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第二章 ツギハギ(13)
しおりを挟む「そいつは、羽召流(はめる)の笛だ。」
膝頭に頭を乗せている狐の頭を撫でながら、覇王は口を開く。
急な呼び出しに男は不機嫌さを滲ませてはいるが、その声音に真剣さが見られないわけでもない。
壬生寺でのさとり騒動の後、近藤達はすぐに屯所へ戻り、軍議を開くために幹部を広間に招集した。
その日の予定に含まれていない軍議は、急を要する事案であるため、新選組の組長達はすぐに広間に集まってくる。
そんな中、何日かぶりの非番だった永倉は、井上の呼び掛けにも寝覚めが悪く、機嫌もすこぶる悪くあった。
年長者である井上が部屋の外から声を掛け続けるが、布団に潜り込み居留守を装おうとする。
「折角の休みなんだ。
あとで平助達から聞けば良いだろ。
どうせ、今日は非番なんだからな。」
ひとりごち、再び深い眠りの世界に駆け出そうとした永倉は、廊下を踏み割らんとするような鬼の足音に、脱兎のごとく部屋を飛び出す。
着の身着のままの寝間着姿であったが、鬼の金棒を頭にたたき込まれるよりかは、幾ばくもましに思えた。
ちらと土方を見やる。
無表情でこちらを見つめている深い黒の眼差しに吸い込まれるように、自身の瞳が合わさってしまう。
慌ててうつむくが、瞳から伝導してきた怒りの篝火は、自身を赤々と照らしているかのようだった。
隠れ蓑さえも燃やし尽くされそうな気分に、後悔が重なる。
大人しく源さんの指示に従って、起きてりゃよかった……。
「トシ、どうした。」
話しを進めようとしない土方を、近藤が覗き込む。
「何でも無ぇんだが……。
いや、何にもねぇはずだったんだが……。
仕事が一つ増えちまったと思ってよ。」
「ん。
さとりのことか。」
「いいやそうじゃねぇんだが、こっちはこっちで大事な用なんでよ。
たるんでる連中には非番なんざ与えるもんじゃねぇなぁ、やっぱり。」
事情を知らずとも日頃の行いと痛いほどの鬼の眼差しの行方から、近藤と覇王以外の全員が事態を察する。
熱と痛みを感じる張り詰めた空間がさっと開かれ、鈴音が広間に踏み入った。
「遅かったな。」
障子戸の側に腰を下ろした鈴音を振り向きもせず、覇王は声をかける。膝に頭を乗せた大きな犬ほどの狐が頭をもたげた。
「あぁ。
静代にすぐ戻れないって伝えてきた。
あいつ、心配性だから。」
「心配性って、親じゃあるまいし。
良い歳した大人なんだからよ。」
覇王は鼻で笑いながら、持ち上がった獣の頭に掌を滑らせる。
「げっ……。
葛ノ葉……。」
あからさまに嫌な反応を見せた鈴音に、狐の尾が左右に振られる。
「連れてくるのは不本意だが、俺もお楽しみの最中だったんでな。
終わり次第すぐにしけこみたいからよ、連れてきたんだ。」
ご勝手に。
そんな言葉が相応しい顔つきで、鈴音は肩をすくめた。
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