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番外編①
【雨の日】1
しおりを挟む土砂降りの中、二人は手を繋いで山道を急いでいた。
もうすぐ雨期に入る地域を通りかかると、案の定、曇天から大粒の雨が降りはじめた。
クロードは空気に混じる濃い水の匂いに新鮮な驚きを隠せない。今まで雨というのは窓ガラスを叩くもので、この土砂降りの雨のなか傘も差さずに歩き回るなんて行為をしたことがない。
幸いヴィンセントのくれたフード付きマントは防水仕様だったので、中まで濡れることはないが、雨脚は強まるばかりで地面には大きな水たまりが出来はじめていた。
「クロード、雨宿りしよう。こっちだ」
「うん」
ヴィンセントに先導され街道から外れていく。
彼はあっちこっちに拠点のようなものを持っていて、旅の途中たまにそこへクロードを招いた。こういうヴィンセントの拠点はこの大陸に幾つくらいあるのかと興味本位で聞いたところ、さあ?と言って笑うのでクロードはそれ以上追及しなかった。
アレンから聞いた話では、ヴィンセントは世界樹の知識に接続しながら実際歩いて広大な地域の地図を更新し続けている。その知識量は計り知れないという。人間だったら覚えるのは到底無理な代物だとアレンは言っていた。
クロードは、それがヴィンセントの負担でなければいいなと思いながら彼の後をついて歩いた。
その後ろで、雨が大好きな小さいテンタクルボール達は楽しそうに跳ねながらついてくる。
一体が水たまりにポチャンと落ちると他の個体が触手で引き上げてやり、わらわらと寄ってきた数体がまとまって大きめの個体に変わる。そして真面目に行進しはじめた。彼らの動きにも個性のようなものがあり、見ていて飽きない。
「おいで」
クロードが手を伸ばすと、触手がするりと手首に巻き付いてきた。ぷらんぷらんと揺れながらクロードの手にじゃれついていたテンタクルボール達は、不意に大きく飛んでヴィンセントの前へ飛び出した。
「クロード、止まってくれ」
「えっ?」
「ここで待て」
ガサガサと藪の中へ入って行ったテンタクルボール達が、どんどん遠ざかっていく。それからほどなくして、獣らしき咆哮が辺りに響き渡った。
ビクッと震えたクロードが剣に手を伸ばすと、ヴィンセントは『大丈夫だ』とその手に手を重ねた。
首を傾げたクロードが訝しんでいる間に、ガサガサと音がして藪が分かれた。
ひょい、と触手が伸びてきて草を分け、道を作ってくれている。
「チビ達、よくやった。お疲れさん」
二人が雨の中、山の中の洞窟にようやく辿り着いた時、その入口付近は真っ赤な血の海になっていた。力持ちの触手達がひょいひょいと洞窟の奥から魔獣の死骸を運び出している。首を掻き切られた死骸からはおびただしい血が流れ、雨にさらされて水たまりを作っていた。
「これ、全てこの子達がやったのか」
「ああ。この程度の魔獣ならこいつらだけで余裕」
「テンタクルボールというのはこんなに戦闘能力の高いモンスターだったのか……知らなかった」
「いや、こいつらだからだろ。クロードの知ってる原種のテンタクルボールとはちょっと違うからな。……とりあえず入ろう」
「うん」
洞窟の中は意外に広く、奥が深かった。長く魔獣が住み着いていたらしく、毛や糞などをテンタクルボール達が手早く掃除している。
その横でヴィンセントが天井に細い紐を渡した。その紐に濡れたマントをかけ、火をたき始める。パチパチとよく燃える薪は元からこの洞窟の中に蓄えられていた物のようだった。
「テンタクルボール達が、普通と違うというのは?」
焚き火の傍に敷物が置かれたので、クロードは大人しくそこに座った。ヴィンセントはすぐにクロードの濡れた靴紐に手を掛ける。抵抗する間もなくスルスルと脱がされて、濡れたブーツが焚き火の前に置かれた。
「この大陸に……いやこの世界に、原種の『テンタクルボール』はもういなくなった。俺と同化して、それから世界樹と繋がったおかげで全ての個体がリンクしてるんだ。今ならあのクソ虫共にも負けない力があるぞ。再戦してみるか?」
「ヴィンセント……意外と根に持っているね、あの虫のこと……」
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