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第二話-1
しおりを挟むそんなわけで寝不足が祟り青い顔をした俺を、執事のラルフが気遣いながら学院まで送り届けてくれた。今日はまだ入寮の手続きだけで、入学式や新入生のパーティーなどは後日になっている。
同室だと言うフレデリックがいつ来るかはわからないが、とりあえず荷物だけでも先に片付けて部屋から出よう。
そう思いながら寮に向かっていると、ざわざわと人が集まっているのが見えた。門から入って、校舎と寮を行き来する広い煉瓦道に入ったところだった。
遠目に見える噴水のあたりに人だかりがある。
囁き合う声に耳を澄ますと、『殿下だ』『オーギュスト殿下が』という声が聞こえた。ギクリと身体をこわばらせた俺は方向転換して人波に逆らい歩き出す。
昨日聞いたばかりの名前をいきなり耳にするとは思わなかった。動揺が顔に出ないようにしながらさっさと退散することにする。
オーギュスト殿下はこの国の王妃の産んだ第二王子だ。第一王子は側室の子なので、優秀だとは言われているがありきたりな勢力争いが水面下では行われている。
この国では、側室の子だろうが第一王子が王位継承権の第一位なのだが、オーギュスト殿下はちょっと事情が違った。
偉大なる賢王と呼ばれた先王、つまりオーギュスト殿下の祖父にあたる方に容姿も能力もそっくりだったのだ。
生まれたばかりの頃は白銀に煌めく髪と碧玉のような瞳の色が、先王似だと言われて喜ばれていた。しかし座学や剣術を始めるとその能力はあまりに高く、教師たちを驚かせたという。
性格は奔放で少しばかり破天荒なところがあり、礼儀作法については少し努力が必要、というところまで先王の若い頃に似ているらしい。
……こんな噂話をし先王を懐かしむ有力貴族によって、オーギュスト殿下は王位を望まれるようになった。本人の望む、望まざるに関わらずだ。
俺は特に殿下と親しいわけではないので、これについて彼がどう思っているのかは知らないが。俺個人的な感覚としては、面倒そうだなという印象だった。
「そこにいるのはジラール家のウォルフハルドではないか?」
凛とした声がざわつく煉瓦道に響いた。
しん、と一瞬周囲が静まり返り、次の瞬間一斉に生徒達の視線が俺の方を向く。
ぎょっとして足を止めると人垣が割れて向こうから長身の人影が歩いてくるのが見えた。
うわ、勘弁してくれ。いやいや高位から声かけられちゃ返事をしないわけにはいかないか。ここは爵位を持つ家の子の勤めとして、きちんと挨拶をしなければ。
「オーギュスト殿下、お目にかかれて光栄です。ウォルフハルドです」
こちらは初めましてなはずだが?なんで俺の名前と容姿を知ってるんだ殿下は。
内心では疑問が吹き荒れていたが顔には出さず、膝を折って頭を下げた。俯いた俺の視界の端にオーギュスト殿下の靴が入った、と同時にグイッと腕を掴まれて強制的に立ち上がる。
「堅苦しい礼はいらん。ここでは皆同じく学生だ。……先日、西の森の翼竜退治を請け負ってくれたそうだな。お前の戦いぶりは素晴らしかったと騎士団長も褒めていた」
一瞬ポカンとして殿下の顔を見上げてしまった。
殿下の艶やかな銀髪はクセのないストレートで、ずいぶん長く伸ばしているようだ。ゆるく結びリボンでとめられ、右肩にふわりとかかっている。
ラフな場ではこうしているのか、妙に色気の感じられる様子だった。碧玉の瞳は吸い込まれそうな透明度で、肌の白さと合間って作り物のようだ。文句なしの美形と言って差し支えないだろう。
アデラが見たら喜んで頬を染めるかもしれない。
しかも俺を掴む手はがっしりとしていて力も強く、重心にブレがないので俺一人引っ張り上げたところでびくともしなかった。
アデラの言う通り、彼も『ガチムチ』の一人で脱いだらすごい筋肉なのだろう。見る機会はないと思うが。
そうそう、なんの話でしたっけ?と首を傾げた俺に、オーギュスト殿下の表情も強張る。
あれ、『そう聞いたんだけど違うのか?』と戸惑ってるような顔だ。
あーえーと、翼竜の討伐だって?領地ではお散歩感覚で狩りに行ってたからあまり印象に残っていなかった。
ああ、あの時王都から派遣されていた騎士団の団長が例のマグナスか。今ようやく繋がったぞ。
「マグナス団長がですか。ありがとうございます、励みになります。……では殿下、私は入寮の手続きが」
「いや待て。そう急くな、少し話が聞きたいのだ。……おいエルヴェ!」
俺の両腕を掴んだまま殿下は側近のエルヴェ・ヴァンドームを呼んだ。
ああ、やめてくれアデラの言う攻略対象が続々と集まってくるじゃないか。なるべく関わらないように過ごしていこうと思っていたのに。
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