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ツムギノカケラ(13)
しおりを挟む「……幽霊がさ……魔のモノになんのは、無念を晴らすためだったり想いが行き過ぎてなっちまうことが多いんだ。
勿論、そんな奴ばっかりじゃなくて、訳分かんないことで魔のモノになる奴もいるんだけどよ。」
土方が鼻で笑ってみせる。
「幽霊ってのは元が人間なんだろうが、死んでも変わんねぇもんなんだな。」
そんなことが面白いのか。
鈴音からすれば当然のことになってしまっていることを、土方は笑って聞けるのだ。
「そりゃ性格的なもんは変わらねぇよ。
変わっちまうのもいるが。」
沈黙を挟み、女は言葉を繋げる。
「こいつは……橋の魔は、辻斬りにあって死んだ女の霊だ。」
「辻斬り。」
土方の顔が曇る。
「あぁ。
全部が分かる訳じゃねぇが、妖物の念が強いと祓うときに、記憶が流れてくることがあるんだ。
橋の魔は夜道を歩いていたら、急に川に斬り捨てられた。
それが許せなくて、その恨みが一線を越えて魔になっちまったんだと思う。」
「……だから、刀を持った連中が襲われたのか。」
「あぁ。
自分を斬った奴を殺したいと思うが、夜道の一瞬のことで顔すらも分からない。
晴らしどころのない恨みが爆発しちまって、誰かれ構わず襲うようになったんだろな。」
土方は何を考えるのだろうか。どんな相手に斬られたのか定かではない。
だが、同じ帯刀を許される者として、このことをどう思うのか。
墓を一点に見つめる土方の顔が優しく緩む。
「お前の無念は俺たちが晴らそう。
いつになるのか、そんなことの約束はしちゃやれねぇが、一人でも多く不逞の輩を
片付けてやる。
どんな理由で辻斬りなんざやったのかは知らねぇが、そんなことがあって良いはずがねぇんだ。
何の忠義も持たずてめぇの勝手な理由で抜刀する奴なんざ、
武士の風上にも置けねぇ。
そんな野郎が侍だ志士だを名乗ってると思うと虫唾が走るぜ。」
怒っている。
横顔から見える瞳の炎が燃えていた。穏やかな表情で石に声を掛けているが、言葉の端々や瞳、背負う空気がぴりっと刺激を放っているのが鈴音にも伝染してくる。
新選組は農民から武士に成り上がったと静代から聞かされていた。
武士になりたいと憧れ、真の志と忠義を胸に、武士としての作法・所作を本物の
侍よりも意識してきたのだろう。
偽物だからと、それを揶揄されないように。
自分達に恥のないように。
徹底してらしく振る舞ってきたのだ。
そんな真っ直ぐな男が手前の欲に熱されて刀を振るう輩など許せるはずもない。
あぁ、そうか。
それ故に泣く子も黙る鬼が生まれ、隊士が恐れる局中法度なる鉄の掟が作られたのか。
「そんな連中を、この京の町から取り締まる。だから、お前は人なんざ襲ってねぇで、ここで成仏してやがれ。
あとは全部、俺たちに任せな。」
皮膚が所々厚くなった掌が石の塔に重なる。
何百年ぶりなのだろう。
本物の武士を久々に目にした。
面白い。
鈴音は密かに笑みを浮かべる。
蒼い連中だ。
どこまでその実が蒼くあれるのか、それは誰にも分からない。
だが本物に焦がれた侍達が、どこにどう突き進んでいくのか。
鈴音は彼らの道が気になった。行き着く先を近くで見ていたい。そのために必要となるのが霊力であるのなら、出し惜しみなく貸してやりたいと、
小さな笑顔とともに、心中の底で秘めるのであった。
「どうしたのじゃ。
面白くなさそうな顔をして。」
見るからに老人と分かる一人の爺が、遠目に土方と鈴音の様子を窺っていた。
河川敷でのやり取りを、余すことなく、見つめていた爺は、途中で合流した女に声をかける。
女は機嫌が悪いのか、笑むことも忘れたままむっすりとした顔で、爺と同じように橋の下に視線を向けていた。
「気に入らぬか、鈴音が。」
返事をしない女に下卑た笑みを浮かべ、
再度質問を投げかけるが、言葉が返されることを、あまり期待はしていなかった。
「まさか。
気に入らないのは、土方の方ですよ。」
少し低めの声が答えを返してきたことに、爺の眉根がわずかに反応する。
「あそこにあの女を交らせたのは、貴様ぞ。」
「そうですよ。」
「鈴音を取られそうで面白くないのか。
あんな汚らしい女の何に拘る。
お前は霊力だけに拘っていると、いつも答えるが
本当にそうじゃろうか。
中身はさて置き、身体は磨けば良い女じゃろう。
だが、それが目当てという訳ではあるまい。」
「色恋の楽しさが身体だけに変わった老いぼれには、何も分かりませんよ。」
女はくるりと踵を返し、その場を後にする。
遠ざかって行く下駄の音を耳に、一人残された爺はニヤニヤと独りごちた。
「積年の恨み、必ずや晴らしてくれよう。
その邪魔を再びするというのであれば、
諸共、滅するのみよ。」
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