69 / 112
第二章 ツギハギ (26)
しおりを挟む「やはり術を使うだけあって、賢い女子なのだな。」
思わず溢れた唸るような独り言を漏らしながら、近藤は話しの続きを再開させる。
「婿殿は、総司のことであることないことミツさんに言いいつけ、それを聞いたミツさんは、総司に対してより厳しく接するようになったそうだ。
元から悪戯好きで、少し我が儘なところもある子だったから、彼女は総司が本当に悪さをしていると思ったんだろうなぁ。
一家の主を立て敬うことが武家の女の姿であるから、余計に婿殿の言葉を重んじたところもあるのかもしれない。」
先の見えた話しではあるが、鈴音は何も言わず耳を傾ける。
「厳しく躾ても、婿殿の不平不満は納まらない。
ミツさんからすれば、総司が言うことを聞かないという認識だったのだろうから、だんだんと疎ましく思えてきたのかも知れないな、総司が。」
一拍の間に、鈴音は視線を落とす。
「あいつが内弟子として試衛館(うち)に連れてこられた日のことは、今でもありありと目に浮かぶんだ。
捨てないでくれと、良い子にするからと。
喉が裂けるんじゃないかと心配になるくらい泣き叫んでいた総司の姿も。
一度もそれを振り返らず去って行ったミツさんの後ろ姿も。
……伸ばされた小さなあいつの手が、払いのけられた様子も……。」
自分に起きた悲劇を語るように、嘆かわしげに歪む顔と、冷徹に障子戸に向けられている顔。
あの男にすれば聞き慣れた話なのかもしれない。
それでも……。
大将と尊ぶ近藤が話しているなか、どこか集中しきれていない面持ちでいるのは、どうしてなのか。
先刻までは、そんな様子ではなかった気もするが……。
端正な造りの鬼の顔を盗み見ていると、丸く薄黒い影が上から下に流れ落ちていく。
綺麗な顔を不規則に辿って落ちる影を見て鈴音も障子に目を向けた。
格子状に組まれた木枠。
そこに貼り付けられた白い和紙。
その純白の上を、すりきれていない淡い墨の黒が落ちていく。
幾度も幾度も。
下へ向けて落ちていく。
あぁ、牡丹雪になったんだな。
少し大きな丸の影に、鈴音は寒さも増したんだろうと、再び土方に顔を戻し、そうして息をのんだ。
障子越しに雪を眺める顔。
そこに映る雪の影は、切れ長の瞳から頬を伝うように滑っていく。
「うちに来た翌日から、総司は俺に気に入られようと機嫌を取ったかと思えば、悪さをしでかしたりと、本当に目茶苦茶だった。
……そうなるに違いないよな。
幼い……ただでさえ寂しがりな子が、そんな仕打ちの中で生きてきたんだ。
総司の心も、同じように目茶苦茶だったんだろう。」
目尻に涙を溜めている近藤も、牡丹雪の影に視線を捉えられたようなこの男も同じなのだ。
表に見えたか見えないか。
ほんのそれだけのことである。
「今でこそ、あれほどに懐いてくれているがあの時はどう接して良いのかも分からず、たいへんだったなぁ。
なんせ原田君や永倉君達、今いる知己達も道場を出入りする前のことだったし、唯一顔をだしていたのは、源さんとトシだが……。
その時のこいつは、家業のついででたまに来るくらいだったから、源さんと俺一人でこの子をどうしてやろうかと毎日あくせくしたっけなぁ。
……考えればあの頃よりかは遠くまで来たものだな、トシ。」
「何言ってやがる、近藤さん。」
近藤に顔を向けた土方は困ったように笑う。
「まだまだだろ。
もっと上まで行かねぇと。
このくらいを遠いだなんて、年寄り臭ぇこと言うもんじゃねぇよ。
あんたがしっかりしてくんねぇと、俺たちは上れねぇんだから。」
これは手厳しいなぁ、と後頭部を撫でながら、近藤は土方から困り笑顔を貰い受ける。
そんな友の肩に拳を軽く押し当て笑う鬼。
鈴音は二人に気付かれないように、火箸でそっと炭を転がした。
自分の存在が、この場には不必要なものに思えたからだ。こっそり部屋を後にすることも考えるが、それはそれで場違いさを際立たせてしまうようにも思え、仕方なく炭を虐める。
話しの本筋がズレてしまったことを常のように正さないのは、近藤の昔語りに鬼も忍びない気持ちを抱えていたからなのだろう。
居心地の悪さを炭で誤魔化すしかない鈴音ではあったが、旧友同士の戯れを見ていると顔の筋肉が弛んでいくのを感じた。
ここに来てまだ間もなくはあるが、月を約二つは共に過ごしている。そんな中、こんなふうに二人が掛け合う様を、目にする機会は多くなかった。
だが、本来はこうなのであろう。
駆け上がるにはあまりにも急な坂道の上に夢を見ている時は、きっと毎日をこんな風に過ごしていたのかと、京に上る前の彼らを密かに胸に描いていると、近藤が、「あ。」と声を上げる。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる