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閑話―オーギュスト・1

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「その顔しか取り柄のない貴方には似合いの仕事でしょう?」

 見慣れた王妃の笑顔も、実母に対し冷ややかな目をしながら何も言わない兄上も、王妃の暴走を止められない父上も、何もかもがどうでもよかった。

 幼い頃から私の味方をしてくれる宰相だけが気遣わしげな視線を向けてくるが、私はただ俯いて嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

「先王もお得意だったというではないですか。その顔でたらしこんでいらっしゃいな」

 お祖父様の話が出れば、流石にあちこちから刺々しい視線が向けられる。国の有力貴族や騎士団の上層部の者達だ。それまではいくら私がなじられようと、侮辱されようと無関心を貫いていたものを。

 王と宰相が国の行く末を決めるために集めた会議だったはずだが、王妃の乱入で議題の半分も消化出来ていない。
 
 今は、この国の命運を握るといわれる少年の話をしていた。

「……聞けば18になるのにまだ婚約者がいないとか。実は男の方がお好みかもしれないわね?」

 扇で口元を隠し、王妃は嘲るような口調でそう言った。思わず、視線を上げる。私に対してならいくら侮辱しようと構わないが、その感情を他人にまで向けるのはお門違いだ。

「気に入らない目だこと。ああ、本当によく似ているわあの忌々しい男に!」

 バシンッと高い音を立てて扇が振り下ろされた。

 幸い目には当たっていない。流石に失明させられれば咎がいく。今は王妃と呼ばれているが、彼女は元は側室だ。母が死ななければその座に上ることはなかっただろう。

 元は男爵家の三女で、身分的にも一度公爵家の養女にしてからでなければ嫁げなかったらしい。父上が婚約者との結婚前に一度だけ犯した過ちで、身籠った彼女を王宮に迎えることになったのだ。だから父上は彼女に強く言う事ができない。

 その頃から舞い上がって手のつけられない我儘な少女だったという話だが。しかもいまは、兄上が王位継承権第一位なのも彼女の傲慢さに拍車をかけた。
 私がいくら王位を望んでいないと言っても、彼女にとって私は邪魔で憎たらしいだけの存在なのだ。

 冗談で済まされる程度の折檻は、ここでは日常茶飯事だった。2度、3度と続けて扇が振り下ろされると口の中が切れたのか血の味がした。

 見かねた宰相が進み出て、私のあとの予定が詰まっていると父上に説明し、ようやく退出を許された。王妃はまだ叩き足りないようだったが、王に言われては私を引き留めることはできなかった。

 部屋へ戻るとエルヴェが薬箱や道具を揃えてくれている。王宮の医師に治療は頼めない。王妃の癇癪はここではひた隠しにされているのだ。

 苦笑するエルヴェが『また随分と叩かれましたね』と言うので、私は笑うしかなかった。

「か弱い女性の持つ扇など、大した怪我にもなりはしない」







 ウォルフハルド・ジラールに近づくのは、私に課せられた『仕事』だった。

 幼い頃から『予言』によって密かに注目されてきた存在だが、ここ数年で特に頭角を表してきたので王国から囲うべき存在とみなされたのだ。

 しかし私の中の感情は、それより以前にゆっくりと育っていったものだった。

 エルヴェが情報収集をしてきてくれたのには、彼自身の望みも隠れている。ただ、それがなくともきっとウォルフハルドはその存在だけで私を魅了しただろう。

 狭い王宮の中でただ操り人形のように生活する、それが私に与えられた人生だった。ここにいる私は『私』ではないのだと思い、心を切り離さなければ、生きていられなかった。

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