47 / 112
第二章 ツギハギ(4)
しおりを挟む
土方がおもむろに立ち上がる。
鈴音は顔を上げ、押し入れをまさぐる後ろ姿を見守っていると、近藤が耳元で囁く。
「あいつはな、あぁ見えて意外と負けず嫌いなんだ。
本当に細かい、どうでも良いようなことでも
譲りたくないような奴でな。」
内緒話を楽しむ子供のような面持ちだ。だが、こっそり隠し事を共有された方は、小首を傾げる。
「今、負けるとかなんかの勝負してたのか。」
「ん。
いやいや、それはだな……。」
「使え。」
土方の声に近藤から目線を動かすと、膝元に座布団が投げつけられる。
「はぁっ。
いらねぇよ。
こんな汚い座布団。」
「誰の座布団が汚ぇとぬかしてやがる。
座るのが嫌なら、足の上にでも乗せてろ。
それなりに温かいぞ。」
「なんで座布団に座られなきゃなんねぇんだか。
いらないから仕舞えよ。」
「うっせぇんだよ。
わざわざ持ってきてやったんだ。
黙って使いやがれ。」
「そ、それでだな、ふ、二人とも。」
収集がつかなくなっては困ると、近藤は声を張り上げ会話を切り替える。
二人は少し尖ったような視線を向け合っていたが、土方がふんっと逸らすと、
鈴音も火鉢の方へ焦点を定めた。置き場所を失った座布団は、指示に従ってか知らずか。胡座をかく足の上に乗せ直される。
それを見た鬼が得意げな顔になっていることは、近藤しか気付いていない。
呆れた笑みを土方に送っては、落ち着いた声で近藤が話しを始めた。
「奉行所で小耳に挟んだんだが、近頃、子供が行方不明になることが多くあるらしいんだ。
何でもいなくなる時までは普通にしているそうなんだが、突然ふらっと歩いて消えて
しまうようで、どこを探しても見つからないと聞いた。」
「自分からいなくなってんなら、人さらいって訳じゃなさそうだな。
ただ家出が続いただけなんじゃねぇのか。
ガキの頃は俺もよくやったがな。」
「皆が皆、お前みたいなバラガキじゃないからな。
一人二人ならそれも考えられる。
だが、全員が家出となると無理があるように思えてなぁ。
それに子供が姿を消す前に、笛の音色を聞いたという者がいるらしいんだ。
道化についていったにしては、人数が多いようにも思って……。
もしや何かの妖物かと考えたんだが。
どうだろうか、鈴音さん。」
う~んと唸りながら、近藤は鈴音に問いかける。
「子供をさらう妖怪も幽霊もいるのはいる……けど……。
その笛の音っていうのが分からねぇ。
あたいが知ってる限りでは、そのまま子供を連れ去ったり、八つ裂きにしたりとか、食ったりするって奴らくらいだ。
ご丁寧に笛の音奏でて連れてく奴なんざ、聞いたことがない。」
外から鳥のさえずりが聞こえる。
鈴音はその音色の後に、再び口を開く。
「でも、昔、樹から聞いたことがある。
その時はちゃんと聞いてなかったから、細かく覚えちゃいねぇが、
異国に笛の音鳴らして子供を連れ去る化け物がいるって。」
驚嘆の色が顔に滲む近藤は、前のめりになりながら鈴音に問いかける。
「異国から妖物が入ってきたりするものなのか。」
「そこがよく分からないけど、何百年と日本がある中で、
異国の妖物の情報がそんなに多く無いってことは、可能性が低い気もする。」
「じゃぁやはり、トシの言うように普通に家出が続いただけなのか。」
「そうと決めつけるのも、まだ早いぜ、近藤さん。」
腕を組みながら黙って聞いていた土方が言葉を発した。鈴音を切れ長の目で一瞥すると言葉を続ける。
「今までとは話しが違う。
今は異国から鉄の塊に乗り込んで人やら物やらが入り込んでくる時代になってきてんだぜ。
表だっていようが、そうでなかろうが、船がありゃ何でも入ってこれんだろ。
物も人間も、動物も……妖物だってな。」
「確かに、そうだ……。」
近藤の首が大きく縦に動いた。
鈴音は顔を上げ、押し入れをまさぐる後ろ姿を見守っていると、近藤が耳元で囁く。
「あいつはな、あぁ見えて意外と負けず嫌いなんだ。
本当に細かい、どうでも良いようなことでも
譲りたくないような奴でな。」
内緒話を楽しむ子供のような面持ちだ。だが、こっそり隠し事を共有された方は、小首を傾げる。
「今、負けるとかなんかの勝負してたのか。」
「ん。
いやいや、それはだな……。」
「使え。」
土方の声に近藤から目線を動かすと、膝元に座布団が投げつけられる。
「はぁっ。
いらねぇよ。
こんな汚い座布団。」
「誰の座布団が汚ぇとぬかしてやがる。
座るのが嫌なら、足の上にでも乗せてろ。
それなりに温かいぞ。」
「なんで座布団に座られなきゃなんねぇんだか。
いらないから仕舞えよ。」
「うっせぇんだよ。
わざわざ持ってきてやったんだ。
黙って使いやがれ。」
「そ、それでだな、ふ、二人とも。」
収集がつかなくなっては困ると、近藤は声を張り上げ会話を切り替える。
二人は少し尖ったような視線を向け合っていたが、土方がふんっと逸らすと、
鈴音も火鉢の方へ焦点を定めた。置き場所を失った座布団は、指示に従ってか知らずか。胡座をかく足の上に乗せ直される。
それを見た鬼が得意げな顔になっていることは、近藤しか気付いていない。
呆れた笑みを土方に送っては、落ち着いた声で近藤が話しを始めた。
「奉行所で小耳に挟んだんだが、近頃、子供が行方不明になることが多くあるらしいんだ。
何でもいなくなる時までは普通にしているそうなんだが、突然ふらっと歩いて消えて
しまうようで、どこを探しても見つからないと聞いた。」
「自分からいなくなってんなら、人さらいって訳じゃなさそうだな。
ただ家出が続いただけなんじゃねぇのか。
ガキの頃は俺もよくやったがな。」
「皆が皆、お前みたいなバラガキじゃないからな。
一人二人ならそれも考えられる。
だが、全員が家出となると無理があるように思えてなぁ。
それに子供が姿を消す前に、笛の音色を聞いたという者がいるらしいんだ。
道化についていったにしては、人数が多いようにも思って……。
もしや何かの妖物かと考えたんだが。
どうだろうか、鈴音さん。」
う~んと唸りながら、近藤は鈴音に問いかける。
「子供をさらう妖怪も幽霊もいるのはいる……けど……。
その笛の音っていうのが分からねぇ。
あたいが知ってる限りでは、そのまま子供を連れ去ったり、八つ裂きにしたりとか、食ったりするって奴らくらいだ。
ご丁寧に笛の音奏でて連れてく奴なんざ、聞いたことがない。」
外から鳥のさえずりが聞こえる。
鈴音はその音色の後に、再び口を開く。
「でも、昔、樹から聞いたことがある。
その時はちゃんと聞いてなかったから、細かく覚えちゃいねぇが、
異国に笛の音鳴らして子供を連れ去る化け物がいるって。」
驚嘆の色が顔に滲む近藤は、前のめりになりながら鈴音に問いかける。
「異国から妖物が入ってきたりするものなのか。」
「そこがよく分からないけど、何百年と日本がある中で、
異国の妖物の情報がそんなに多く無いってことは、可能性が低い気もする。」
「じゃぁやはり、トシの言うように普通に家出が続いただけなのか。」
「そうと決めつけるのも、まだ早いぜ、近藤さん。」
腕を組みながら黙って聞いていた土方が言葉を発した。鈴音を切れ長の目で一瞥すると言葉を続ける。
「今までとは話しが違う。
今は異国から鉄の塊に乗り込んで人やら物やらが入り込んでくる時代になってきてんだぜ。
表だっていようが、そうでなかろうが、船がありゃ何でも入ってこれんだろ。
物も人間も、動物も……妖物だってな。」
「確かに、そうだ……。」
近藤の首が大きく縦に動いた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる