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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第119話 死遊の魔女と魔力集点での攻防

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「――――さて、それじゃあ仕切り直しついでに小手調べからいこうか?」

 笑みを浮かべたままのガリストがそう言って指を鳴らすと同時に地面から新たな死体人形が這い出てくる。

 その数は先程までの比ではなく、軽く見積もっても数十体はいるだろう。

「っなんて数…………」
「……さっきまでは手を抜いてたって事か」
「別に手を抜いていたわけじゃないさ。さっきの偽物は思考を持たせて行動させる分、魔力消費が激しくてね。他の死体人形を出す余裕がなかっただけ」

 目の前に広がる光景を前に吐き捨てるような口調でそういうと、ガリストが肩を竦めて答える。

……なるほど、いくら〝魔女〟でもあそこまで精巧な偽物を制限なしに使役はできないって事ならこの数には納得できる……ガリストが嘘を言っていなければだけど。

 ここであえて本当の事を教える必要はない筈だ。ここまでの言動からガリストがお喋りなのは理解できるが、それも布石である可能性は十分にある。

あのガリストが偽物である可能性は捨てきれない……けど、この状況で出し惜しみもしてられない、か……仕方ない。万が一の時は賭けに出るしかない。

 修行を経て確実に以前よりは成長しているはずなのに、またしても賭けに出なければならない自分の弱さに辟易しつつも、相手が〝魔女〟だからと割り切り、死体人形を見据える。

「〝命の原点、理を変える力、全てを絞り、かき集める……〟」
「その魔術は知ってる。簡単には詠唱させないよ」

 詠唱を始めた私に対し、ガリストはそう言い放つと杖を構え、黒い閃光を撃ち出した。

「させないっ……!」

 私の詠唱を成立させるべく、残った魔力を振り絞り、ガリストの攻撃魔法を防ぐノルンだったが、やはり魔術を使った反動が大きく、じりじりと押され始める。

「ハッ、その残った魔力がいつまで持つかな?」
「っ……!」

 余裕の笑みを浮かべ攻撃魔法の出力を上げ続けるガリスト。

 このままでは私の詠唱が完成するよりも早くノルンの限界がきてしまう。そう判断した私は走り出した。

「なっ……!?」
「ルーコちゃん!?」

 私の思わぬ行動にせめぎ合いを続けながらも驚く二人。ノルンはともかく、ガリストまで驚くという事は私がこの詠唱中、動けないのに気付いていたのかもしれない。

 これも魔力操作向上の成果の一つ。流石に他の魔法を使いながらとまではいかないが、それでも精密な操作を要求されるこの魔術を移動しながら使えるようになった利点は大きい。

「……〝先はいらない、今ほしい。灯火を燃やせ、賭け進め〟」

 魔力の流れを操作して身体の中心に集中、ガリストに向かって行きながら呪文を口にした。

――――『魔力集点コングニッション

 瞬間、爆発的な魔力が解放され、踏み込みと共に地面へ大きな罅が拡がる。『魔力集点』を使用した強化魔法によって、加速した私は一瞬でガリストとの距離を詰めた。

「チッ――――」

 偽物とは比較にならない能力を持っていても、やはり接近戦をするのは避けたいらしく、ガリストは箒を使って宙に逃れようとする。

「っさせない……!」

 空中に逃れられると流石に状況は悪くなる。高度を上げて逃れようとするガリストに対し、私は跳躍してそれを叩き落そうと蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ……この程度で…………」
「まだまだ……っ『暴風の微笑ウェンリース』!」

 足場のない空中では蹴りの威力は十全に発揮されず、障壁魔法で防がれてしまったが、まだ終わらない。

 そのまま宙で体勢を立て直し、腕を振りかぶって叩きつけるように魔法を繰り出す。

 炸裂する暴風。『魔力集点』によって強化された魔法は通常時の比ではなく、放った方向にある物ごとガリストを大きく吹き飛ばした。

「……あの程度で倒せるわけがない。すぐに追撃を――――っ!?」

 着地すると同時に畳みかけようと踏み込んだ矢先、巻き上がった土煙の中から幾束かの黒い閃光がこちら目掛けて飛んでくる。

「…………全く、詠唱を省いた魔法を馬鹿げた威力でぶつけてくれちゃって……服が汚れたじゃないか」

 土煙が晴れた先で服についた汚れを払いながら、ガリストが面倒臭そうに呟く。

 これで倒せるとは思っていなかったが、あの距離での強化された『暴風の微笑』を受けてなお、無傷なのは予想外だった。

っ思ってたよりも障壁魔法の強度が高い……死体人形を差し向けられる前に攻め切る…………!

 余計なお喋りをしている暇はないと、ガリストの呟きを無視して魔力を練り上げ、詠唱と呪文を口にする。

「……〝風よ、鏃と変わり、降り注げ〟――――『直線の風矢スレイントローア』――『流線の風矢ストラインローア』――『重ね分れる風矢デュアビションローア』」

 三重の詠唱をまとめ、連続で似た系統の魔法を行使する技術を使って放った魔法により、無数の風の矢が生成され、ガリスト目掛けて一斉に放たれた。

 正面、側面、頭上、あらゆる角度から逃げ場のない風の矢がガリストを襲う。

 再び派手に巻き上がる土煙。まだ倒せたとは思ってないが、流石にこの魔法の連撃をくらって無傷では済まない筈だ。

「――――けほっ……まさか多重の詠唱からの連続魔法行使なんて離れ業をやってくるとはね、これはちょっとお前の事を舐めてたかな」

 視界が開け、片手をだらりとぶら下げ、額から血を流したガリストが姿を現す。どうやら致命傷とまではいかないものの、決して軽くはない傷を負わせる事はできたらしい。

……その辺の魔物ならあれで粉々になってもおかしくない……やっぱりどんなに腐ってても〝魔女〟は規格外って事だね。

 とはいえ、あの傷なら多少、動きは鈍る。修行のおかげで無駄な魔力の放出を最低限抑えた今の『魔力集点』なら解ける前にぎりぎり押し切れるだろう。

「……まあ、それもここまで。ここからは本気で――――」
「悪いけど、お喋りに付き合うつもりはないよ……!」

 首を鳴らして喋るガリストの言葉を遮るようにそう言った私は強化魔法を纏って一気に距離を詰め、だらりとぶら下がった腕の側を狙って上段蹴りを放った。

「おっと」
「なっ!?」

 防げない位置を狙って放ったその奇襲染みた一撃に対し、ガリストの取った行動は一つ、使を無理矢理振り上げ、盾にするというものだった。

 めきめき、みしみしと嫌な音を立ててひしゃげるガリストの腕だったが、その甲斐あって私の蹴りは威力を殺され、届く事なくいなされてしまう。

「っ……」

 いなされてしまったと言っても、依然としてガリストが不利なのは変わらない。

 ここで再度、接近し、追撃を仕掛ければさらに優位へと傾くという状況だが、腕が砕かれてなお、悲鳴や苦悶の表情すら見せないガリストの不気味さに圧されてしまい、この好機を逃してしまった。

「――――やれ、死体人形ども」

 平然と自らの腕を犠牲にしたガリストは最初からこの状況が織り込み済みだったかの如く、呼びつけていた死体人形達に命を下し、動揺した私の隙を突いて背後から襲い掛からせてくる。

「ッ『風を生む掌ウェンバフム』!」

 咄嗟の判断で魔法を使い、飛び掛かってきた死体人形をかわすのには成功したが、すぐに私は自分のその判断が間違っていた事に気付く。

「ほら、踊りなよ……ルーコちゃん?」

 私がかわしたその先を目掛けてガリストが黒い閃光を撃ち放ち、さらに回避行動を強制させてくる。

っまずい、距離がどんどん開いていく……このままじゃ…………

 防御の薄い私はあの黒い閃光を一発もくらえない。だからこそ、接近戦に持ち込み、一気に勝負をつける事で黒い閃光と死体人形の干渉を封じていたのだが、一瞬の動揺の隙から見る見るうちに引き剥がされてしまった。

「く、そっ……!」

 少しでも距離を詰めたいこの局面、しかし、黒い閃光が止む事はなく、体勢を立て直せないままの状態では下がってかわす事しかできない。

「ほらほらほら、いつまで避けられるかな?」

 余裕の表情で黒い閃光を放ち続けながら、着実に死体人形で周りを固めるガリスト。最早、状況はさっきまでの有利な状態から、圧倒的な不利へと逆転してしまっていた。
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