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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
幕間 死遊の魔女と始まりの日
しおりを挟む〝死遊の魔女〟ガリスト……死体を弄び、実験と称していとも容易く人を殺す最悪の魔女。しかし、そんな彼女も最初から悪人だったわけではない。
生まれも、育った環境も、特別なものはなく、どこにでもある、ありふれた家庭……ただ一つ違うとすれば彼女は普通の子供よりも聡く、死に対して敏感だった。
初めての死は祖父母が強盗に襲われ、殺された事件だ。
当時、四才だった彼女は死という意味を正しく理解しており、もう祖父母とは会話を交わす事すら不可能だと知っていた。
埋葬される祖父母と悲しむ両親たちと一緒にガリスト自身も涙を流したが、埋められていく遺体を前にこうも思っていた。
おじいちゃんとおばあちゃんを埋めないで……そんな事をしたら二人に会えなくなっちゃう、と。
死の意味を正しく理解してなお、そんな事を思う彼女の心境はある意味で年相応だったのかもしれない。
そう、思うだけなら。
「――――おとうさん、おかあさん。みて、これでおじいちゃんもおばあちゃんもいっしょだよ」
祖父母の埋葬を終えた三日後、強い雨が降る中で突然、姿を消した娘が泥だらけで戻り、純粋な笑みと共に両手を見せるように突き出したソレを見て彼女の両親は絶句する。
なにせ、その小さな両の掌に包まれていたのは泥で汚れた祖父母の目玉だったのだから。
きっと、彼女はただ祖父母とのお別れが嫌だからという想いで行動したのだろう。
そこにあるのは幼い少女の純粋な気持ち。
あるいはこの時点で両親が彼女の事を受け止めていたら〝死遊の魔女〟は生まれなかったかもしれない。
けれど、そんなたらればは意味を為さず、自身の行為が一般的にどれだけ悍ましいか、聡くとも幼い彼女は気付く事ができないまま、両親から化け物を見るような目を向けられてしまう。
聡いとはいえ、幼い少女……両親からのそんな視線は彼女の心に深い影を落とした。
その出来事以降、表面上は変わらないものの、両親は彼女の事を恐れるようになり、それまでの日常は緩やかに死を迎える。
とはいえ、彼女も何もしないまま日常の死を待っていたわけではなく、なるべく両親から恐れを向けられることがないように努めた。
けれど、彼女が八才になる頃、日常を完全に死たらしめる決定的な出来事が起こってしまう。
それは小さな行き違い……いや、誤解がきっかけだった。
自らの異常を隠し、普通に振る舞っていた彼女が友達といえる子達と遊んでいる最中、魔物に襲われ、一人の子共が殺されてしまった。
それだけなら不幸な出来事で済んだのだが、あろうことか、一緒にいた子供の一人が彼女の事を指し、あの子が殺された子を突き飛ばして囮にしたと言い出したのだ。
どうしてその子がそんな事を言い出したのか分からないが、もちろん、そんな事実はなく、彼女は冷静にそんなわけないと弁明した。
証拠がない上に幼い子供の証言だ。すぐに否定してくれると思い、彼女が両親の顔を見上げたその先にあったのはあの化け物に向ける視線だった。
そこから先はあっという間だった。両親がそれを事実として認め、この子は普通じゃない、呪われている、私達の娘なんかじゃない、化け物だ、そんな言葉をぶつけられ、住んでいた村中の人から吊るし上げられた。
たぶん、たまたま村に滞在していた後に師匠となる〝魔女〟が止めに入らなければ彼女はここで殺されていただろう。
事情を聞いた〝魔女〟は彼女を引き取り、弟子として旅へ連れて行ってくれた。
きっとその〝魔女〟は酷くお人好しだったのだろう。
見ず知らずの少女を引き取って弟子にし、実の娘同然に可愛がり、彼女が〝魔女〟に至るまで育て上げた。
彼女が師匠であるその〝魔女〟と過ごした時間は両親と過ごした日々よりも大切で、かけがえのないものだった。
この時間が、温かさが永遠に続けばいいと、そう思っていた。
けれど、この世界は彼女にそれを許さなかった。
その〝魔女〟はお人好しが故に騙され、助けた人間に裏切られ、謂れのない罪で捕まり、処刑されてしまった。
どうして、なんで、絶対に失いたくない、理不尽への憤りを募らせながらも、必ず助けるという決意の下、処刑の場に向かった彼女へ〝魔女〟は首を振って微笑み……そして殺された。
そこからだ。彼女がなりふり構わず死体を集め、弄繰り回し出したのは。
大切な人を殺した世界なんてどうでもいい。奪われるなら奪う権利もある筈だ。どうせ人間なんて誰も彼も汚いんだからいくら殺そうと関係ない。
最初は悪人、次第に見境なくなり、自らの師を処刑へ追い込んだ関係者を家族ごと惨殺した。
中には何も知らない子供だっていただろうけど、そんなのお構いなしに、それ以降も幾人の人々を殺し、弄繰り回した。
全ては死を永遠の別れだと認めないため。
あの温かな日々を取り戻すために彼女は何度も繰り返す。
可哀想な背景があるからその行為が許される、同情されるなんて彼女……いや、私は微塵も思っていない。
碌な死に方をしなかろうと、それは背負うべき罰だと受け入れる。
そして称号を与えられたばかりでまだ二つ名が決まっていなかった私は一連の出来事をきっかけにこう呼ばれるようになる。
死体を弄ぶ残虐非道な化け物……〝死遊の魔女〟と。
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