ってオレの額に指先を当てた。

「ごめんなさいね、とても辛かったでしょう。でもハルが私の代わりを務められると知られたら、枷を付けてでも里に囚われる。だからコレは封印しておくしかなかったの。いま、元に戻しておくわね」

 ふう、と白檀の香りのする吐息がかけられると、身体の内側から何か温かいものが溢れ出した。それは冷えきった四肢に広がって、じんわりと身体全体を温めていく。
 とく、とく、と心臓とは違う器官の動きが感じられた。

「今のハルの回りには、導き手がたくさんいるわ。良かった、あの人達によく似た退魔師みたい。貴方もきっと、私と同じように恋に落ちる」
「……落ちる?」
「そう。その人の事が大好きで、一緒に居ると心地良いけど言葉に出来ない気持ちが溢れ出して、泣きたくなるの。それほど愛おしくなるのよ。お前にもすぐに判るわ」

 ぎゅっと強くかあさまの腕に抱き締められて、顔が近寄った。
 オレと同じ金色の瞳から、ぽろっと一粒、透明な涙が溢れ出した。その雫はオレの頬にぽつりと落ちて、流れていく。

「退魔師に伝えて。クズノハの残した結界術を調べれば、里の結界の弱点は、すぐに見つけられると」
「……かあさま?」
「運が良ければ結界の消滅の時にもう一度くらいは会えるかしら。……ハルアキ、またね」

 その言葉を最後に、強く抱き締めていたはずの身体は煙のように消えてしまった。
 後に残されたオレは呆然と手の平を見つめる。

 辺りを見回しても、白い空間が広がっているだけで何もない。ここは何処だ、と意識した途端にグイッと後ろに引き戻されるような感覚があって、とぷんと闇に飲まれた。

      ‡

「ハル様のご容態は」
「今は判りません、護符に触れたのがきっかけで……」
「何か術の気配はしたが、うなされているようでもないし」

 ぼそぼそと話す声が、遠くに聞こえた。聞き覚えのある優しい人達の声だ。聞いていると胸の真ん中がほわっと温かくなって、宝物を抱き締めている気持ちになる。ここへ来てまだ数日だというのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。

 目を開けると、見覚えのある天井が見えた。一番最初に人間の屋敷で目覚めた時に、見た天井。つまりここは、冬青の屋敷か。それなら、と身体を起こして襖の方に視線を向けた。

「きぬ、おなかすいた」
「ハル様! お目覚めになりましたか、よかった。お加減はようございますか?痛いところはございませんね? いまお食事をお持ちしますので暫しお待ち下さいませ。……旦那様!ハル様を宜しくお願い致します、また碧の家に連れ去られるなんてことは起こさないでくださいまし!」

 開け放たれた襖からきぬがサッと飛び込んできて、オレの手をそっと握り凄い勢いでまくし立てた後、また出て行ってしまった。
 ぱちぱちと瞬きしていたら部屋の外の廊下でも冬青とエンジュが唖然とした顔で立ち尽くしている。その二人の顔がよく似ているなと思ったら、ふ、ふ、と喉が勝手に震えオレは堪えきれず笑い出した。

「ハル……?」

 驚いたように目を見開いた冬青が部屋に入ってきて、畳に膝をつく。くっくっく、と笑いを押さえ込んでいたのに、冬青が眉を下げて情けない顔をするから、またぶり返した。

 あはは、と笑い声を上げるオレをそうっと恐る恐る抱き上げた冬青は、膝に乗せてあやすように揺らす。
 その太い首にぎゅっと抱きついて、くふふと笑いを押さえ込んだ。
 やっと落ち着いて、笑い疲れてくたっと冬青の肩に頭を凭れる。

「かあさまに会った」
「えっ……」
「あの護符が壊れる時、会えるように術を込めていたのかも。鬼の考えることは単純だから、予想通りだったって言ってた」

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