上 下
4 / 62

第二話-1

しおりを挟む





 そんなわけで寝不足が祟り青い顔をした俺を、執事のラルフが気遣いながら学院まで送り届けてくれた。今日はまだ入寮の手続きだけで、入学式や新入生のパーティーなどは後日になっている。

 同室だと言うフレデリックがいつ来るかはわからないが、とりあえず荷物だけでも先に片付けて部屋から出よう。

 そう思いながら寮に向かっていると、ざわざわと人が集まっているのが見えた。門から入って、校舎と寮を行き来する広い煉瓦道に入ったところだった。

 遠目に見える噴水のあたりに人だかりがある。

 囁き合う声に耳を澄ますと、『殿下だ』『オーギュスト殿下が』という声が聞こえた。ギクリと身体をこわばらせた俺は方向転換して人波に逆らい歩き出す。

 昨日聞いたばかりの名前をいきなり耳にするとは思わなかった。動揺が顔に出ないようにしながらさっさと退散することにする。


 オーギュスト殿下はこの国の王妃の産んだ第二王子だ。第一王子は側室の子なので、優秀だとは言われているがありきたりな勢力争いが水面下では行われている。

 この国では、側室の子だろうが第一王子が王位継承権の第一位なのだが、オーギュスト殿下はちょっと事情が違った。
 偉大なる賢王と呼ばれた先王、つまりオーギュスト殿下の祖父にあたる方に容姿も能力もそっくりだったのだ。

 生まれたばかりの頃は白銀に煌めく髪と碧玉のような瞳の色が、先王似だと言われて喜ばれていた。しかし座学や剣術を始めるとその能力はあまりに高く、教師たちを驚かせたという。
 性格は奔放で少しばかり破天荒なところがあり、礼儀作法については少し努力が必要、というところまで先王の若い頃に似ているらしい。

 ……こんな噂話をし先王を懐かしむ有力貴族によって、オーギュスト殿下は王位を望まれるようになった。本人の望む、望まざるに関わらずだ。

 俺は特に殿下と親しいわけではないので、これについて彼がどう思っているのかは知らないが。俺個人的な感覚としては、面倒そうだなという印象だった。

「そこにいるのはジラール家のウォルフハルドではないか?」

 凛とした声がざわつく煉瓦道に響いた。
 しん、と一瞬周囲が静まり返り、次の瞬間一斉に生徒達の視線が俺の方を向く。
 ぎょっとして足を止めると人垣が割れて向こうから長身の人影が歩いてくるのが見えた。

 うわ、勘弁してくれ。いやいや高位から声かけられちゃ返事をしないわけにはいかないか。ここは爵位を持つ家の子の勤めとして、きちんと挨拶をしなければ。

「オーギュスト殿下、お目にかかれて光栄です。ウォルフハルドです」

 こちらは初めましてなはずだが?なんで俺の名前と容姿を知ってるんだ殿下は。

 内心では疑問が吹き荒れていたが顔には出さず、膝を折って頭を下げた。俯いた俺の視界の端にオーギュスト殿下の靴が入った、と同時にグイッと腕を掴まれて強制的に立ち上がる。

「堅苦しい礼はいらん。ここでは皆同じく学生だ。……先日、西の森の翼竜退治を請け負ってくれたそうだな。お前の戦いぶりは素晴らしかったと騎士団長も褒めていた」

 一瞬ポカンとして殿下の顔を見上げてしまった。

 殿下の艶やかな銀髪はクセのないストレートで、ずいぶん長く伸ばしているようだ。ゆるく結びリボンでとめられ、右肩にふわりとかかっている。
 ラフな場ではこうしているのか、妙に色気の感じられる様子だった。碧玉の瞳は吸い込まれそうな透明度で、肌の白さと合間って作り物のようだ。文句なしの美形と言って差し支えないだろう。
 アデラが見たら喜んで頬を染めるかもしれない。

 しかも俺を掴む手はがっしりとしていて力も強く、重心にブレがないので俺一人引っ張り上げたところでびくともしなかった。
 アデラの言う通り、彼も『ガチムチ』の一人で脱いだらすごい筋肉なのだろう。見る機会はないと思うが。

 そうそう、なんの話でしたっけ?と首を傾げた俺に、オーギュスト殿下の表情も強張る。
 あれ、『そう聞いたんだけど違うのか?』と戸惑ってるような顔だ。
 あーえーと、翼竜の討伐だって?領地ではお散歩感覚で狩りに行ってたからあまり印象に残っていなかった。
 ああ、あの時王都から派遣されていた騎士団の団長が例のマグナスか。今ようやく繋がったぞ。

「マグナス団長がですか。ありがとうございます、励みになります。……では殿下、私は入寮の手続きが」
「いや待て。そう急くな、少し話が聞きたいのだ。……おいエルヴェ!」

 俺の両腕を掴んだまま殿下は側近のエルヴェ・ヴァンドームを呼んだ。
 ああ、やめてくれアデラの言う攻略対象が続々と集まってくるじゃないか。なるべく関わらないように過ごしていこうと思っていたのに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートの威力はすさまじくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

処理中です...