死にたがりの半妖が溺愛されて幸せになるまで。

天城

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一話-03

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 身体も大きければ声も大きい。『そうか目覚めたか!』と頭の中を揺らすような大声で言われ、オレは思わずビクッと身体を縮こまらせた。

 すると相手はすぐにそれに気付いたようで、そうっと手を離してくれた。

「すまない、驚かせるつもりはなかったのだ」

 よく見ればその人間は、身体が大きなだけでなく『成体』の『男』なのだと判った。

 生まれた時から妖魔の里で生きてきたオレには、人間というものがよく判らない。山で猪を見ても「ああうり坊だな」「あっちは親だな」という見分けが付くくらいで人間もほとんど顔が判らない。見分けというものが、男と女、大きい小さい、でしか認識できないのだ。

「……」

 先程目覚めた直後に側にいた人間は、どうやら女だったようだ。そちらを見遣ると、向こうもキラキラとした黒い目でジッとこちらを見つめてくる。
 圧に負けて目を逸らすと、女がオレの手を取ってぎゅっと握ってきた。先程の大男と比べると、オレよりほんの少し大きいだけの華奢な手だ。
 骨ばって傷だらけのオレの手とは全く違う。柔らかくて、あたたかい。

「旦那様、まずお客様にはお食事を」
「そうだな」
「それからゆっくりお休み頂いて、この美しい銀の髪を櫛でたくさん磨き上げまして、そしてそして、ああ、わたくしとしたことが。新しい反物を仕入れておくべきでした。今は仕方がありません、絵絣のつばめは探しておくとして白地に椿の着物をご用意致しましょう」
「……お前少し興奮しすぎではないか」
「旦那様?何を仰っておいでですか。あれだけ大騒ぎして連れていらしたのに。さあさあお客様の無事も確認されましたしお仕事に戻られませ!」

 華奢で小さい、と思ったその女は大男の背をぐいぐいと押して廊下に出してしまった。
 人間というのは体格差で勝負がつくわけではないらしい。

 渋々といった様子で大男は廊下に出ると、オレをチラと見て手を振り、踵を返した。今度は下品な音は立てず消えていく。先程の狂ったような足音は何だったのだ。

「ではお客様、少し遅い昼餉に致しましょう。……申し遅れました、わたくし、きぬと申します」

 まん丸で大きな目がきゅっと三日月のようになった。
 それは、知っている。人間は『笑み』を浮かべるとき、そういう風にするのだろう。かあさまに聞いて、オレでも知っている。
 オレに微笑みかける妖魔など里には一人もいなかったが。

「ハル」
「まあ、ハル様と仰る。まるで春の木漏れ日の化身のようですものね」
「……」

 きぬはよく判らないことをのべつまくなしに喋り続ける女だった。
 その点でいうとユキは分り易かった。ユキは無愛想で投げ付けるように喋り、その言葉は聞き返すことを許されず、かと思えば次の瞬間別の指示をして叱りつけてくる。あの女は、ただオレの折檻役として置かれていたに過ぎないのだ。その態度は一貫してオレへの興味が薄かった。

 きぬは食事の膳をオレの前に置くと、お碗に白飯しろめしを山と盛ってくれた。そしてまたあの三日月の笑みで差し出してくる。おそるおそる碗を受け取った。ほかほかと湯気の立つ白飯は、口の中でほろっと崩れて噛むほどに甘い。そのままはくはくと勢いのまま平らげてしまい、すぐに碗は空になった。
 じっと碗を見つめていると、きぬはその碗をオレからそっと受け取るとまた山のように盛ってくれた。

 膳には干して焼いためざしが二尾、白い皿にはたくわんの輪切りが山になり、大きな木の椀には菜っ葉の入った汁物が入っていた。それを一つずつ丁寧に噛み締めて白飯を掻き込み、腹が一杯になるという感覚をオレは初めて体験した。

 きぬの持ってきたおひつを空にし、汁物のお代りをして、碗についた米粒ひとつまで綺麗に平らげてオレはようやく人心地ついた。

「たくさん召し上がってようございました。食後は少しお休みになられて、それからお庭の散歩など如何ですか」
「……」

 言われるまでもなく、腹が満たされたせいかとても眠くなってきた。ふわあ、と大きく欠伸をするときぬは小さく楽しげな笑い声を上げてオレを布団に導いてくれた。

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