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第六話-1
しおりを挟むぴちゃ、ぴちゃ、と赤い舌が濡れた足先をなぞる。
殿下は一心不乱に俺の足先を舐めていた。
不意に、はむっと親指を口の中に含まれてぞろりと舌が這う。『んっ』と小さく息を詰めて、俺は湯の中で身体を波打たせた。
エルヴェが俺の身体を撫でる手を止めて紫の目を細める。
興奮したようにこちらを見つめるオーギュスト殿下が、バスタブの縁をがっちり掴んで身を乗り出していた。
濡れた唇をてらてらと光らせながら、夢中になって俺の足にしゃぶりついている。
「エルヴェ、起こしてくれ」
「はい。どうぞ、こちらにマッサージ用の台がございます」
脇と膝下に手を入れられてゆっくりと湯から上がる。エルヴェの服がびしょ濡れになったが、本人は気にしていないようだ。厚手のタオルが敷かれた大理石の台の上へそっと降ろされる。オーギュスト殿下はソワソワと視線を彷徨わせながら、台の横に跪いていた。
「拭け」
指示するとオーギュスト殿下はタオルを手に立ち上がった。濡れた俺の身体の上をトントンとタオルが移動していく。こんな召使いのような扱いを受けて、王族だというのに全く気にする様子がなかった。むしろ嬉しそうに唇が微笑んでいる。
側近のエルヴェのほうが世話慣れしているので手際はいいが、オーギュスト殿下も丁寧に俺の身体を拭こうと努力していた。
……何故それほど俺に執着しているんだろうか、この男は。
フレデリックのように幼馴染でもなし、アデラのようにゲームの記憶があるわけでもない。
俺が強いからか?ほぼ初対面の相手にこんな調子で大丈夫なのか。強ければいいなら悪い輩に連れ去られそうだが。
いや、だからこそ俺に支配させたいのか。
少し考えたらなんとなく意図が見えてきた。オーギュスト殿下だけでなく彼の『性癖』を知る者の後押しがあったのかもしれない。
身元の不確かな者に支配されては殿下の権力を悪用される危険がある。爵位を持つ家の子である俺なら家柄は問題ないし、俺から殿下を奪い取れる強さを持つ者もこの大陸には存在しない。
なるほど、この仮説で間違ってない気がする。
ふと見遣ると、エルヴェは殿下の手元を眺めながら静かに控えていた。失敗がないよう手助けをしようと考えているのだろう。
しかし湯船から俺を抱いてきたせいでエルヴェの服は前がびしょ濡れだった。早く着替えた方がいいなと思い視線を服へ向ける。
濡れた服から透けて見えるエルヴェの身体もかなり鍛え上げられていた。慰める程度なら、とは言っていたが殿下とは力が拮抗していそうだ。
たまに殿下に対する不遜な物言いが気にかかるが、戯れなのかもしれない。それにいつの間にかエルヴェはこちらを敬うような言動をしているんだが、身分的な話でいうと俺の方が下のはずだ。
朝会った時とは対応が違っているが、これは殿下と俺の関係を考慮した結果なのか?
――そこまで考えて俺はハッとした。
この二人のガチムチに囲まれて世話をされている状況こそ、アデラの『予言』通りだ。
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