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第四章 魔女のルーコと崩壊への序曲

第143話 曲げられない意思と王都の闇

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 炎翼の魔術師グロウが去ってから少し経った頃、私達はとある理由からまだギルドの地下にある試験会場に残っていた。

「――――まさかルーコちゃんの後遺症がここまで酷いなんて……」

 今回の特例試験で審判を務めたエリンが、横たわり、呻く私を見て心配そうに眉根を寄せる。

 というのも、グロウが試験会場をを後にしてすぐ、私はその場で勢いよく吐血してしまい、さらには鼻血まで出てきて、まともに立つ事ができない程、ふらふらになってしまった。

 そのためこの場を離れようにも離れられなくなってしまったので、ひとまず私が動けるようになるまで休憩する事になり、今に至る。

「まあ、リオーレン曰く、生きているのが不思議なほど酷かったらしいから、後遺症も致し方ないよ。その辺りはルーコちゃん自身が一番分かってるんじゃないかな」
「……これが無茶をした代償なのは私も納得してますよ。ないに越した事はないですけど」

 仰向けに横たわりながら私はアライアの言葉に反応を示す。そもそも、今回の試験で私は掠った事はあれど、まともに攻撃を受けてはいない。

 まあ、一発でもまともに受けた時点で私は戦闘不能になっただろうから、食らう訳にはいかなかったって言うのもあるけど。

 ともかく、攻撃を受けていないにも関わらず、どうして私が吐血して鼻血まで出し、こうして横たわっているのか……それはたぶん、思い付きの行動で至った境地の反動と魔法をかわすために急制動を繰り返したからだ。

 確かに銃杖を使った本気の戦闘は初めてだし、リオーレンから内臓が脆くなっていると言われてはいたけど、まさか自分の速さにも耐えられないとは思いもしなかったし、ここまで遅れて症状が現れるのも完全に予想外だった。

「でもここまで酷いと今後の活動にも支障が出るんじゃ…………」
「それはそうだけど……現状、リオーレンでも治せない以上はどうしようもないよ。できる事といえばルーコちゃんになるべく負担の少ない戦闘方法を提案してあげる事くらいかな」
「その戦闘方法でルーコちゃんがこうなってるのだけど?」

 いくら魔女であるアライアでも、治癒に関しては最高峰の技術を持つリオーレンが無理と判断した後遺症はどうしようもない。

 だからこそ言った通り、彼女は私に銃杖という新たな戦闘手段を提案してくれた。

 実際、そのおかげで今回の試験を乗り越えることができたのだが、私が少し無茶を通したせいで後遺症を引き起こしてしまったのがこの現状……つまるところ、私の力不足という事だ。

「そう言われると流石に言い返せないね……」
「いや、あれはルーコちゃんが悪いですね。高速挙動の方はともかく、あの魔術?のようなものは想定を超えた無茶な使い方ですから。だいたいルーコちゃんは――――」
「まあまあ、落ち着いてくださいノルンさん。ルーコちゃんもきちんと反省してますから、ね?」
「は、はい……ちゃんと反省してます!ごめんなさい!」

 もう長いお世話はごめんだと謝り倒す私とサーニャが庇ってくれた事もあり、どうにか再度、ノルンからのお説教を受けずに済んだ。

た、助かった……流石にもうあの長いお説教は勘弁だからね……

 ノルンの長いお説教を思い出してあんなものはもうごめんだと、思わず私は身震いする。

今回……ううん、これまで私は自分よりも強い相手に無茶な賭けをする事で乗り越えてきた。

 森を出る時の魔物や長老、ジアスリザードの群れに死体の集合した怪物、そして死遊の魔女と炎翼の魔術師……いずれも賭けに出ざるを得ない相手だった。

 きっとこれからも私は自分よりも強い相手と戦っていく事になる。

 そしてその度に無茶な賭けに出るだろう。

 お説教は嫌だけど、そうしなければ生き残れないし、進むこともできない……だから私は誰に何を言われようとそこを曲げる事はできなかった。

「…………療々の賢者でも治療できない症状……可能性があるとしたらやっぱり――――」
「……エリン。何を考えているのかは想像がつくけど、それは期待するだけ無駄な可能性だ。は私達の意思で動かせるようなものじゃないからね」

 私達のやりとりを他所になにやら真剣な表情で考え事をしているエリンに対してアライアが窘めるような言葉をかける。

 会話の内容は少し抽象的であまり分からなかったけど、たぶん、私の後遺症の事を話しているんだと思う。

「?二人共、何の話をしてるんですか」
「……別に大した話じゃないよ。ね、エリン?」
「……ええ、何でもありません。ちょっと絵空事を考えていただけです」

 同じく二人の会話が気になったらしいサーニャが尋ねるも、答えは得られず、そのまま触れられずに話は流されてしまった。

……二人の会話の内容は気になるけど、私が聞いてもはぐらかされるだけだろうから仕方ないか。

 ここで追及をする事はできるが、いつも私の事を案じてくれるエリンとアライアがあえて離さないという事は本当に何でもないのかもしれない。

 そこから少し経ち、鼻血も止まって体調も落ち着いたところで、エリンに別れを告げ、私達はギルドの地下を後にする。

 目的であった特例試験を無事に終える事はできたものの、正式な認定のために王都に向かわなければならなくない。

 そのため、これからどうするかを話し合う必要があると思っていたのだが、どうやらみんな知っていたらしく、このまま王都に向かう事になった。

……これは余談だけど、私が知らなかった事を知らなかったみんな……というより、主にトーラスから荷物の量を考えたら普通にわかるだろ、特訓のし過ぎでそこまで頭も回らなくなったか?と馬鹿にされたので、後ろからお尻を思いっ切り蹴飛ばしてあげた。

 当然ながらトーラスは怒ってし返そうとしてきたけど、アライアの影に隠れて安全圏を確保した私はべーっと舌を出して煽り返す。

 もう恒例みたいになってきた私とトーラスのじゃれ合いにも似た喧嘩を前に、アライアはやれやれと苦笑いを浮かべながらも、仲裁に入るのだった。










――――時は少し進み、ルーコ達が王都に向けて出発しようとしている頃。

 特例試験を終えたグロウは王都に戻ると、ギルドでのやりとりを経て抱いた疑念を晴らすべく、大臣への面会を取り付けていた。

「……それで?炎翼の魔術師グロウ=レートよ。お前は二等級魔法使いの小娘に敗れただけでなく、我らが嘘を吐いているなどとふざけた妄言をのたまうつもりか?」

 対面し、真意を問うたグロウに対して大臣の反応は冷ややか。失望を隠そうともせずに目を細め、言外な圧力を強める。

「…………私は王に忠誠を誓った身。悪戯に陥れるつもりなど毛頭ありません。私が知りたいのは真実のみ……もし、間違っているというのならこの場で処罰してくださって一向にかまいません」
「………………なるほど。扱いやすい駒だと思っていたが、流石にもう誤魔化し切れないか」

 長い長い沈黙の後で大臣の口から飛び出したのは肯定とも取れる不穏な言葉。扱いやすい駒というのが誰を指すのか……それは子供でも分かる答えだろう。

「大臣……その言葉は肯定、そして私への侮辱と取ります。いくら貴殿といえど看過はできません」
「看過はできないか……まあ、確かに今のはこちらの口が過ぎたな。その詫びといってはなんだが、お前の知りたがっている真実を見せてやろう」

 真実を伝えるだけなら口頭で済むはずなのに見せると表現した大臣の言葉に疑問を覚えつつも、その後をついてある場所へと案内されるグロウ。

 そこでグロウが何を見たのか……それを本人の口から聞く事はもう叶わない。

 何故ならその日以降、彼は親しい人にも告げる事なく、消息を絶ってしまったのだから。
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