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第四章 魔女のルーコと崩壊への序曲
第128話 寝ぼける私と怒るノルン
しおりを挟む結局、あの後はまともに見えない視界の中でレイズと殴り合いを強要させられた私は当然ながら魔力切れになるまで一方的にぼこぼこにされ、リオーレンの治療を受けていた。
「……今の私は目もまともに見えないですし、強化魔法で碌に動く事もできない……そんな状態でレイズさんと立ち会えるわけないじゃないですか」
治療されながらぶつぶつと愚痴る私にリオーレンは苦笑いを浮かべる。
「まあまあ、それはみんな分かってる事っスよ。この立ち合いの目的は強化魔法に慣れる事っスから」
「……だったら無理に立ち合い形式にする必要はないじゃないですよね?強化魔法でその辺を歩き回るだけで良いと思うんですけど」
普段なら多少の理不尽でもあまり文句は言わないけれど、今回に関しては別だ。いくら自分のせいで負った後遺症とはいえ、今の状態で殴り合いを強要されたら文句の一つでも言いたくなる。
「うーん……確かにそれでも良かったんだけど、ルーコちゃんの心情的に早く動けるようになりたいでしょ?それにはこの方法が一番手っ取り早いからね」
「でも……」
「……つべこべいうな。実際に後半はある程度動けるようになってただろ」
文句を言う私に困り顔のアライアと呆れるレイズ。私の心情に配慮してくれたのは嬉しいけど、いくら早いからと言ってこの方法はあまりに乱暴すぎるだろう。
「……それに今回はリオーレンがいたから多少の無茶は利くと思って止めなかったんだよ。ごめんね、ルーコちゃん」
「ふん、別に謝る事でもないだろう。そもそもこの程度で音を上げるような鍛え方をしたつもりはないぞ」
「それはそうですけど……はぁ……もういいです。強化魔法で動けるようになったのは本当ですし……」
大きなため息と共に諦めの言葉を口にする。ここで文句を言い続けたところで何にもならないし、今日一日だけで動けるようになった事を素直に喜ぼう。
「まあ、納得してくれたなら良かった。それじゃあ今日は最後に魔法を使って終わろうか」
「…………え?まだやるんですか」
もう終わりと思っていただけに思わず素の反応が出てしまった。
「……まだやるも何もリオーレンが最初に言っただろう。魔力が漏れ出るから他の事を先にやると」
「確かに言ってましたけど……」
「大丈夫、何をしようって訳でもなくて、ただ本当に魔法を使ったら魔力が一気に放出されるのか確かめるだけだから」
アライアからそう促されて、なし崩し的に位置へつき、誰もいない方に手を向ける。
……正直、もう休みたいけど、これは私にとっても大事で確認しないといけない子とだし、仕方ない。
そう思い直し、撃てば終われると自分に言い聞かせてからいつもの感覚で詠唱を口にした。
「〝風よ、集まり爆ぜろ〟――――『暴風の微笑』」
使ったのは得意な風魔法の中でも一番使いやすく、咄嗟の時にはいつも頼ってきた『暴風の微笑』……目の前で風の塊を炸裂させる単純な魔法だ。
これなら解き放つだけだから細かい魔力操作もいらないし、もしかしたら…………っ!?
呪文を唱え、魔力を魔法へと変換して吐き出した瞬間、全身の力が一気に抜けていく感覚と共に自分の意思ではどうしようもない奔流が内側から溢れ出る。
「ッこれは――――…………」
目の前で魔法が炸裂したのを感じながらも、襲ってくる虚脱感に負けた私はそのまま意識を失った。
あの後、魔法を放ってすぐ意識を失った私はリオーレンに抱えられ、自室へ運ばれて、目を覚ましたのは次の日の朝だった。
「――――おはようルーコちゃん。昨日は大変だったみたいね」
全身を襲う気怠さをおして身体を起こすと、傍らで椅子に座って本を読んでいたらしいノルンが微笑みながら声を掛けてくる。
「…………ぉはよう……ございます……あれ……?どう……して」
寝起きで頭と舌の回らない私にノルンは本を閉じ、優しく笑みを浮かべた。
「ふふ、寝起きにごめんなさい。昨日、倒れたって聞いて心配できちゃった」
どうやら昨日の検証で私が倒れて寝込んだ事を知り、部屋で起きるのを見守ってくれていたらしい。
倒れたと言っても、たぶん、放出による魔力切れだろうし、リオーレンが付き添っている以上はそこまで心配する必要もないはずなのに、それでもこうして見守ってくれたのは優しいノルンらしいと思う。
「ぅ……えと……その……ノルンさ――――」
ぐぎゅるるるる―――…………
回らない頭を精一杯動かして返答をしようとしたその時、私の意思に反してお腹から凄まじい音が鳴り響き、部屋の中が一瞬、静寂に支配される。
「…………えっと、昨日はそのまま寝ちゃったから当然、お腹も空いてるわよね?ウィルソンさんが朝ご飯を用意してくれてるから行きましょうか」
「………………はい、お願いします」
苦笑いを浮かべたノルンの手を取った私は今もなお鳴り響くお腹の音を鎮めるために食堂へと向かった。
ノルンに手を引かれて良い匂いのする食堂まで連れてきてもらった私はまだ半分寝ぼけたまま席に着き、料理をするウィルソンの背中をぼーっと見つめていた。
「……ルーコちゃんは本当、朝に弱いわね。いつもという訳じゃないけれど、今日みたいに予定のない日は起こすまで寝てる気がするわ」
うつらうつら頭を前後に揺らして舟を漕ぐ私を見て頬杖をついたノルンが何の気なしに呟く。
「――――まあ、そう言うなってノルン。寝る子は育つっていうだろ?」
良い匂いと共に湯気の立ち昇るお皿を両手に持ったウィルソンが笑いながら私達の前に料理を並べてくれた。
「良い匂い……おいしそう…………」
鼻腔をくすぐる匂いに刺激されてお腹が再び大きく鳴き、寝ぼけていた意識が一気に覚醒していく。
「さ、おかわりはいっぱいあるからたくさん食ってくれ!」
「いただきます」
「……いただき……ます」
手を合わせるノルンに倣って号令を口にし、もう我慢できないと言わんばかりに口いっぱい料理を頬張って勢いよく食べ始めた。
夢中で食べ進め、ようやくお腹が落ち着いてきた頃、ノルンが私の寝ている間の事を教えてくれた。
「――――という訳で、アライアさんはサーニャちゃんとトーラスを連れて街へ向かったわ。ルーコちゃんの視力を補助する道具……眼鏡を作ってくれるお店に概要を伝えに行ったわ。ついでに買い出しもするらしいから帰りは遅くなるんじゃないかしら」
食後のお茶を啜りながらにしながらそう説明してくれるノルン。わざわざ私のために街へ出向いてもらって悪い気がするけど、いつまでもこの視力のままでいるわけにはいかない。
一応、昨日の検証の中でどうにかできそうな可能性を見つけたものの、上手くいったとしても一時凌ぎでしかなく、日常的に視力をどうにかできる補助具は絶対必要になってくる。
「……あ、そういやさっきまで朝飯食ってたレイズが嬢ちゃんが起き次第、昨日の続きをするって言ってたな」
食べ終わったお皿を洗っていながら話を聞いていたウィルソンが思い出したようにそう呟く。
「うっ……昨日の続き…………」
レイズの性格上、やるんだろうなとは思っていたけど、実際に聞くと、昨日ぼこぼこにされた記憶が蘇って思わず嫌な表情を浮かべてしまった。
「…………その表情を見るにアレはまた無茶をやらせたみたいね……全く、病み上がりのルーコちゃんに配慮が足りてないんじゃないかしら」
ぴくりと頬を動かして怒りを見せたノルンは大きなため息を吐き出し、仕方ないわねと小さく呟いてから私の方に優しく微笑んでくる。
「心配しなくて大丈夫よルーコちゃん。今日は私も一緒に行くから絶対に無茶はさせないわ」
「あ、えっと……ありがとうございます」
そんなノルンの様子を見て今日の検証は荒れそうだなぁと思いながらも、あの無茶な殴り合いを止めてくれるかもしれないという期待の入り混じった複雑な心境のまま、私はひとまず目の前の料理を食べ終える事に専念した。
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