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番外編-ボーナスステージ-

攻略対象より愛をこめて・5

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 詰め襟のホックをきっちり締めて、鏡を覗いた。ふむ、まあまあだな。
 背後ではエルヴェが銀のリボンで俺の髪をまとめてくれている。鏡越しに微笑む紫の瞳は、数日前まで見ていた彼よりもずっと艶やかで色気たっぷりに感じる。
 何がどうしてこうなったんだ?

「ウォルフハルド様、とてもお似合いです」
「そうか。それほど特別な衣装ではないんだが」
「この上なくウォルフハルド様の魅力を引き立てる服ですね」

 今のエルヴェは……艶やか、では言い表せない。色気がダダ漏れているというか、気怠げに服を引っかけたままのエルヴェから、ちょっと退廃的な魅力が垂れ流されていて困る。これでは傾国のなんとやらだ。

 もともと整っているエルヴェの美貌が予想の斜め上にランクアップしてしまった感じがする。媚薬を使った性交で何かいろいろと吹っ切れてしまったようで、もう俺への欲と愛情を隠しもしない。

 隙あらば近付いてきて、俺の髪や耳元にキスしてスウスウ匂いを嗅いでくる。そんな動物的な仕草をしておきながら、眼鏡越しの流し目ひとつにも昨夜の名残がたっぷり含まれていて、落ち着かなかった。

 エルヴェは今にも首筋にキスしてきそうなほど顔を寄せてきて、俺の耳元で囁くようにして話す。ゾクッと背が震えて、ここ数日で教え込まれた官能が目覚めかけた。ふるふる、と頭を振って意識を保ち、エルヴェの手から物理的に離れる。

 こいつは、自分の与える影響もわかっていてするからたちが悪い。誘いかけられてフラフラと寄って行ったらおしまいだ。いつからこんなに危険な奴になったのだろう。

 振り返ってジッと見上げ、油断のならないヤツめと睨み付けた。

「エルヴェ、もうそれくらいにしておけ。今日は滞りなくマグナス団長の元に送り出すのが私達の仕事だ」
「もちろん判っております殿下」

 オーギュストが俺の外套を持って隣の部屋から現われた。彼も夜着のままで気怠げな様子はあるが、逞しい身体が朝日に照らされているのは眩しくて健康的だ。
 いつもまとめられている長く美しい銀髪は、肩から背に落ちさらさらと揺れている。これがアデラが見たくても見られない『くつろいだ姿の殿下』というやつだろう。

 俺はオーギュストの助けに感謝しながら裾の長い上着を受け取った。それを羽織れば準備は完了だ。

 装備は、俺の髪と瞳の色に合わせた黒一色、ベルトや差し色に濃い紫を使っている。髪には銀色のリボン、外套も表は黒だが内側には深い碧の裏地が使われていた。

 この装備は俺が冒険者達と一緒に大型魔獣の討伐をしていた時身につけていた物の、レプリカだ。なんとエルヴェに頼んだら、服や手袋、小物まで一日で用意してくれた。
 本当の色味は全て漆黒なのだが、色くらいは二人の好きにさせた。特急でここまで揃えられたのはオーギュストの権力と金の力だというし。流石は第二王子だ。

「……しかしエルヴェは何故俺の装備をここまで細かく知ってるんだ」
「ああ、うーん……そうですねぇ、何でだと思います?」

 にこ、と微笑みながらエルヴェがこちらを覗き込んでくる。不意を突かれて、ちゅ、と唇の端にキスをされた。コノヤロウ、と苛立ち紛れに顎を掴み、相手の目を逆に覗き込んで威圧を込める。

「大人しくしていろ、エルヴェ」
「はい、ウォルフハルド様」
「……オーギュストも、戻ったらまたサロンに行くから」
「ああ。いってらっしゃい、ご主人様」

 くすくすと笑うエルヴェは全く懲りていないが。オーギュストからは頬にキスを送られて、俺は彼らの部屋を出た。そして転移魔法で目的地の森へと向かう。
 









 三日後、という期限の日に落ち合う場所は決められていた。

 魔獣討伐の最前線、比較的温かい地方の『リミニアの森』だ。俺が討伐隊にいた頃、よく任務で転移していた場所だった。この森は土地を左右に分断するような川があり、奥には火山と滝そして天然温泉が湧いている。水が豊富なせいか緑が豊かで、薬草などの採取にも向いている森だ。流石に温泉は魔獣の住む奥地にわいていて土地開発もされておらず、観光客などは皆無だった。

 その森の奥深くにある山小屋がマグナスに指定された場所だった。山小屋と行っても木こりのためではなく、定期的に入る討伐隊が駐留する。それは冒険者たちの時もあるし、騎士団の時もある、つまり俺達が相互に馴染み深い場所ということだ。

 実は俺は全く覚えていないが、王都からきたマグナスが俺と初めて会ったのがこの森だという。しかも今日の装備も、『希望の服装があるなら聞くぞ』と貴族らしくめかし込んで行ってやろうと思ったのに、『あの時の装備で』と言われた結果だ。アデラ曰く、こういうのを『マニアックプレイ』というらしい。

 とにかくマグナスは、一目惚れした時の俺にもう一度会いたいというので、希望を叶えてやることにした。
 ……というか、あの頃まだ俺は12か13じゃなかったか。その頃からヤりたかったってことか?それ大丈夫か騎士団長?

 徒歩の距離はさほど取らず、ほぼ転移で山小屋まで辿り着いた俺はそのまま中に入った。

 大規模な討伐隊が泊まり込むことがあるので、山小屋と言ってもかなり大きい。一階は食堂と素材庫、天然温泉を使った大浴場、二階はベッドだけの部屋が20部屋くらいある。
 
 マグナスは一階の食堂で持ち込んだ食料を仕分けていた。今日の夕食だろうか。

「来たか、ウォルフハルド」
「なんだ。来て欲しくなったのか?」
「……いや、そうじゃないんだが」

 歯切れの悪いマグナスには、意外なほど覇気がない。どうしたのかと思い歩み寄ると、マグナスは一瞬だけ言い淀んだが、すぐに目の前の机にバンッと手を突いて『すまなかった!!』と叫んだ。

 山小屋の梁がビリビリと軋むような音が響き、俺もびっくりして耳を塞いでしまった。

「な、……なんだ?どうした?」
「今回の賭けは俺の負けだ。折れた剣を調べさせたら、練習用の中でも廃棄寸前のモノが混ざっていたのが判った。……試合前に得物も確認すべきだった。頭に血が昇っていたのだ、すまん」

 マグナスは俺に勝った後、暫くはその勝利を喜んだが次第に不思議に思ったらしい。斧と剣でやり合うのはいつものことだ。そして剣は当然、正面から斧の刃を受け止めたら折れる。
 その力を微妙に逸らしながら受け流すのが俺の剣技だった。あの時は、いつものように何度か打ち合った後、また攻撃が流されたと思った途端に剣が折れた。
 ……これは絶対におかしい。マグナスは負けた側の俺が不正をするとも思えず、剣を鍛治師に見せて鑑定を頼んだ。

 そして露見したのが騎士団備品の劣化、杜撰な備品管理の実態だった。これで負けた側に責を負わせるのは酷だ。騎士団の名誉にかけて、こんな勝負は認められない。

 この事実が判明したのは昨夜で、すぐにでも俺に知らせようとしたが俺はオーギュストの部屋に行ったままだった。

「もっと早く結果を出して知らせるべきだった。悪い。……それで、せめてお前と、いつも通りの休日を過ごせたらと思ったんだが」

 凹みまくったマグナスはそう言って俺の前に立った。訓練場で俺に勝利した後の、ギラギラした欲がその目にはない。今日と明日は、通常の休日と建国記念日を繋げた連休だ。

 丁度いい、と外泊届を出し、騎士団の訓練にはオーギュストとエルヴェが出てくれることになっている。特別ゲストで父上とアデラも遊びに来るとか。訓練場、阿鼻叫喚の地獄になってないといいんだが。
 
 それはさておき。……ここで問題なのは、俺でも残してきた仲間でもない。マグナスだ。

「──で?」
「あー、……いや、その……俺とバジリスク討伐でもしに行かないか」

 リミニアの森の近く、今のリミニア火山にはバジリスクが生息している。山の向こうの砂漠から流れてきたらしい。今のような状況でなければ一も二もなく同意したところだが。

「──マグナス」
「!!」

 ガンッと目の前にあった木のテーブルがひっくり返り、10人用の長机がひしゃげて折れた。不意をつかれたマグナスも壁の方へ吹っ飛んでいる。俺の魔力が圧力となって吹き出した結果だ。物理特化した彼には避けにくかっただろう。

 カツ、カツ、と音を立ててマグナスに歩み寄り、相手の頭の横にガンッとブーツの底をぶち当てた。鉄板で補強されたブーツの威力は中々だ。マグナスが頭をつけている壁の板が、メリッとひび割れた。

「騎士の名誉とか俺にはどうでもいいな」
「し、しかしあれで勝敗は……」
「俺が手にした剣ならば、自分でどうにかする。それで折れたなら、俺の責任だ」
「……そんな勝ち方は!」
「認められないと?」

 真っ直ぐにマグナスの巨体を見下ろし、俺は唇の端をつり上げた。床に倒され壁に寄りかかったままのマグナスがびくりと震える。俺は外套を脱ぎ捨て、下肢のベルトに手を伸ばす。

「俺はお前の勝ちを認めるが、お前は認めないという。ならば、いいだろう。褒美が欲しくて手を伸ばすまで、お前を弄んでやる」



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