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九話
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しおりを挟む……まあ畏れ多くて向こうが近寄らないかもしれないな。
「それと役に立つのが、お前達が量産したこの世界樹の種だ。これだけあれば各神殿に若木を配ることができるだろう。それを根付かせることによって世界樹の力も信仰も広がっていく」
アレンが籠からひとつ種を拾ってクロードに持たせた。薄緑色の種はツヤツヤしていて丸っこい、何の変哲も無い種だ。クロードは俯いてその種をジッと見つめていた。そして意を決したように顔を上げてアレンを見つめ返した。
「アレン、世界樹はどうやって死ぬんだろう? アカシックレコードには表面的なことしか記録されていないようだった。神が死んで、世界樹は枯れたと。いったい以前は、何がどうなって……」
「知って参考になるかは判らんが、あの時死んだ『神』というのは苗床で、宿主の人間だ。クロードと似た状況だった。世界樹に選ばれその種を育んだ母体がこの世界の『神』と言われるのが決まりだったんだ。代々ハイエルフ達は世界樹の世話をするために存在する。もちろん神となった者にも何不自由ない生活をさせていた……つもりでいた」
アレンはいっぱいになった籠を自分の収納鞄に入れて、新しい籠を取り出した。こいつは、家と同じくカバンの中の空間も歪ませている。何でもかんでもぶち込んでいるからどれくらい入るんだって聞いたら、普段から家一軒分の家財道具一式を詰めて移動しているらしい。こいつの根無し草みたいな雰囲気は性格なんだなホント。
「前回の宿主の人間は、特に治世が短かった。苗床が人間であるのも珍しかったんだ。エルフだったりドラゴンだったり、精霊だった事もあった。彼らは元より世界樹と共に永い時間を生きる耐性がついていた。……だが、人間にはそれがなかった。最初の百年で、人間は壊れてしまったんだ。二百年、三百年まではまあ、保った。そのうち人間達の愚かな抗争が始まって、幾つもの国が滅んだが、運悪くその人間の生まれた国も含まれていた。それで完全に折れてしまったようだ。息をしているだけの哀れな骸を解放するために、世界樹は自ら枯れることを選んだ。世界樹と宿主は一心同体だ、片方が枯れればもう片方も死ぬ。こうして前回の世界樹は病んで、自死した。ハイエルフの歴史の中でも前代未聞のことだった」
一個だけ残ってた世界樹の種は、最初の百年の間で『宿主』が愛おしいと思っていた人間の相手との性交で出来たモノらしい。たった一度で、唯一の種だった。
ハイエルフ達は焦り、それからも何度か人間を拾ってきては、宿主にあてがおうとした。しかしそれは拒否されて余計に『宿主』の精神を病ませる原因になった。ハイエルフ達は未だにその時の事を傷として抱えている。……らしいが、アレンは違った。
「そしてたった一つの種を芽吹かせ次の『宿主』を見つけるため、私は研究に没頭した。次こそ、容易には死なない生き物から宿主を見つけなくてはいけない! 精神耐性も必要だ! そして『いっそもう植物系のモンスターとかどうだ』という結論に至ったわけだよ! 結構前からテンタクルボールには期待していたんだ。まだ動物系のモンスターも諦めきれなかったから後回しにしてしまったけれど、ねえクロード? 期待以上の同化を見せてくれてありがとう。君が強くて助かった。本当にありがとう! テンタクルボール達もとても協力的で研究は飛躍的に進んだ! テンタクルボールの粘液から作ったハイポーションも! 蘇生薬も! 大変良い出来だ最高だ!」
「……あ……それは、なによりだ。アレン博士……」
アレンは……エルフの名前ではクソ長い名前らしいんだが、通称アレンは、そんな悲しい過去などとうに乗り越えていた。こいついっそ清々しい程に前しか見ていない。結果は結果、次に同じ失敗をしないための判断材料に過ぎないと、こいつは俺にも言ったんだ。
俺は結構本気でクロードを諦めろと言われるところだったらしい。記憶を弄ってでもそうしようと思っていたと。俺が寿命を迎えてまた先に死んだら、クロードが病む可能性は大いにある。そんな二の舞になるくらいなら引き離して記憶でも弄ってしまえ、というのがハイエルフの思考なんだと。いやアレンが人でなしなだけだよなコレ。ハイエルフのせいにすんな。
それから一転して、俺がテンタクルボールに飲み込まれたから事情が変わった。雌雄の株ならそのまま有効活用してしまえばいいんじゃね? というのがアレンの結論だった。それでアレンは、唯一残されていた世界樹の種をクロードに渡しておいたのだ。
永遠に近い時を生きる世界樹の宿主と、植物としては絶えず芽吹き新しくなっていくため寿命のないテンタクルボール、それが揃っていれば暫くは安泰だろうと。
まあ実際のところ、普通の許容量しか持たない人間が世界樹の宿主になっても、アカシックレコードには繋がれないらしい。エルフでも無理だと言われた。膨大な量の知識を吸い込むにはドラゴン級、またはそれ以上が必要だと。
その荷をクロードに繋がった俺が受け取り、俺がまた個々のテンタクルボールに荷を配分したせいで、事はとても簡単になってしまった。クロードはアカシックレコードに触れるだけでいい。面倒くさい演算処理は後ろの回路達が担ってくれるからな。
「……んんッ、それでだ。クロードくん」
「?」
「実は居るだけでいいと言ったのは嘘じゃない。ハイエルフは宿主と世界樹の世話をするのが仕事だが、自由を奪いたいわけでもない。特に人間は一つのところに閉じ込められることで閉塞感を覚えるんだろう? そういうの、今回はもう絶対にやらないって決めてるんだよねー。……そういうわけで、ヴィンセントが冒険者登録を済ませて相棒の乗ってくるのを待っているそうなんで、行ってきて」
「……え?」
旅の道具はもうとっくに揃えてあって、ハイエルフ特製の魔法鞄にパンパンに詰めてある。何百年でも旅できるくらいには何でも入れてあった。
それこそ準備期間は五百年もあったんだ。市井の情報を仕入れるために隣国へ行って、難民になった王国の奴らの末路も調べたし、大型魔獣が一国を焼き尽くしそうになった時には討伐にも参加した。
ひと仕事終えると世界樹にトンボ帰りだから結構キツかったがまあ何とかなった。
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