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第四章 魔女のルーコと崩壊への序曲
第132話 決着の行方と魔女の力
しおりを挟む最早、模擬戦の規模を軽く超えた二人の死闘はやはりというべきか、魔女であるレイズに軍配が上がった。
いくらレイズが自らに制限を掛けていたとしても魔女は魔女。隔絶した差は大きく、一見、互角に見えた最後の攻防さえ、レイズにはまだ余裕があったように見えた。
「…………やっぱり〝魔女〟は化け物だ」
倒れたノルンを治療するリオーレンの横で私は誰にも聞こえないであろう呟きを漏らす。
もちろん、レイズが魔女の中でも指折りの実力者なのは分かっているけれど、それでも今の自分と比べて圧倒的な差を感じずにはいられない。
確かに私はレイズさんと同じ〝魔女〟であるガリストを倒した。
けれどそれは私一人の勝利じゃない。
満身創痍になって、後遺症を負うほどの無茶をして、ノルンさんの力も借りた上での辛勝だ。
それも結局は殺し切れていない以上、勝ったとは言い難い。
死体を操り数で押せる制圧力、強化魔法では防げない貫通力を持った攻撃を連発してくる攻撃力、身代わりを戦わせて相手の隙を突く狡猾さ、〝醒花〟によって得た不死性による再生力、これらを併せ持つ〝死遊の魔女〟は十二分に化け物と呼べるだろう。
もし仮に私が一人で〝死遊の魔女〟ガリストと戦っていたら何もできずに負けていたはずだ。
だから私自身が化け物たちに並んだどころか、足元に及ぶとすら思っていないし、なにより、自分がそこに立っている姿を想像できなかった。
ノルンの治療が終わり、少しの休憩を経てから私の訓練を再開する事に。
模擬戦前の取り決め通り、訓練はレイズのやり方……つまり、変わらず厳しいままで続くかと思ったが、そこで治療に当たっていたリオーレンが手を上げ、口を開いた。
「……模擬戦自体はレイズサンの勝ちっスけど、条件の中にあった庭を破壊しない範囲に被害を抑えるというのは守れてるんスかね、これ」
リオーレンが指摘したのは模擬戦をするにあたってノルンの出した条件である庭の損壊についてだ。
言われてみれば確かに庭の地面は広範囲にわたって抉れており、条件を守れているとは言い難かった。
「ふむ、確かにこれでは条件を守れてるとは言えないか。仕方ない、この模擬戦は俺の反則負けで…………」
「――――この模擬戦は私の負けよ」
納得して負けを認めようとしたレイズの言葉を遮ったのは魔力を使い過ぎた影響で未だに座り込んだままのノルンだった。
「……俺が負けで良いと言っているんだからそれでいいだろ?どうしてわざわざ訂正しようとする?」
言葉を遮られた事に怪訝な顔をして問い返すレイズ。彼女からすれば負けを勝ちにできる機会を自ら放棄しようとしているノルンの言動は理解ができなかったのだろう。
「…………今の模擬戦は誰がどうみてもこちらの負けよ。それにあの地面は貴女だけじゃなくて私の魔術の影響もある。だから条件には抵触してないわ」
「………………物は言いようだな。とはいえ、俺は自分に課された条件を無為にする気はない……が、まあ、お前は納得しないだろう。だから折衷案として少しだけ訓練時に配慮する、これでいいだろ」
軽くため息を吐いたレイズは呆れ混じりの笑みを浮かべつつも、反論のできないように言葉を並べ立てた。
「っちょっと待ちなさ――――」
「さ、模擬戦で時間を使ったからな。とっとと始めるぞルーコ」
それでも食い下がろうとしたノルンの言葉をばっさりと切り捨て、訓練を再開しようとする。
ノルンは納得していないかもしれないが、私としては少しだろうと配慮してくれるなら助かるところだ。
未だに抗議の視線を向けてくるノルンを無視して再開された訓練は昨日と同じく強化魔法を使ったものだったけど、心なしか少しだけ手心が加えられていた気がする。
……まあ、それでもぼこぼこにされたのは昨日と変わらなかったけれど。
とはいえ、その甲斐もあって私は今日、この後遺症に向き合うにあたって大きな収穫を得ることができた。
それが視力の補強だ。
以前、街での騒動で対峙した驚異の再生力を持つ化け物を倒すために至った魔力の流れを見る境地……魔力操作の向上により、制御できるようになっていたそれを応用する事で一時的に視力を取り戻す事に成功した。
無論、今までとは異なり、操作が困難になっているため、無駄に魔力を消費してしまうし、使い続ければすぐに魔力切れで倒れてしまうから日常的に使うことはできないけれど、それでもこれは大きな一歩と言えるだろう。
すっかり日も暮れ、へとへとになった状態の私の手を同じく疲れた様子のノルンが引いてお風呂場へと向かっていた。
正直、私としてはすぐにでもご飯を食べて布団に飛び込みたいだけど、先導してくれるノルンがまずは汚れを流すためにお風呂へ行きましょうと決めた以上、それに逆らう事なんてできる筈もない。
「――――全く、あの人は……あれで配慮しているっていうんだから……本当に加減ができないわね」
向かう道すがらレイズへの不満を溢す様子は普段のノルンから想像できない姿だ。
やはりそれだけノルンにとってレイズが特別な存在なのかもしれないが、心の底から嫌っているようには見えなかった。
「……でも一応はレイズさんも譲歩してくれたみたいですよ?昨日と比べて少し手心が加えられてましたし」
「少しでしょう?傍から見れば全然手心を加えているようには見えなかったわよ」
少しだけ庇う言葉を口にするも、ノルンはそれをばっさり切り捨てる。やっぱり嫌ってないように見えたのは私の気のせいかもしれない。
お風呂場に到着し、脱がすのを手伝ってあげると迫るノルンをいなして湯気の立ち込める中に入っていく。
たぶん、入ろうと思えば一人でも大丈夫なのだろうが、物の輪郭すらぼんやりとしか見えない私にとってお風呂場は危険に満ちていると、ノルンがそれを許しはしなかった。
「さ、ほらここに座ってルーコちゃん。髪洗ってあげるから」
「や、自分で洗えますって、あ、ちょ、待って……」
抵抗空しくノルンの為すがままに座らされた私はそのまま頭を流され、髪をわしゃわしゃと洗われてしまう。
うぅ……人にやってもらうのはくすぐったくて苦手なのに…………
どうやら泡が目にかからないようぎゅっと瞑りながらそんな事を考えている内に終わったらしい。流すよという声かけと共にお湯できれいさっぱり泡が流されていく。
「よし、それじゃあ頭は洗い終わったから次は身体ね――――」
「え、あ、さ、流石に身体は自分で洗いますって、だから、あ、ちょっと…………」
どうなったか、というのは言うまでもないだろう。全身をきれいに洗われた私はそのままの流れでノルンと一緒に湯船に浸かる事に。
「ふぃ……あぁぁ…………」
「ふ、ふふ、ルーコちゃんったら……おじさんみたいよ?」
あったかい湯船に浸かって声を漏らした私を見て思わず笑いを漏らすノルン。
集落にいた頃はほとんど水浴びか、お湯をかぶるくらいだったから暖かい湯船に浸かる気持ちよさを前にこうなるのは仕方ないだろう。
「もう動きたくないですぅ…………」
早く食べて寝たいと思ってはいたけど、私は別にお風呂自体は嫌いじゃない。特訓でへとへとになった身体を脱力しながらそう呟いた私はそのまま湯船へと沈んでいった。
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