茜空に咲く彼岸花

沖方菊野

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第二章 ツギハギ(15)

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 土方がこちらに視線を投げている。

 覇王の言葉だけでは物足りないというのだろうか。

 覇王と自分に大きな差があるわけでもないのに、何故尋ねてくるのだろう。

 出た結論を繰り返すことを手間に思いながらも、鈴音は覇王の言葉に折り紙を添えてやる。


「あぁ。

呪具とか魔具の類いで呪いにかかった奴らは、それを壊せば元に戻ってきた。

だから、その西洋のはるめるんだかはるめろんだかの笛も、壊せば呪い自体は解けるはずだ。」


 近藤の不安げな面持ちに、さらに言葉を続ける。


「絶対なんて言えねぇけど……

でも、今まで道具で呪いにかかった奴が、道具を壊した後、

元に戻らなかったのを見たことがないから、戻るよりのことなんじゃねぇの。」


 多分。


 ぽろりと溢れそうになった余計な一言を、鈴音は口の中で転がす。


「そうか。
それなら、可能性は高いということなんだな。」


 爪の先ほど不安を残した近藤の顔が柔らかさを取り戻す。


「俺だってさっき説明してんのに……。

なぁ、葛ノ葉。」


 小さな声でぼやいた覇王の声は、鈴音と葛ノ葉にしか聞き取られなかった。

 だからといって、一人と一匹が何かしらの反応を見せる訳ではない。

 ただ、黙って座っているだけである。

 完全なる無視であった。


「それで、さとりの居場所は。」


 視線を向けられたままの問いかけに、鈴音が仕方なく話し出す。


「基本は山の中にいるけど、今回は町に降りてきてっから正直居所は分からねぇんだよな。

ただ、友達探してるとかほざいてたから、またすぐに姿を見せるはずだ。

今回、しくじってるしな。

あいつ、負けず嫌いなんだ、お前らに似て。

だから、絶対ぇしくじった分は取り返しにくるはずだ。」


 聞き捨てならない言葉に土方が腕を組む。


「おい、負けず嫌いのお前らってのは何だ。誰のことだ。」


「だははははははっ。
言われてやんのぉっ。」


 覇王がこれでもかと腹を抱えて笑い出す。


「ら、なのだ。」


 突如口を開く斉藤に、隣の藤堂の顔が曇る。


「あの……斉藤さん……。」


「斉藤、何だよ、らって。」


 先刻の一件を忘れてしまったのか、やけに明朗な様子の永倉。


「ん。

らというのは、複数を表す。

つまり、その女が指す負けず嫌いとは、副長と覇王樹のことだ。

笑える身分ではない。

そう、言いたかったのだ。」


 藤堂が止めるのも間に合わず、斉藤の言葉に覇王の唾が飛び散る。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。

お前らのとこの副長芋侍は知らねぇが、俺は負けず嫌いなんかじゃねぇし。」


 それが、そのものなのだ。

 覇王を見つめる鈴音の目が細くなる。


「誰が芋侍だ。
てめぇのそういうところが負けず嫌いだと言われてるんじゃねぇのか。」


「偉そうに言ってっけど、お前もな。

お前も言われてんだからな。」


 人差し指で指しながら腹を抱える覇王の膝から狐が立ち上がる、と、一拍もなしにその身を艶やかな女の様に変える。


「はっ……べっぴんの姉ちゃん……。」


 永倉が立ち上がる。


 その気配に小競り合いから我を取り戻す覇王は、はっとしながら美女と様変わりした葛ノ葉に向けて腕を広げた。


「かぁぁぁぁぁっ。

綺麗な女はやっぱ最高だな。

大奥なんてもんを作りたがる理由が分かるぜ。

ま、俺はお世継ぎのためなんかより、ただ目の保養と楽しむためだけに作りたいがな。」


 ほら、葛ノ葉と、童を呼ぶように広げた腕を動かす覇王。

 頬笑む葛ノ葉の白い腕が、覇王へ伸ばされていく。

 そうして、鼻の下が伸びきった男の耳が、思い切り抓り上げられた。


「いででででででででででっ。

葛ノ葉っ……。」


「長い……。」


「切れる切れる切れるっ。

耳と顔が切り離れるって。」


 引き上げられる痛みに堪えきれず、覇王は腰を上げていく。


「俺、まだ話しが終わってででででででっ。
ちょっ離して、葛ノ葉ちゃんっ。」


「無理……。
長いわ、樹……。」


 鈴音が障子戸を引く。

 冷たい風と雪が縁を越えて部屋に舞い込んでくる。そんな風情ある客人と入れ替わるように、足がまだ自立できていない覇王が引きずられていく。


「あ、待ってくれ。
綺麗な姉ちゃん。」


 葛ノ葉の後を追いかけるため駆け出した永倉の足を、鈴音が刀で引っかける。

 派手に転んだがむしゃらな男に艶っぽい熱を帯びた流し目を残しながら、葛ノ葉は荷物を引いて去っていく。

 それを腹ばいになった男が、涙を浮かべ見送る。


 こんなことが今後も続くのだろうか。


 妖物にしろ、覇王にしろ……。


 面倒なことばかりじゃねぇか。


 苛立ちが額に痛みを残したままの土方は、白に光る雪の庭を見ながら、凝った肩に手をあてるのであった。



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