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ぼっちJK 千影華子の怪異譚

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 千影ちかげ華子ハナコ 16歳――――職業 高校生 兼 霊伐師れいばつし


 人に仇なす霊を狩る。それが私の仕事だ。


「――――はぁ……この調子じゃ今日も徹夜かしらね」

 向かってくるを前にため息を吐いた私は迫る一撃をぎりぎりで避け、隙だらけの胴目掛けて手に持った大鎌を振り抜いた。

「グギャァァァァァッ!!?」
「……五月蠅い。さっさと消えなさい!」

 断末魔を上げる異形に対し、止めと言わんばかりに大鎌を頭に突き立てて完全にその存在を消し去り、次の相手を見据える。

「…………これは残業代をもらわないと割に合わない……まあ、やるしかないわね」

 目に映る十数体の異形に文句を呟きつつ、大鎌をくるくると弄びながら構え、全てを狩るべく私は駆け出した。

――――キーンコーンカーンコーン

 寝不足の頭に響くチャイムに顔をしかめながら私は自分の席に着き、喋り始めた先生の話を無視して机に突っ伏す。

 どうせ朝の話なんて大したことは喋らないから聞き流しても問題ないだろうし、こっちは徹夜で働き詰めだったんだからここで寝ておかないとやってられない。

 そう思いながら目を瞑っている内に先生のお話が終わったらしく、周囲が喧騒に包まれる。

 昨日見た番組がどうだとか、この動画が面白いだとか、次の授業面倒くさいだとか、他愛もない話を友達同士で話している中、一人で机に突っ伏している私はまあ、浮いているのかもしれない。

……これは別に私がぼっちってわけじゃない。のせいで寝不足だから寝てるんだし、友達がいないわけじゃないし。

 寝不足のせいだろうか、どうでもいい事ばかりを考えてしまう。ここまで眠いならいっそ学校を早退してしまおうかと、考えたその時、目の前に気配を感じて思わず顔を上げる。

「おはよう、千影ちかげさん。もうすぐ授業が始まるよ?」
「あ……?う……ありがとう。えっと、山田……さん?」
「あ、あはは……私は山本だよ。あんまり話した事ないのに急に話しかけてごめんね」
「え、あ、ご、ごめんなさい山本さん。私、ちょっと寝ぼけてて……」

 珍しく話しかけられた事と名前を間違えてしまった事も相まって慌てた私が謝ると、山本さんは苦笑いを浮かべながら去ってしまった。

あ、せっかく話しかけてくれたのに……ってあれは…………

 交友を広げるチャンスを不意にしてしまったと落ち込む私の視界……というより、去る山本さんの背後に黒い影が映り、寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。

「……私の縄張りで面倒な事を起こさないでほしいのだけど」

 やらなければならない仕事が増えた事による倦怠感と、自らの生活圏内にが現れた事による怒りが同時に湧き上がり、私は席から立ち上がって、教室を出て行った山本さんの後を追った。

……とはいえ、人に憑いた霊を取り除くのは簡単な事じゃない。憑いた人への影響を無視すれば祓えるけど、流石にそこを配慮しないわけにはいかないわね。

 授業が始まってからも山本さんを観察し、どうしたものかと頭を悩ませる。このまま放っておけば山本さんの生気を霊が吸収してその力を増し、彼女はどんどん衰弱してしまう。

 いや、それだけならまだいい……一番怖いのは霊が山本さんと入れ替わる事だ。

 そうなってしまったが最後、霊を祓ったとしても山本さんの魂は死に、空っぽの身体だけが残るという最悪の結末に至る。

……それだけは絶対に阻止しないと……もし、最悪の場合に至った時は……ううん、そうなる前にどうにかするしかない。

 霊伐師の間でも霊と人との入れ替わりの条件は明確に分かっておらず、また、あの霊がいつから彼女に憑いているかも分からないため、ぐずぐずしている暇もない。

「……こうなったら多少強引な手段を取るしかないわね」

 何が引き金になるか分からない以上、早急に片をつける必要がある。そう思った私は山本さんを連れ出す算段をつけてその機会を待った。

 そしてお昼休憩、周りのみんながお弁当を取り出したり、学食へと向かう中、私は山本さんの後をつけて一人になった瞬間を狙い、彼女を人のこない空き教室へと連れ込んだ。

……字面だけ見ると犯罪臭が凄いけど、これも彼女を守るため……うん、仕方ないわ。

 誰にするでもない言い訳と共に教室のドアを閉め、山本さんへと向き直る。

「ええっと……その、これはもしかして私、なにかされちゃう感じですか?……なんて…………」

 急に連れ込まれた事に困惑しつつも、冗談交じりに笑う彼女だったが、私の表情から真剣な空気を察したらしく、そこで言葉を止めた。

「……ごめんなさい山本さん。緊急事態だからって少し強引な手段を取った事は謝罪するわ。突然だけど、今から私の話す事を聞いてほしいの」
「え……あ、えっと……その話す事って…………」
「それは――――」

 戸惑う山本さんへ私は今の貴女は霊に憑りつかれている危険な状態だからそれをどうにかするために協力してほしいと、全てをストレートに伝えた。

 何も知らない一般人に霊関連の事情を話すのは御法度……そもそも話したところで与太話と一笑に付されるのがオチだろう。

 しかし、話を聞いた彼女の反応は私の予想に反したものだった。

「えーっと、つまり千影さんは幽霊が視える人で、私に幽霊が憑りついているからそれを祓ってくれるってこと?」
「……ええ、大まかに言えばそういう事になるわね。ここまで素直に受け入れられるのは予想外だったけれど」
「へー……そっか、
「…………やっぱり?」

 まるで最初から私に目をつけていたと言わんばかりの物言いに違和感を覚え、思わず怪訝な顔をして問い返す私に対して彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべる。

「うん、実は少し前から千影さんの事が気になっていたんだー。もしかしたら視える人かもって。で、今日、私の跡をつけてきた時点で確信したの。だからこうして?」

 先程までの雰囲気とは打って変わり、どこか妖しげな空気を纏った彼女は頬を染め、恍惚とした表情で私を狙うように舌なめずりをしていた。

「っ……そう、どうやら私は勘違いしていたみたいね。これは自分の迂闊さと未熟さを呪うべきかしら」

 祓うために連れ込んだつもりが、誘い込まれたのは私の方だったらしい。

 山本さん……いや、はおおよそ正常な人間とは思えない不気味な動きを見せる。

「ううん、千影さんは悪くないよ。私って隠れるのが上手だから…………こんな風にみーんな騙されるんだぁ!!」
「っ!?」

 瞬間、彼女の右腕が異様に膨張し、鋭い鉤爪状と化して襲い掛かってきた。

「――――あれ?おかしいな。痛みも感じる間もなくと思ったのに……もしかして千影さんって、視えるだけじゃない人だったりします?」

 間一髪のところでその一撃をかわした私に対し、不思議そうに小首を傾げる彼女だったナニカ。

 異形と化した右腕を除けばまだ山本さんの姿を保っているだけにより一層、不気味に見える。

「……さあ、どうかしらね。自分で確かめたら?」
「うーん……それもそっか。でも、このままここで騒ぎを起こしたら後が困るし……どうしようかな……」
「……ここで消えるのに後の事を考える必要があるの?」
「あははっ言うねぇ~でも、困るのは千影さんも一緒だよね?だから……ちょっと、場所を変えようか」

 私の煽りを受けて無邪気そうに笑ったソレがそう言って指を弾くと同時に景色が切り替わり、いつの間にか見覚えのない教室らしき場所へと飛ばされていた。

「っこれは……生前の記憶の再現……!?」
「――――そ、良く知ってるね千影さん。結構、便利なんだよね。コレ。疲れるけど、この中で起こった事は外に影響もないから気兼ねなく暴れられるんだぁっ!!」

 驚く私へ本性を現した化け物が容赦なくその腕を振り下ろしてくる中、それをギリギリのところで避け、ひとまず態勢を整えるべく、教室を飛び出して廊下を疾走する。

「あれぇどうして逃げるのかなぁぁちぃかぁげぇさぁんんん――――」

 最早、何も隠す必要がなくなったのか、腕だけでなく、全身を異形の化け物と化したソレは教室のドアを吹き飛ばして私の後を凄い勢いで追ってきた。

「っまさかここまでの霊がずっと近くに隠れ潜んでたなんて……完全に予想外だわ」

 走りながら追ってくる異形の怪物の動向に気をつけつつ、現状の整理と打開を考えるべく、頭を回す。

……まず、私が山本さんだと思っていたものは大分前から霊が入れ替わった姿だった。そして私みたいに視える人間に目を付けてはわざと霊としての姿を見せ、おびき寄せ、襲う……たぶん、それを何度か繰り返していたんでしょうね。

 身の回りでそんな事が起こっていたのに気付けなかったのは霊伐師として不甲斐ないけれど、今は反省よりもあの化け物をどうにかする方が先決だと思い、逃走しながら周囲を見回した。

この空間は間違いなく、あの霊の生前の記憶……今のところ直接、私の方に危害を加える要素はないみたいだけど、この空間を形成できる時点でかなりの力を持っている証拠だから油断はできない……これ以上、成長される前に一気に仕留める……!

 曲がり角で急加速し、そこにあった階段を駆け上がって追ってくる化け物との間に高低差を作って思いっきり跳躍。空中で身を翻して手を後ろにかざす。

「――――魂装顕現・死浄ノ大鎌」

 私の鍵言と共に黒塗りの大鎌が翳した手の中に顕現。それを振りかぶり、落下する勢いを乗せて迫る化け物目掛けてそのまま振り抜いた。

「アアあぁぁ?ナに……こレ……ワぁぁぁァッ!!?」

 身体の半分を切り裂かれ、意味が分からないといった様子で叫び声を上げて転げまわる怪物。

 その断末魔染みた声に顔をしかめながらも、ふわりと着地して体勢を立て直した私は再び大鎌を構えて化け物を見据える。

「はぁ……五月蠅いわね。山本さんの振りをしていた時の余裕はどこにいったのかしら?」
「嗚呼アァァぁ……なンでコんなヒどイイここトスるのノ…………?」

 ため息を吐いてからなんとなく煽り混じりの言葉をぶつけると、怪物は山本さんの声でどこか悲しげにそう問い返してきた。

「…………どうして、というならこれが私の仕事だからよ。人に仇なす霊を狩る……そこにどんな想いや事情があろうと関係ない。だからその問いにはこう答えるわ。貴女が山本さんを始めとした何の罪もない人達を殺したから、と」
「ッ~ああ嗚呼嗚呼アアァァぁァ!!」

 もう何もかもをかなぐり捨て、人を喰らうという本能のままに向かってくる怪物を前に、私は大鎌を斜め後ろに振りかぶり、超低空姿勢から思いっきり斜めに振り上げる。

「――――さようなら。誰かも分からない名もなき霊さん」

 黒い軌跡をなぞった大鎌の一閃は怪物を過たず寸断して、叫び声を上げる暇すらなく切り祓い、形成された生前の空間が静かに崩れ去った。


 山本さんに成り代わった霊を切り祓った翌日も、学校での日常は何事もなかったかのように流れる。

 あの空間で起きた出来事は現実には知覚されないから、当然と言えば当然なのだけど、成り代わった山本さんを祓った以上、彼女はもう登校してくることはない。

 そもそも、山本さんはあの怪物に成り代わられた時点でもうこの世にいないのだから、そういう言い回しはおかしいのだけれど。

 たぶん、その内に山本さんは行方不明扱いとして騒ぎになるかもしれないが、まあ、その辺は上のお偉い方が上手く誤魔化すだろう。

「……はぁ、疲れた」

 どこか暗い考えをため息と共に吐き出し、そんな台詞を漏らした私は無意識の内に山本さんの席に視線を向け……その光景に目を見開いた。

「な、んで……そこに、貴女がいるの……?」

 まるで何事もなかったかのようにその席に座るは私の視線に気付いたのか、笑みを浮かべて近付いてくる。

「――――おはよう、千影さん。今日もよろしくね」

 昨日と何も変わらない笑顔で挨拶してきた彼女を前に私はただただ茫然とその姿を見返す事しかできなかった。
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