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第二章 ツギハギ(1)
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格子窓を開くと冷気とともに白い塊が舞い込んでくる。風の冷たさに思わず目を細めながら、土方は開いた窓を閉め、首を縮めた。
「見てる分には綺麗だが、
こう、毎日毎日しんしんと降られたんじゃたまったもんじゃねぇな。」
濡れ色の黒髪の上で水滴と変わった雪の名残をさっさと払う。
手足もかじかむ寒い日には、褞袍(どてら)や綿の詰まった袢纏に袖を通したいところであるが、そんなものに回す予算が新選組にはない。だからといって持ち合わせている着物に綿を入れて使おうとする者も、ほとんどいなかった。
喧嘩や畑仕事、剣しか知らぬ男達に、小さな刃を振るい布を縫い合わせていく能力など、小指の爪の欠片もないのである。
こうなってくると、誰かからの差し入れを待つか、馴染みの女に綿入れを頼むか、借金をして防寒具を借りるか、盗むかの四択、ほぼ三択しかない。
土方は進まなくなった書簡の筆を止めたまま、郷里から届いた綿入りの袢纏を思い返す。
四つ歳の離れた姉、とくが弟を想って送ったものである。
幼くして両親を亡くしている土方を親のように可愛がり、育てたのがとくであった。竹を割ったような清々しい性格であり、優しく気配りに長けた人である。
そんなとくから送られてきた袢纏を、土方は沖田に譲った。
近頃、咳き込む様子を見かけることが多くなった、まだ若い弟のような剣士を想っての行いである。
お節介な兄役に、普段であれば憎まれ口を叩くものの、
連日の雪の寒さでその小憎さが凍ってしまったのか、わりと素直に土方の想いは受け取られた。
それどころか随分と気に入っているようで、肩に暇があれば袢纏を掛けている、
そんな様子である。
土方同様、沖田も幼くして両親を亡くし、姉が親代わりを努めていた。
ただ、沖田家の事情もあり、甘えたい盛りの歳にしか満たない沖田は、姉から離れ一人、近藤の道場・試衛館の内弟子として暮らしていくことになる。
その分は、土方よりも孤独な青年であったのかもしれない。
おちゃらけてひょうひょうとして見せる沖田から、時折覗く冷めたような内面は、姉に求めても得られなかった、埋め合わせができなかった部分によるものではないか。
袢纏を嬉しそうに羽織った沖田の顔が思い出され、書簡を書く気力が一層失われた。
癖になりかけている舌打ちを鳴らしてしまう。
筆に視線を向けることに嫌気が差し、後ろ手に手を付きながら天井を仰ぎ見る。
朝餉を済ませてから部屋に籠もり、ほぼ同じ姿勢で筆を走らせ続けていたため、肩が重く感じられた。
肩甲骨をぐっと寄せ合い、胸を天に向け突き上げる。肩と背にじんわりと痛みが
走るが、それは強ばっていた筋肉が自由を得られた心地の良いものでもあった。
背中が温かい。
ふと、そんなことに気がついた土方は、ほぐれていく肩越しに振り返る。
自身の真後ろに置かれている火鉢が視界の片隅に映った。
最後に火鉢を見た時は、部屋の中央に置かれていたはずだったが、気付けば背面に移動している。土方の寒さを慮った火鉢が勝手に歩いてきたということはない。
体ごと向きを変え、土方は火鉢に手をかざす。
じんわりとした温かさが、冷えた指には痛く感じられた。
指の関節を曲げ伸ばしさせながら、鼠がかった灰の山から部屋の片隅に視線を移すと、最近できた小姓が、土方の書簡を順に並べながら、墨が乾くのを見守っている。
「見てる分には綺麗だが、
こう、毎日毎日しんしんと降られたんじゃたまったもんじゃねぇな。」
濡れ色の黒髪の上で水滴と変わった雪の名残をさっさと払う。
手足もかじかむ寒い日には、褞袍(どてら)や綿の詰まった袢纏に袖を通したいところであるが、そんなものに回す予算が新選組にはない。だからといって持ち合わせている着物に綿を入れて使おうとする者も、ほとんどいなかった。
喧嘩や畑仕事、剣しか知らぬ男達に、小さな刃を振るい布を縫い合わせていく能力など、小指の爪の欠片もないのである。
こうなってくると、誰かからの差し入れを待つか、馴染みの女に綿入れを頼むか、借金をして防寒具を借りるか、盗むかの四択、ほぼ三択しかない。
土方は進まなくなった書簡の筆を止めたまま、郷里から届いた綿入りの袢纏を思い返す。
四つ歳の離れた姉、とくが弟を想って送ったものである。
幼くして両親を亡くしている土方を親のように可愛がり、育てたのがとくであった。竹を割ったような清々しい性格であり、優しく気配りに長けた人である。
そんなとくから送られてきた袢纏を、土方は沖田に譲った。
近頃、咳き込む様子を見かけることが多くなった、まだ若い弟のような剣士を想っての行いである。
お節介な兄役に、普段であれば憎まれ口を叩くものの、
連日の雪の寒さでその小憎さが凍ってしまったのか、わりと素直に土方の想いは受け取られた。
それどころか随分と気に入っているようで、肩に暇があれば袢纏を掛けている、
そんな様子である。
土方同様、沖田も幼くして両親を亡くし、姉が親代わりを努めていた。
ただ、沖田家の事情もあり、甘えたい盛りの歳にしか満たない沖田は、姉から離れ一人、近藤の道場・試衛館の内弟子として暮らしていくことになる。
その分は、土方よりも孤独な青年であったのかもしれない。
おちゃらけてひょうひょうとして見せる沖田から、時折覗く冷めたような内面は、姉に求めても得られなかった、埋め合わせができなかった部分によるものではないか。
袢纏を嬉しそうに羽織った沖田の顔が思い出され、書簡を書く気力が一層失われた。
癖になりかけている舌打ちを鳴らしてしまう。
筆に視線を向けることに嫌気が差し、後ろ手に手を付きながら天井を仰ぎ見る。
朝餉を済ませてから部屋に籠もり、ほぼ同じ姿勢で筆を走らせ続けていたため、肩が重く感じられた。
肩甲骨をぐっと寄せ合い、胸を天に向け突き上げる。肩と背にじんわりと痛みが
走るが、それは強ばっていた筋肉が自由を得られた心地の良いものでもあった。
背中が温かい。
ふと、そんなことに気がついた土方は、ほぐれていく肩越しに振り返る。
自身の真後ろに置かれている火鉢が視界の片隅に映った。
最後に火鉢を見た時は、部屋の中央に置かれていたはずだったが、気付けば背面に移動している。土方の寒さを慮った火鉢が勝手に歩いてきたということはない。
体ごと向きを変え、土方は火鉢に手をかざす。
じんわりとした温かさが、冷えた指には痛く感じられた。
指の関節を曲げ伸ばしさせながら、鼠がかった灰の山から部屋の片隅に視線を移すと、最近できた小姓が、土方の書簡を順に並べながら、墨が乾くのを見守っている。
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