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さえない熊獣人のおじさんはいつの間にかイケメン翼人に囲い込まれて溺愛されてる
一話
しおりを挟む激しい雨の降る日だった。
マテウスは雨漏りのする天井を見上げながら、止んだらすぐに屋根の修理をしなければとぼんやり考えていた。暖炉にかかった鍋には、屑野菜と干し肉の入ったスープがくつくつと煮えている。
物資に余裕がないので、今日もスープだけの食事になるだろう。燃費は良い方なので構わないのだが、たまにわびしくなるのも事実だった。
マテウスの家は切り立った崖の上にぽつんと存在している。崖を上り下りするには飛行魔法か、ザイルを使って自力で降りるかの二択しかない。決死の覚悟で降りていって街で買い物をしても、毎回大した量の物資は持って帰れなかった。小さな庭で少しばかり野菜を育てたりもしているが、今日の大雨で全て駄目になってしまっただろう。
「……ん、これは……魔力?……え?」
唐突に、空気中のマナが大きくゆらいだ。
そして地面を震わせるような竜の咆哮が聞こえたと思ったら、ドンッと凄い音を立てて『何か』が家の側に落ちてきた。マテウスが恐る恐るドアを開けて大雨のなか目をこらすと、ぼろ切れのようになった翼人が血だらけで倒れている。息はあるようだが痙攣していて今にも死にそうに見えた。
小さく悲鳴を上げたマテウスはその翼人を家の中に引っ張り込むと、ラグの上に寝かせて治癒魔法を唱えた。傷だらけだった翼が時を戻すように再生していき、血濡れて乱れていた黒髪が艶を取り戻す。その長い髪がさらりと分かれると、驚くほど綺麗な顔が現われた。長い睫毛がピクリと動き、ゆっくりとまぶたが開く。顔立ちはまだ幼さが残るが、身体は充分に成体だった。
羽根の大きさからしても大人の翼人だろう。
マテウスが濡らしたタオルで羽根の血を拭き取っていると、キラキラとした金色の瞳が、ぼんやりとこちらを見上げていた。
「……だれ、おまえ」
「わ、私はここの結界師で、熊獣人のマテウスだ。きみは?」
「くま……熊?その色で?」
翼人が金の目を見開いて驚いている。慣れた反応にマテウスは苦笑した。
熊獣人と言っても、マテウスは白熊だった。肌は白く、髪も白い。瞳は黒で、体格は熊そのものだったが、長く伸ばしているこの髪と肌のせいで毎回こうして驚かれてしまう。
髪さえ短くして普通の茶色に染めてしまえば、きっと熊獣人としては月並みな容姿なのだが、マテウスはそうまでして周囲に馴染む気はなかった。
「白熊なので」
「ああ……なるほど。俺は鷲の翼人だ。カイルという」
「カイル。まだ外は雨が酷いから、ひと休みしてから帰るといい」
タオルと、盥に湯をたっぷりと入れてカイルの側に置いた。マテウスはすぐに踵を返して彼から離れたが、服の裾を掴まれてくいっと引かれた。
「こんなところに結界師がいるなんて聞いたことない」
「……そうだね、内緒だから口外しないでもらえると有り難いかな」
「結界ってアレだろ、帝国の」
マテウスはカイルの唇を手の平で覆った。
それは国家機密で、口に出すことを許されていないのだ。
じっと見つめるマテウスの様子に何事か察したのか、カイルは口を噤んでこくりと頷いた。ふ、と目元を和らげて微笑んだマテウスは気を取り直して暖炉に近寄る。
「大したものはないけど、夕食でも食べていくかい?スープしかないけどね」
「……うん」
カイルはほとんど塩の味しかしない謎のスープにドン引きしながらも、マテウスと向かい合って食事をした。機密に関わることは話せなかったが、マテウスは久しぶりに他人との会話を楽しんだ。カイルがだいぶ年下なのは予想していたが、聞いてみたら10才近くも離れていた。若者とも言える彼との会話は非常に刺激的だった。流行りに疎いマテウスに、カイルは熱心に色々な話をしてくれた。
雨は夜半まで続き、泊まっていくようにと毛布を渡したが、カイルはそれでもマテウスの服の裾を離さなかった。仕方ないと呆れつつもマテウスはカイルの側に座って、暖炉の側で空が白むまで会話をした。
カイルは竜に絡まれて逃げていたらここに辿り着いたと言い、『あのクソ野郎次会ったら殺す』と息巻いてマテウスを笑わせた。そうしてカイルは、翌日雨が上がってから礼を言って帰っていった。
――それから、数年。
「よう、マテウス。今日は肉があるぞ!!」
バンッ、と開けたドアを勝手に入ってきたカイルは、得意満面といった様子で荷物をテーブルに置いた。
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