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第四章 魔女のルーコと崩壊への序曲

第140話 二等級魔法使い対炎翼の魔術師

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 今、私の目の前で腕を組み、侮蔑の視線を向けてくるのは国からこの特例試験のために派遣された〝賢者〟に一番近いと言われる〝炎翼の魔術師〟グロウ=レート。

 向こうからすれば私は何か不正な手段を使って称号を得ようとしている不届きな小娘という認識だからその態度になるのも仕方ないのかもしれないけど、それでも遅刻してきた事を謝らなかったり、関係ないエリンにもそれを通すのは違うと思う。

……あんな人に負けたくない。今の私の実力で絶対なんて言えないけど、それでも合格してみせる……私のために色々してくれたみんなへ顔向けできるように。

 心の中で決意を新たにした私は真っ直ぐグロウの方を見つめ、いつ試験が始まっても大丈夫なように身構える。

「……なるほど、準備は万端という訳か。まあ、私としてもこんな些事に時間を割きたくはないからな。さっさと始めようか――――ギルドマスター、合図を」

 私の様子を見たグロウは懐から少し短く赤い杖を取り出して構え、エリンへ始めの合図をするように促す。

もう叶わないけど、本当なら一級試験はブレリオさんに……ううん、そんなこと考えても仕方ない。今の私にできるのは誰が相手でも合格できたって証明する事だけだ。

 瞑目し、息を吐き出した私は腰に備え付けられた革製の装具から銃杖を引き抜き、合図の瞬間を待った。

「……それではこれよりルルロア二級魔法使いの一級、並びに魔術師昇格特例試験を始めます。ルールはどちらかが降参、あるいは意識を失ったら終了。危険と判断した場合は止めに入ります……よろしいですね?」
「ああ、問題ない」
「……私も大丈夫です」

 エリンの最終確認に対し、グロウと私が頷き、同意。互いを見据えながら戦闘態勢に構える。

「分かりました。それでは改めて、これより試験を開始します。双方、構えて――――始め!」

 開始の合図がなされたと同時に私は強化魔法を発動させて視力を補強、そのまま駆け出して真正面からグロウに突っ込んだ。

「真正面からの特攻とは愚かな……どうやらこの試験は一瞬で終わ――――」
「『風を生む掌ウェンバフム』」

 私の事を大したことのない小娘くらいの感覚で下に見ているグロウにならこの手は通じると思った。

 真正面からの突撃に見せかけ、銃杖を真横に向けた私は呪文と共に風を放って加速。グロウの視界から消え、その背後へと回った私はその隙だらけの背中へ思いっきり蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ……舐めるなぁ!!」
「ッ……!?」

 完全に油断しているその隙を突いた筈の蹴りに対してグロウは咄嗟に反応し、片腕を盾に強化魔法を纏って私を吹き飛ばす。

……完全に隙を突いたと思ったのに防がれるなんて……賢者に一番近いっていう肩書は伊達じゃないって事か。

 空中で身を翻しながら体勢を立て直し、一旦、距離を取りつつも、次の攻め手を考える。

「…………チッ、流石にある程度の実力はあったか。ならこちらもそれ相応の対応はさせてもらう」

 やはり、今の一撃でグロウの意識を刈り取れなかったのはまずかった。グロウは私に対する改めたらしく、油断なくこちらの動きを注視している。

これでもうさっきみたいな不意打ちは通用しない……ここからは純粋な実力勝負になる…………。

 正直にいってそうなってしまった現状は私にとってかなり不利だ。元から純粋な実力面に不安がある事に加え、今は後遺症という枷がある。

 いくら銃杖でその部分を補っているとはいえ、限界はあるし、下手に攻撃を受ければ弱っている内臓が傷ついて血反吐を吐き、試験を止められてしまうかもしれない。

「……つまり私は攻撃を極力受けないようにしつつ、あの人を倒さないといけない……大分、厳しい条件かも」
「何をぶつぶつ言っているのかは知らないが、今度は私から行くぞ――――『火連弾フィアコンフィ』」

 短い杖を振るったグロウが呪文を唱えていくつもの火球を生み出し、私目掛けて撃ち放ってきた。

「ッ『風を生む掌』!」

 迫る火球を再び魔法を撃ち放つ事で避け、そのまま速度に乗ってかく乱すべく、グロウの周りを旋回するように動き回る。

「ちょこまかとよく動く……ならこれでどうだ」

 かわし続ける私に焦れたのか、グロウは少し苛立った様子で杖を振るい、今度は火球の数を倍以上に増やして襲い掛かってきた。

「この数は……まずっ!?」

 当たらなければ数を増やして面で制圧する……確かに効果的だが、実際にそれをやるのは難しい。けれど、グロウは苛立ちながらもそれを容易くやってのけ、その結果として私は避けきれずに何発か火球をかすってしまった。

っ今のままならぎりぎり致命傷は避けられる……でも、もしこれ以上に増やされたらもう…………こうなったら一気に距離を詰める……!

 多少の被弾を覚悟で火球の隙間を縫い、グロウとの距離を詰めて勝負をかけようとする。

「っ距離を詰めて私の魔法を封じるつもりか?そうはさせん!」
「何を……!?」

 私の狙いに気付いたグロウはすでに展開している火球を近くの地面へと撃ち放ち、火炎と土煙で即席の防壁と煙幕を作り出した。

「ッこれじゃあ近付けない……!まさかこんな搦め手を打ってくるなんて……」

 あの不遜な態度からして自分の実力に自信を持っているであろうグロウは格下の私を相手にする以上、力押しで強引に仕掛けてくると思っていた。

 それだけに、この一手は完全に予想外。

 咄嗟に反応する事もできず、グロウに詠唱する時間を与えてしまった。

「〝羽ばたく紅翼、触れるもの全てを染め上げ、迫る苦難を燃やし尽くす……世界を枯らし焦がす業炎〟――――」

 火炎と土煙渦巻く中、響く詠唱は四小節……それは紛れもない魔術行使の前兆。そしておそらく、この局面で飛び出す魔術は間違いなくグロウの切り札だ。

枯紅の炎翼クレイザーム

 瞬間、呪文と共に魔術が成り、圧倒的熱量を孕んだ深紅の爆炎が辺り一帯の全てを吹き飛ばす。

「くっ……なんて熱量…………」

 近付こうとしていたとはいえ、私とグロウの距離は離れている。にもかかわらず、グロウの魔術が放つ熱がここまで伝わり、私の肌をじりじりと焦がしていた。

「――――ここまでの非礼を詫びよう、ルルロア二級魔法使い。正直に言って私は貴殿を侮っていた。実力もない小娘が不正に魔術師へ手を掛けようとしている、とな。しかし、実際に戦ってみて分かった。貴殿は強い……だからこちらも最大限の魔術を持って応えさせてもらおう」

 律儀に頭を下げてそう言ったグロウは私を真っすぐ見据え、杖を構えながら自身の背に生えた深紅のを展開して攻撃を仕掛けてくる。

ッ速……!?

 放たれた深紅の翼は魔力で強化された視力を以ってしても捉えきれない速度で迫り、辛うじて避ける事ができたものの、その一撃は私の脇腹を掠めた。

「ぐっ……のぉっ!」

 掠っただけでも焼けつくような痛みが襲う攻撃をまともに受けるわけにはいかない。私は痛みを気合で捻じ伏せ、銃杖をそれぞれグロウと付近の地面に向けて構える。

直線の風矢スレイントローア』『白煙の隠れ蓑モクロークビシティ

 銃杖に魔力を注ぎ、引き金を弾いて二つの魔法を放つ。一つは真っ直ぐグロウへ突き進む風矢、もう一つは着弾したその瞬間に不透明な白煙を辺りへと撒き散らした。

「二つ同時に別系統の魔法を行使するとはな……だが、その程度の威力ではこの炎翼を突破する事はできない」

 迫る風矢をその炎翼でいとも容易く叩き落したグロウだったが、それは想定内。私の目的は白煙が辺りに広がる一瞬の時間を稼ぐ事だ。

 あの炎翼は並大抵の魔法じゃ突破できない……だからこそ私が狙うのはその絶対的な防御力故の隙。

「……できるかどうかはぶっつけ本番。できなきゃ私は負ける……ならやるしかない」

 迷い考えている時間はない。あの炎翼に掛かれば私の張った煙幕はあっという間に晴らされてしまうだろう。

「〝集え――――」
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