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八話
2-3(クロード)
しおりを挟む「それは……まあそうだろうけどよ」
ヴィンセントと話しながらもう一本、今度は稲妻を纏わせた槍を敵陣に打ち込んだ。ドン、ドン、と二度音がしたので持ってきた火薬も一緒に始末できたのだと判る。さらにもう一本の剣を拾い、俺は走り出した。風で足場を作って空を全力で蹴り、一気に跳ぶ。遠くに見えていた陣のど真ん中に斬り込んで行って、転んだ敵将の首に剣を突きつけた。
「……兵を引け」
低く、それだけ言った。
周囲の兵達が少しでも動けば首をはねるつもりでいたが、皆凍り付いたように動かない。訝しみながら目の前の敵将の兜を剣先で持ち上げると、滂沱の涙を流す毛むくじゃらの大男の顔が現われた。遠目でも体格が良いと思ったが、全体的にクマみたいな男だ。
「金の髪だ……あの姿を見たか……瞳も」
「なんと、存在するとは……」
独り言のように呟く兵士達が次々にその場に崩れ落ち、地面に頭を擦り付けていた。何がなんだか判らず、しかし剣を引く事も出来ずに困惑していると、後ろからヴィンセントが追いついてきた。
「クロード。こいつら金の髪とかお前みたいな目の色の人間、見た事ないんだよ。もう年月が経ちすぎて伝説級だから、……この通りなんだって」
木札のお守りのようなものを掲げて兵士達がすすり泣きを始めた。集まってきた他の兵士達もこちらを見ると同じように平伏していってしまう。あまりにも意味がわからなくてアカシックレコードに説明を求めたら、答えはすぐにわかった。
「俺達がいた国の王族、貴族の血を引く者しか金髪は現われないって話だったよな。アレも別に嘘ではなくて、そういう血統だったんだろうな。ただ、難民になったあいつらは混血が進んで、髪の色も目の色も濃い方が多くなっていった。これだけ経てば純粋な金色の髪を持つ人間なんてもういないわけだ。神話の中の存在なんだよ。だから隠れてて欲しかったんだけどなあ……」
俺が生まれた頃でさえ、金の髪は稀少だった。貴族や王族は近親相姦をくり返してまでも、あの血を存続させたいと思っていたらしい。爵位を持つ家は、金髪に宝石のような色の目を持つ子どもが生まれると、種馬のようにあちらこちらで子どもを産ませたという。しかしそんな王族や貴族達も、国が崩壊してしまえばどうしようもない。生きる為に身を削って、それができない者は死んで、そうして王族の血は失われていった。
いまとなっては『昔はこんな神々がいたそうだ』という神殿に残る物語の中にだけ、そんな髪色が存在するらしい。
「神よ! なんと尊いお姿!」
「世界樹の神が再びこの地に!」
「あのハイエルフの話は本当だったのか?」
広がっていく動揺は少しずつ熱を帯びて、異様な興奮に変わっているようだが、戦意はないようだ。俺は剣を降ろして、目の前のクマ男を見下ろした。そしてもう一度、先程と同じ言葉をくり返す。
「兵を引け」
「はっ! い、いますぐにでも!」
涙と鼻水と汗のようなもので顔がぐしゃぐしゃだったが、男はすぐに姿勢を正して兵士達に指示を飛ばした。低く腹に響くような大声は、戦場にいた兵士達を止めるのに充分だったようだ。俺は持っていた剣で服の裾を切り取って、その将軍に渡した。
「顔を拭け」
「はっ、えっ、勿体のうございます!」
「俺の衣では、使いたくもないか」
「いえ、いえ! どうか賜りたく!」
両手で恭しく受け取られた切れ端だが、戦場を駆けてきたわりに汚れていないから大丈夫だろう。将には威厳があるほうがいい。泣いた顔で部下の前に立たせるのは流石に哀れだと思ったからだった。
「クロード……」
「帰ろう、ヴィンセント。もうここは終いでいいだろう」
「あー……うん、まあそうだな。あとはアレンに任せておくかー」
ヴィンセントの髪色は赤銅色に、肌も白く戻っていた。
触手も背に戻したらしく、立ち姿だけなら戦に駆り出された冒険者かと思うくらいだ。ヴィンセントはすぐさま灰色のマントを脱ぐと、俺に被せてきた。身体を隠すように巻かれてさっと抱き上げられる。
「物理と魔法防御のある装備をそう簡単に切って人間に与えるなっての」
「……そうかこれはエルフの技術だった」
「まあ布だけ持ってても同じモンは作れないと思うけどな。それにしてもなあ、……信奉者作りすぎて悪いわけじゃねーんだけど。はあ、複雑だな。そんな女神様みたいな格好で戦場に降りて欲しくなかったなぁ」
ヴィンセントがぼやいているので、その首に腕を巻き付けて身体を凭れた。背後で兵士達にどよめきが広がるのが聞こえたが、ひとまず無視して転移魔法を使った。世界樹の前の花畑に戻ると、ヴィンセントは傍を流れる小川へと俺を運んで行く。足の裏が汚れてしまったからだそうだ。そういえば俺は裸足だったな。
いまの俺の魔法は、使っても使ってもマナが枯渇することがない。世界樹から膨大な量のマナを供給されているからだ。転移魔法も先程の稲妻の魔法も、並のエルフでは一回使うだけで回復を待たねばならないようなモノだった。それを自由に使えてしまうのだから、困る。
こんな力、悪用する者に与えられていたらどうするつもりなのだろう。アレンはもう少し、世界樹を委ねる人間を選別した方がよかったのではないか。少なくとも私利私欲で力を使わない者に委ねるべきだ。
「それはどうだろうな。あいつもかなり吟味したと思うぞ。前に失敗したし」
「えっ」
「……うん? あ、今の声に出してなかったやつか!」
悪い悪い、と何でも無い事のように言って笑うヴィンセントに、唖然としてしまう。小川の水で足を丁寧に洗われて、砂や泥が落された。川岸に座っているだけで、いつの間にか足も拭かれて全てが終わっている
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