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4.人見知りぼっち令嬢、入れ替わる。
しおりを挟む『まさかこんな大騒ぎになるなんて……』
侵入者騒動の渦中、安全な部屋へと移されたレイネ?は内なる声に耳を傾けつつ、自身の考えが上手くいった事に安堵した。
「……ここまで騒ぎになればみんながみんな自分を守るために必死になるはずだ。これで部屋の不自然な血痕の事なんて誰も気に留めないだろ」
『え、で、でも、騒ぎが収まったら誰かが調べるんじゃ……』
「そうなる頃にはあの部屋もきれいに掃除されてるだろ。ならどうとでも言い訳はできる」
例えば必死に抵抗したら犯人が倒れて頭をぶつけて血を流しただとか、部屋にあった果物ナイフがたまたま犯人に刺さっただとか、証拠が探しようもなければ多少、怪しまれても誤魔化しきれるだろう。
『そ、そっか……それなら安心ですね…………』
「ああ…………」
「『……………………』」
話す事がなくなり、互いに黙る二人。いや、傍から見れば一人なのだが、現状、彼、あるいは彼女の身体には二つの精神が宿っている状態のため、表現的には二人という方が正しい。
『…………と、というか、あの、その、どなたか分かりませんが、そろそろ私の身体をか、返してくれませんか?』
互いに何を聞けばいいか分からない状況で話を切り出したのは意外にも引っ込み思案な元のレイネだった。
「……返せと言われても、一体どうしろってんだ?なんでこうなったかも分からないのに」
『え、えっと、それは……その、ど、どうにかして?』
もっともなレイネ?の言葉に元のレイネはしどろもどろになりながら、最終的に投げ出したも同然の返しで答える。
「……とりあえずお前も、俺も、何一つ分かっていないって状況なのは分かった。ひとまずは現状の整理からだ」
『え、ええと、現状の整理……?』
ため息を一つ、そして一呼吸の後でそう切り出したレイネ?と姿は見えないながらも小首を傾げているであろう元のレイネ。
二人に起こっている現象は現状、理屈も原因も分かっていない。
だからまずは置かれている状況を把握してこれからの行動指針を決めようという話なのだが、いかんせん、元のレイネにはレイネ?の意図が伝わっていないらしい。
「…………いいか、まず俺達はどういう理屈か分からないが、この身体に精神が共存しいている状態だ。それは分かるな?」
『は、はい……げ、現に今、こ、こうやって話してますし…………』
「じゃあ次についさっき殺されかけて、その犯人を謎の鎖で撃退した。そうだな?」
『え、えっと、そ、そうですね……そ、その辺りの記憶は曖昧ですし、げ、撃退したのも、わ、私じゃないですけど…………』
表情は見えないながらも、元のレイネがどうしてわざわざそんな分かりきった事を聞くのだろうと怪訝に思っているのがレイネ?にも伝わってくる。
「……それで、予想外の反撃を食らった犯人は撤退、駆けつけたメイドに保護されて、今に至る……この認識で間違いないな?」
『そ、そう、ですよ?で、でも、なんでそんな事を…………』
「…………俺達の記憶に齟齬がないかの確認だ。見ているものが同じだとして、お互いにどこまで認識が合っているか、擦り合わせる必要があると思ったんだよ」
『は、はぁ……』
それに何の意味があるのかと、いまいち納得していない様子の元のレイネを他所に、レイネ?は言葉を続ける。
「……俺達は共通の認識を持っていても、お互いの考えてる事までは分からないだろ。別にそれが証明になるわけじゃないが、俺がお前の別人格って可能性も捨てきれないからな」
『べ、別人格……ですか?』
「ああ、殺されかけたストレスで生まれたっておかしくはないだろ?まあ、それでもあの鎖の存在が謎だけどな」
自分では想像する事もできない可能性に言及している辺り、別の人格説はないんじゃと思う元のレイネ。
確かに状況が状況だっただけにレイネ?の言っている事も十分にあり得るが、それだと説明のつかないあるだけにやはりその可能性は低いだろう。
『えっと、その、なんと呼べばいいのか分かりませんが、貴方と私の状況の置かれた状況はひとまず理解しました。それで、ここから私達はどうしたら…………』
「…………」
『……ちょっと、ど、どうして黙るんですか!?何か言ってくださいよ』
黙りこくってしまったレイネ?に元のレイネは焦り、言い募る。さっきまであれだけ饒舌だった彼?のその様子は、言い表しようのない不安となって元のレイネに襲った。
「……どうしたらって言われても、俺がそんなこと知るわけないだろ」
『そ、そんなぁ……』
困り果て、絶望に暮れる元のレイネに対し、流石に思うところがあったのか、レイネ?頬を搔きながら、小さなため息と共に口を開く。
「…………元に戻る方法は知らんけど、ひとまずは今までのお前の生活に支障が出ないよう善処する。だから、まあ、その、なんだ、頑張れ?」
『…………ふ、ふふっ……身体を動かしてるのは貴方なのにどうして私が頑張るんですか。変なの』
最後の方は明らかに言葉に困ったであろうレイネ?の発言だったが、その意図は元のレイネにきちんと伝わったらしい。表情が見えないながらも、明るげな笑い声が頭の中に響く。
ひとしきり笑い終え、少しは気持ちが晴れたのか、元のレイネはこれからの方針を前向きに考えようとする。
『……元に戻る方法が分からない以上は貴方に任せるしかありませんからそこはお願いします。でも、そんなに気を遣わなくても大丈夫です。多少、普段と違うと思われたところで、問題ないでしょうから』
「?暗殺者に襲われたからショックでおかしくなったって誤魔化せるって事か」
『いえ……まあ、それもありますけど…………』
煮え切らない様子に疑問を覚えたレイネ?が他に何かあるのかと問い返すと、彼女は自らにあった出来事をぽつり、ぽつり語り始めた。
「――――なるほど、つまり謂れのない罪を着せられて、そのカイゼン?殿下とやらを寝取られたと」
『寝取っ……いや、まあ、はい……要約すると概ねその通りです……』
正確に言うなら、寝取られたかどうかはまだ分からないが、最早、そこは誤差といって差し支えない。重要なのは罪を着せられ、婚約破棄を言い渡された部分なのだから。
「……俺にはその真偽は分からないが、本当ならあの暗殺者はそのカイゼン殿下の差し金かもな」
『っそんなわけ…………』
「ないって言い切れるほど、アンタは殿下の事を知ってるのか?」
レイネ?の返しに元のレイネは言い返す事ができない。
確かに彼女とカイゼン殿下の関係は婚約者ながらに希薄だった。
元のレイネは何か言われるのが怖いと常にビクビクし、殿下はその様子を見てさらに苛々を募らせる……二人の……少なくともカイゼン殿下には愛はなかったのだろう。
暗殺者の目的は自殺に見せかけてレイネを殺す事。犯行の粗さは少し目立つが、丁寧に筋書きまで用意して得意げに語っていたところをみるに、レイネ?の挙げた可能性は十分に有り得た。
「……まあ、可能性を挙げるなら殿下を寝取ったその新しい婚約者とやらも怪しいから一概には言えないがな。どちらにしろ、誰かに狙われているという事実は変わらない。なら、それ相応の対策をしないと」
ここにいるのは自分一人なのに、頭の中で気まずくなるという奇妙な体験をしたレイネ?が空気を誤魔化すべく、その話題を終わらせ、話を続けるのだった。
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