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第一章 ヒトダスケ(21)
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赤ん坊のようにわめき散らかしながら橋の魔が広間に滑り入ろうとするのを、
鈴音が蹴り上げる。
上半身を仰け反らせ庭に倒れ落ちていく。
廊下の軒が、魔の頭で微かに削れる。
「んなどでかい図体で入って来られたんじゃ迷惑なんだよ。
外出ろや。」
鬱陶しそうに頭を書く鈴の女は、突き刺さっていた白きものを引き抜き投げ捨てる。
弓なりのそれは、動物の牙に見えた。鋭く尖った先端は赤く濡れている。
「す、鈴音さん。
怪我をしてるじゃないか。」
今更気がついた近藤が、沖田の背を押すように身を乗り出す。
「早く手当を。」
「近藤さん、危ないです。」
前屈みになった体位を戻しながら、近藤を再度後ろに押し込む。
「人の心配なんて良い。
あんたら、その一畳から一歩も出るんじゃねぇぞ。
今の状況であたいが気に掛けてやれる範囲は、その一畳だけだ。
死にたくねぇなら気に食わなかろうが、今はそこから出ないことだな、お前も。」
鈴音の頭が、土方を振り返る。
土方は、何も言わず一畳に足を擦り入れた。
大の男が十名。たった一畳の中にその身を納めているのだ。かなり窮屈である。
それでも今は、鈴音の言葉に従うことが得策であると、眼前の敵を目にした彼らは、一畳にしっかりと身を寄せ合う。
体勢を整えた橋の魔が叫ぶ。
悲しい声だ。
鈴音は人知れず眉を下げながら、抜刀する。
おぼろげな月明かりが、白銀を照らす。
よく手入れを施した欠けのない刃に、青白い閃光が走る。
痛みに痺れる右肩から赤い滴が伝うのを振り払い、鈴音は駆けだした。
おされてやがる。
左右の眉根を近づけながら、土方は庭での戦闘を見つめていた。
一撃一撃が素早い時もあれば、遅い時もある。鈴音が何かを気にしながら戦闘に
挑んでいるのが土方には見てとれた。
最初は自分達のことかと、考えもしていたがどこか違う様子である。
何なんだ、あの戦い方は。
全然身が入ってねぇじゃねぇか。
肩に力が入りにくくなってきた。
鈴音は妖物の口から吐かれた牙を、顔前で払い落とす。たかだか牙数本を払うだけのことであるが、肩にかかる負担が日頃の倍に感じられた。
くそっ。
霊力を込めながら妖物の隙に刃を振るうが、視界を長い前髪がうろつき一撃が遅れる。
受け止められる刃。
押し込もうと力を入れるが、その分肩への痛みも走る。
滲み垂れ流れる赤い滴。
守りの薄くなった傷口を見ると、橋の魔の口がニヤリと裂けた。
自由な長い腕が、鈴音の傷を狙う。
鋭利な爪が伸びきった手を、すかさず素手で掴む。
霊力を込めることを意識した腕は、素手とはいえ妖物の腕と互角の力を持つ。
鈴音は、邪魔な髪の間に間からニタニタ笑う化け物を見つめる。
掴み合っていては、どうにもならない。力比べになれば、確実に負ける。
今の体力と負傷具合、一畳と道場に集まるお荷物のことを思えば、持久戦すら危うい。
焦りの音色を奏でる鈴は、左に全てを薙ぎ払い後ろに飛び退く。
跳ねる際、妖物が再度傷口を狙ってきたため刀で横に斬りつけた。
腐敗が見られる腕が、広間に転がり込む。
斬られた腕の先端から血飛沫が上がり、それを見た妖物が嘆きの声を上げる
「傷ばっか狙ってきやがって。
とんだ性悪女じゃねぇか。
意地の悪い奴だぜ。
どうせ、生きてる時もそんな性格だったから理性を失っても、
その部分だけ残ってんだろ。」
じりじりと痛む肩に手を添える。出血が酷いのは、傷を無理に動かしていることだけが原因ではなさそうだ。
呪いか。
突き刺さった牙に呪いが掛けられていたのか。
鈴音は顔をしかめる。
呪いは祓わなければ、やがては体全体に巡る。そうなってからでは回復に時間を
要し、手遅れになれば死ぬ。
ま、あたいが死ぬかは別の話だが。
少し後ずさりながら、橋の間の後方に目をやると、長い尻尾の先がなくなっている。
戦闘の最中、斬り離したのは鈴音であるが、その先が見当たらない。
おそらく、蛇の尾は隙を見て道場に向かったのだろう。
どんな意味で考えようと、やはり時間がないことだけは明白だった。
想いというものほど、尊く恐ろしいものはない。
皆殺しにしたいという妖物の念が、動くはずのない尾までも動かしたのだ。
恐れ入ったよ、その執念深さには。
鈴音は、鼻から大きく息を吐きながら、構えていた腕を下ろした。
鈴音が蹴り上げる。
上半身を仰け反らせ庭に倒れ落ちていく。
廊下の軒が、魔の頭で微かに削れる。
「んなどでかい図体で入って来られたんじゃ迷惑なんだよ。
外出ろや。」
鬱陶しそうに頭を書く鈴の女は、突き刺さっていた白きものを引き抜き投げ捨てる。
弓なりのそれは、動物の牙に見えた。鋭く尖った先端は赤く濡れている。
「す、鈴音さん。
怪我をしてるじゃないか。」
今更気がついた近藤が、沖田の背を押すように身を乗り出す。
「早く手当を。」
「近藤さん、危ないです。」
前屈みになった体位を戻しながら、近藤を再度後ろに押し込む。
「人の心配なんて良い。
あんたら、その一畳から一歩も出るんじゃねぇぞ。
今の状況であたいが気に掛けてやれる範囲は、その一畳だけだ。
死にたくねぇなら気に食わなかろうが、今はそこから出ないことだな、お前も。」
鈴音の頭が、土方を振り返る。
土方は、何も言わず一畳に足を擦り入れた。
大の男が十名。たった一畳の中にその身を納めているのだ。かなり窮屈である。
それでも今は、鈴音の言葉に従うことが得策であると、眼前の敵を目にした彼らは、一畳にしっかりと身を寄せ合う。
体勢を整えた橋の魔が叫ぶ。
悲しい声だ。
鈴音は人知れず眉を下げながら、抜刀する。
おぼろげな月明かりが、白銀を照らす。
よく手入れを施した欠けのない刃に、青白い閃光が走る。
痛みに痺れる右肩から赤い滴が伝うのを振り払い、鈴音は駆けだした。
おされてやがる。
左右の眉根を近づけながら、土方は庭での戦闘を見つめていた。
一撃一撃が素早い時もあれば、遅い時もある。鈴音が何かを気にしながら戦闘に
挑んでいるのが土方には見てとれた。
最初は自分達のことかと、考えもしていたがどこか違う様子である。
何なんだ、あの戦い方は。
全然身が入ってねぇじゃねぇか。
肩に力が入りにくくなってきた。
鈴音は妖物の口から吐かれた牙を、顔前で払い落とす。たかだか牙数本を払うだけのことであるが、肩にかかる負担が日頃の倍に感じられた。
くそっ。
霊力を込めながら妖物の隙に刃を振るうが、視界を長い前髪がうろつき一撃が遅れる。
受け止められる刃。
押し込もうと力を入れるが、その分肩への痛みも走る。
滲み垂れ流れる赤い滴。
守りの薄くなった傷口を見ると、橋の魔の口がニヤリと裂けた。
自由な長い腕が、鈴音の傷を狙う。
鋭利な爪が伸びきった手を、すかさず素手で掴む。
霊力を込めることを意識した腕は、素手とはいえ妖物の腕と互角の力を持つ。
鈴音は、邪魔な髪の間に間からニタニタ笑う化け物を見つめる。
掴み合っていては、どうにもならない。力比べになれば、確実に負ける。
今の体力と負傷具合、一畳と道場に集まるお荷物のことを思えば、持久戦すら危うい。
焦りの音色を奏でる鈴は、左に全てを薙ぎ払い後ろに飛び退く。
跳ねる際、妖物が再度傷口を狙ってきたため刀で横に斬りつけた。
腐敗が見られる腕が、広間に転がり込む。
斬られた腕の先端から血飛沫が上がり、それを見た妖物が嘆きの声を上げる
「傷ばっか狙ってきやがって。
とんだ性悪女じゃねぇか。
意地の悪い奴だぜ。
どうせ、生きてる時もそんな性格だったから理性を失っても、
その部分だけ残ってんだろ。」
じりじりと痛む肩に手を添える。出血が酷いのは、傷を無理に動かしていることだけが原因ではなさそうだ。
呪いか。
突き刺さった牙に呪いが掛けられていたのか。
鈴音は顔をしかめる。
呪いは祓わなければ、やがては体全体に巡る。そうなってからでは回復に時間を
要し、手遅れになれば死ぬ。
ま、あたいが死ぬかは別の話だが。
少し後ずさりながら、橋の間の後方に目をやると、長い尻尾の先がなくなっている。
戦闘の最中、斬り離したのは鈴音であるが、その先が見当たらない。
おそらく、蛇の尾は隙を見て道場に向かったのだろう。
どんな意味で考えようと、やはり時間がないことだけは明白だった。
想いというものほど、尊く恐ろしいものはない。
皆殺しにしたいという妖物の念が、動くはずのない尾までも動かしたのだ。
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