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閑話―アデライード
しおりを挟む今世わたくしに与えられた名はアデライード・ジラール。
推しの妹にして稀代の黒魔術士の素養を持ち、黒髪黒目のキラキラ儚げ美少女という『持ってる』どころか『盛り過ぎ』なキャラクター。
しかし薄幸の死にキャラ。
ただ推しが幸せになる未来を夢見ただけなのに、何故かハードモードな幼少時代を送り、死なないために死ぬほど努力をしてきた。
それでも時間をみつけて推しを愛で、苦節13年、人生のほとんどを捧げてきたプロジェクトがほぼ完成に近づいてきている。
「アデラ嬢、お久しぶりです」
つやつやの金髪、魅惑的な紫の瞳、そしてトレードマークの眼鏡をきらりとさせながら、部屋にエルヴェ様が入ってきた。
此処はジラール領の南の外れ、学院に一番近い穏やかな農村の村長の館。毎月一度、ここに転移ポートを置かせてもらい私達はお互いの情報を持ち寄っている。
今日もなかなか良いものを持ってくる事が出来たので、私はニコニコしながらエルヴェ様に椅子を勧めた。
あちらもご自身の手柄に自信があるのか満面の笑みを浮かべている。
……エルヴェ様のこんな笑顔、社交界のご令嬢達が目にしたら腰砕けだろうに。今この時しか見られないのだから惜しいものだと思う。
いや、正直過ぎるところに好感がもてるけれども。
「さあ、ご覧くださいまし。……先日魔獣討伐からお帰りになったお兄様が、非常にお疲れになってお風呂の後に薄着のあられもないお姿のままへそ天で眠ってしまわれたところですわ」
スッ、と差し出したるは記録用魔道具。
水晶玉のようなその魔道具の中には、お兄様がソファでお腹を出して眠っている姿が記録されている。エルヴェ様は『はわっ……』と可愛らしい声を上げて魔道具を覗き込み、蕩けそうな笑みを浮かべて頬を染めていた。
じっくりとお兄様の可愛い姿を堪能したあと、ハッとして気を取り直しエルヴェ様はご自身の記録用魔道具を取り出した。
「こちらは殿下のサロンです。先日は剣術の授業でお疲れになったのか、ウォルフハルド様は殿下に寄りかかって居眠りをされていまして……このように」
促されて魔道具を覗き込む。その中には安心しきったお顔でオーギュスト殿下の逞しい胸に寄りかかり、ぐっすりと眠っているお兄様のお姿が記録されていた。
ああ、尊い。フレッド様にさえ最近『何企んでるんだ』などと警戒を見せるお兄様が。
人一倍他人の視線に敏感ですぐ耳を後ろに伏せる猫みたいなお兄様が!オーギュスト殿下の雄っぱ……いえ胸元に顔を寄せてこんなにも心地よさそうに眠っているなんて。尊すぎる。
「素晴らしいですわエルヴェ様。お兄様の強い警戒心がオーギュスト殿下に対してはもうとろっとろに溶けて、こんなにも甘えモードになってしまっているのですね。ああ、すてき。可愛い寝顔ですわ」
「最近は殿下のお膝もお気に入りでして。膝枕なども……」
「なんですって。殿下の膝枕!なんてオイシイのでしょう。素敵ですわ」
「アデラ嬢の今回の記録も素晴らしいです。ウォルフハルド様のこれほどあられもない姿を撮れるのはアデラ嬢以外にいないでしょう。へそ天……素敵ですね。はあ……かわいいウォルフハルド様……」
エルヴェ様と一杯の茶を飲むあいだに止まることなく話し続け、いつも日が暮れるまでお兄様の話をする。
情報交換にも余念が無い。次はこんなコンセプトで持ち寄るのはどうか、など話は絶えなかった。
「はぁ、かわいい。このウォルフハルド様は身体を丸めて眠っていらして、少し寒かったのでしょうか。このくるんとしたフォルムが堪らないですね……抱き締めたい」
「ええ、ええ。その少し寒い時のお姿もいいですが、これから暑くなってまいりますから身体を開いて無防備なおなかをもっと大胆に晒してくださると思いますわ。ああ、この滑らかで立派な腹筋のおなかに顔を埋めたい……くう……お兄様の腹筋を撫でたい」
「くっ……いいですね、暑い日のウォルフハルド様も、きっと素晴らしいでしょう。あっ、殿下はウォルフハルド様には甘いですから、氷魔法を使って冷やして差し上げたりするやもしれません。それを心地よさそうに身に受けるウォルフハルド様……ああ……かわいい」
「殿下と夏のお休みには是非ジラール領へいらしてくださいませ。狩りに最適な領内の森ですが、綺麗な滝がありまして、お兄様はそこで水浴びをして遊ぶのが大好きなんです」
「……水浴び」
「そうです。しかも全裸ですわ」
「全裸!」
「そうなんです。わたくしはもう連れて行って頂けないのですけれど、男性同士でしたら問題ありませんわ。是非、是非行ってらしてエルヴェ様!」
そして全裸水浴びのお兄様を記録してきてくださいませ。
フレデリック様が一緒なのでわたくしは忍んで行く事さえできないのです。黒魔術士は黒魔術士の気配にとっても敏感なので。
切々と語る私にエルヴェ様はにっこりと笑って『任されました』と頷いた。
それからしばらく近況報告などを聞き、サロンでお兄様に使う香油などをプレゼントしてそろそろお開きとなった。
もうとっぷり日が暮れている。夕食でもご一緒しながらまだまだ話したい事がたくさんあったが、エルヴェ様は殿下の側近。あまり長い間離れていることは出来ない。
「マグナス団長の様子はいかがですか」
「ウォルフハルド様と毎日楽しく、剣と斧を打ち合わせているようです。それと挿入はないものの触れあいはされているようですよ」
「あら、あの絶倫性欲魔人がよく我慢していらっしゃること」
「アデラ嬢?なんて?」
「いえいえこちらのことですわ。……ちなみにフレデリック様ですけれど、お兄様の髪を一房手に入れて嬉々として媒体に使う気のようでした。恐らく一番最初に作成するのは身代わり人形でしょうね。黒魔術の基本ですわ」
「なるほど、ウォルフハルド様の玉体が守られるのであれば何よりです」
転移ポートに向かうエルヴェ様に笑顔で手を振って、ふと、前から聞いてみたかったことを今更ながら問いかける。
「エルヴェ様」
「はい?」
「エルヴェ様は結局、お兄様を抱きたいんですか?抱かれたいのですか?」
転移ポートのキラキラした魔法陣に足を踏み入れ、振り返ったエルヴェ様はふっと遠い目になって微笑んだ。
その目に映るのは、性欲というよりも穏やかに澄みわたる別の感情のようだった。
「そうですね、あえて言うならですが」
「ええ」
「私は、ウォルフハルド様のベッドの天蓋になりたいですねぇ」
「てんがい」
「はい。ベッドの側の壁でもよろしいですよ」
「……」
「……」
「本当に今更ですけれど、エルヴェ様と友となれたこと、わたくしとても嬉しく思いますわ」
「おや、そうですか?」
「ええ。わたくしまだ13ですけれど、大人になったらエルヴェ様と楽しくお酒が飲めそうです」
「ああ、それは私も同感です。待ち遠しいですね。……それではアデラ嬢、また」
魔法陣が光を強め、スッとエルヴェ様の姿が消える。これで向こう側に用意してある転移ポートに移動したはずだ。
絨毯に加工してあった魔法陣をくるくると丸め、それをアイテムボックスにポイと放り込む。
「さて、エルヴェ様はああ言うけれど、殿下はどうなのかしら。抱きたい欲求を持っただけでパイプカットを願い出るくらいだから自制心だけは特級ですわ。手強い。……ううーん、マグナス様は完全にお兄様狙いですわね。そっちは時間の問題かしら」
ふんふん、と鼻歌交じりに机を片付け、余計なモノは全てアイテムボックスにポイした。殿下と仲睦まじいお兄様の記録が映る魔道具だけは手の平に。
見ているだけで癒される、猫チャン達の戯れだ。ああかわいい。これでニャンニャンとエロい事してくれたらもっとかわいい。
「わたくしも、天蓋のカーテンになりたいですわ」
はあ、と悩ましいため息をついて、魔道具に頬ずりする。
これからお兄様には大陸の覇王となってもらわねばならない。
手にする情報はこちらで取捨選択してからまわすが、察しの良いお兄様ならすぐにわかってしまうだろう。これから否応なしに戦禍が広がるのだ。
隣国アルレーンはまだ諦めていない。
結界の場所を漏らしたのはあの側妃だ。腐っても王族なので存在を知っていたのは仕方ない。
彼女はアルレーンの息のかかった商人を出入りさせ、甘い言葉で情報も金銭も搾り取られていた。それをジラール家が『予言』として何度も教えてやっていたのに、向こうは頑なに信じずここまできてしまった。
だから、あの場は全ての予言に対する『承認』の場だったのだ。陛下が頷いたということは、側妃への疑いも確定したということ。
処分までは任されていなかったが、陛下も目を瞑ってくれた。なにせ意識的だろうが無意識だろうが、国を滅亡するほどの危機に陥らせる可能性があったのだ。一般に罪状は明らかにしない約束をとりつけたかわりに、幽閉、拷問という権利を得た。
もちろん、直接手は下さない。
わがまま放題で王宮の嫌われ者だったあの女を折檻したい者はたくさんいるのだ。自業自得といえるだろう。
オーギュスト殿下のこれからが、健やかなるものであるように、祈る。
さて、新しい記録用魔道具をたくさん作らねば、と意気込み、私はもう一枚の転移陣を取りだした。自宅の部屋へと転移すると、お兄様コレクションの並ぶ隠し棚にそっと魔道具をしまう。
幼い頃からエルヴェ様に横流ししていた映像はこの倍以上あるので、あちらの『ウォルフハルド部屋』は圧巻だろうなと思いながら戸棚を閉める。
そうしてアデライード・ジラールのとある休日の夜は、更けていった。
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