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四話

2-6(クロード)

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 父の欲望の捌け口であり、奥方の憎しみの的であり、兄の残忍な遊びのための玩具だった。何故、自分は意志を持った人間であるかのような錯覚をもってしまったのだろう。
 なんとも滑稽だ。きちんと、時間をかけて念入りにすり潰され、壊されてきたのに。
 最後は従順で何も考えない人形に成り果てて、それが一番良いはずだった。

 久しぶりに人間扱いをされたのが、心地良くて、嬉しくて、錯覚してしまったのだ。
 まさか、自分に自由意志があるだなんて。
 嫌な事を嫌と言って、抵抗して、悪態をつく権利があるなんて思ってはいけない。我儘になったものだ、死を待つだけの役立たずな奴隷だというのに。
 諦めるのは簡単だ。それさえできれば、痛みも苦しみも他人事で乗り切ることが出来る。兄の欲を受け止めることなんて、テンタクルボールに散々慣らされたこの身体でなら容易なはずだ。どんなに酷く扱われても、快感すら感じるかも知れない。

 ――『クロード。あの家は不気味だ。逃げ出したくなったら、いつでも訪ねて来い』

 全てを諦めて、震える手をシーツの上に投げだそうとした、刹那。
 ヴィノードの言葉が思考の端を掠めた。忘れてしまえばよかったのに、少しの希望の灯りが胸に灯ると、ぬるい息を首筋に吐き出してくる兄が嫌で嫌で仕方なくなった。

 胎の奥底から、ぞろりと動き出す熱がある。はね除けろ、排除しろと沸き立つ何かに導かれて、俺は兄の身体を押し退けた。そしてそのまま、開いていた窓から外へ飛び出した。


 街へ向かい走っているうちに、感覚が鋭くなっていくのが感じられた。いくら走っても息が切れない。身体の中を熱が駆け巡って、破裂してしまいそうだった。ただただヴィノードに逢いたくて、いつもいると聞いていた酒場に駆け込んだ。

『ヴィノード!』

 呼びかけると、酒場の客が皆一斉にこちらを向いた。ハッとして口を押さえ、慌てて店から出ようとすると、奥へ向けて『ヴィノード! お客さんだぞ! えっらい美人さんの!』と誰かが声をかけてくれる。
 興味津々な視線から逃れるように店の外で待つと、すぐにヴィノードが出てきた。その表情は緊張していて、恐らく逃げてきたことを察してくれたのだろう。『すぐこの街から出よう』と手を引かれて、最低限の旅の装備だけで俺達は森に向かった。
 彼が一緒に来てくれて嬉しかった。ヴィノードと繋いだ手が熱くて、俺は耳まで酷く赤面しているのを必死で隠した。

 テンタクルボールのいる場所へは、少し前から気配を辿るだけで行けるようになっていた。俺の中の『種』と本体が呼応しているのかもしれない。
 しかしそれを言うとヴィノードの案内が要らないことになってしまうので、俺は知らないふりをして、ヴィノードと森歩きをしていたんだ。

 俺がテンタクルボールと淫らな種付け行為をしている時、ヴィノードが物陰で自慰をしているのも、実は知っていた。
 テンタクルボールの『目』を通して、森の中のこと全てが覗けるため、ヴィノードの覗き見も出来てしまっていたのだ。彼がこの身体に欲情して、俺が淫らにふるまいよがり狂うほど、声を殺して性器を擦り立てている。
 それが少し恥ずかしくて、でも嬉しくて、俺はテンタクルボールに甘えてしまった。もっと、と求める嬌声は、実はヴィノードを誘うためのものだ。テンタクルボールもそれが判っていて、俺の足を開かせ空中で拘束し、良く見えるようにしたまま激しく犯した。

 ヴィノードの熱っぽい視線が、俺の身体を舐めるように見ているのが、嬉しくて仕方なかった。抱いてくれなどと、そんな大それたことは求められない。でも一時、性欲処理のために俺のアナルを使いたいと言うのなら、差し出したいと思っていた。

 ヴィノードに使われたい、という気持ちは、奉仕の感覚だと思っていた。けれど、それが決定的に違う『感情』によるものだと後で判った。

 ――兄に、望まぬ性行為を強いられそうになった時、己の欲求に気付いたのだ。

 性欲処理だと判っていても、俺が欲しいのはこれではない。そして堪らなく嫌だと、触れられたくないと思ってしまった。
 だって、俺が心の底から求めていたのは……。

      ‡

「ヴィノード……俺が見殺しにしてしまった……」

 泣きじゃくる子供のように、溢れ出した涙が止まらない。これは何年分の涙だろう。起き上がったヴィンセントが俺の頭を抱き寄せて、髪を撫でてくれた。その服に涙の染みが丸く広がっていく。



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