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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第101話 絶望の魔女と始まる修行
しおりを挟む次の日、早速修行だと言ってレイズに連れ出された私はノルンを伴って昨日の森へとやってきていた。
「――――ん~……いやーあんなに美味い飯を食ったのは久々だな」
ご機嫌な様子で前を歩くレイズが伸びをしながら満足げに呟く。この一場面だけ切り取ってみればこの幼女が絶望の魔女だなんて誰も気づかないだろう。
「……いくら美味しいからって朝からあんなに食べるなんてどうかと思うわ」
「……まあ、ウィルソンさんは喜んでたからいいんじゃないですか」
呆れた顔でそう言うノルンに私は苦笑いで返す。というのも昨晩の内にパーティの仲間へ自己紹介を済ませたレイズはそのままご飯を食べずに寝てしまい、ウィルソンの料理を今朝初めて食べた。
最初は寝ぼけ眼に欠伸を漏らしていたレイズだったが、料理を一口食べた瞬間、驚愕に目を見開き、大絶賛しながら夢中に食べ始めた。
そこからおかわりの連続で、彼女は約六人前のご飯を一人で平らげてしまった。
それを見て、その小さな体のどこにその量が入るのかと、料理を作ったウィルソン以外の全員が唖然としていたのは言うまでもない。
「…………それにしてもみなさん意外とあっさり受け入れましたよね」
進む道すがら、雑談のつもりでノルンへ声を掛ける。話題はもちろん前を歩いているレイズについてだ。
「……実際に戦う姿をみんな見ていないもの。驚きはしても、あの見た目だと恐怖や畏怖の対象にはなりえないわ」
「言われてみれば確かに……トーラスさんなんか露骨に疑ってましたしね」
レイズの戦いぶりを知っている私達三人を除いた仲間はノルンのいうようにどこか話半分に聞いている節があった気がする。
もちろん、根本的に私達が嘘を吐いているとは思ってないだろうけど、それはそれとして大袈裟じゃないかとは思っていそうだ。
「そうね。まあ、これから生活していくうちにアレの本性も分かってくると思うわ」
「本性って……一体過去に何があったんですか……」
深堀するつもりはなかったけど、相変わらずのレイズへの発言に思わずそんな言葉が零れた。
「……別に特別な出来事があったって訳じゃないの。ただ――――」
「おい、そろそろいい感じの場所に着くぞ」
ノルンが理由を話し始めようとした瞬間、レイズがそれを遮る。話をしていて気づかなかったが、言われてみればレイズの指した辺りは開けていて、修行をするのにちょうどいい場所だった。
……偶然かもしれないけど、昨日といい、今といい、ノルンさんが過去を話そうとするとレイズさんが割って入って結局、聞けずじまいになる。
無論、状況的に意図して会話を妨害した根拠はないけれど、それでも少しの違和感を感じざるを得なかった。
「――――よし、それじゃあ早速、始めるとするか」
開けた場所に着いて早々、そう言いだしたレイズに私は思わず身構える。これから修行と称した殺し合いを強要されるかもと覚悟した私にレイズは目を丸くして首を傾げる。
「?どうした、急に身構えて」
「え、いや、これから修行をするんじゃ……」
怪訝な顔をするレイズに私が困惑していると、横からノルンが呆れ顔で腕を組む。その様子からはやっぱりこうなったかという言葉が聞こえてくるようだった。
「……あのね、ルーコちゃん。普段の行動からは想像もできないかもしれないけど、アレは意外にも人に教えるのが上手なの」
「へ?え、あ…………」
「意外にもってなんだ、意外にもって」
困惑する私を他所に、鼻を鳴らして抗議するレイズへノルンが言葉を続ける。
「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうです?……ああ、ごめんなさい。当ててもその薄い胸の感触ぐらいしか分かりませんでしたね」
「……は?なんだ、喧嘩を売ってるのか。といううか、胸に関して言えば体型の比率的にお前には言われたくない」
煽り合いばちばちと火花を散らす二人。どうして修行の意外性の話から胸の大小の煽り合いになっているのか不明だし、私に言わせればそんなのどっちでも構わないと思うのだけど、ここでそれに関して口を挟んでも碌な事にはならない事は目に見えているのでさっさと話題を引き戻そうと思う。
「あ、あのっ、それじゃあ、修行ってまず何をするんですか?」
「ん?ああ、そうだった。悪いな、つい熱くなって危うく忘れかけてた」
「……そういうところは見た目相応ですものね」
ようやくレイズが本題に入ろうとした矢先にノルンがぼそりと煽り文を呟いた。それに対しレイズはむっとして反応しかけるも、呑み込んで話を進めてくれる。
「……まずは現状の確認からだ。ルーコ、お前は今の自分がどのくらいの実力なのかは理解しているか?」
「自分の実力……ですか?」
それは等級に表したらという意味だろうか?それに当てはめるなら私は二等級魔法使いという事になるが……。
「……あくまでこれは俺の見立てだが、基礎能力に限って言えばお前は〝魔術師〟の領域に片足を突っ込んでいる。いうなれば一級の中で最上級くらいの実力といって差し支えないって事だ」
「……流石にそれは言い過ぎじゃないですか?」
なんとなく自分の実力が二等級以上はあると思っていたけれど、他の一等級の魔法使い……ノルンやブレリオを知っているだけに、私がその中で最上級と言われてもいまいち納得しかねる。
「……そこに関して言えば私もソレと同意見……ルーコちゃんはもう少し自分に自信を持っても良いと思わ」
「別に自信がないわけじゃ…………」
「……ああ、もしかしてノルンの奴と比べてるのか?だとしたら比較対象を間違ってるぞ。こいつもすでに一級の実力は超えてるからな」
私の考えを見透かしたかのようにレイズが言葉を返す。ノルンの元師匠だった彼女がそう言うならなるほど、そうなのだろう。
けれど、だからといってやはりその言葉を額面通りに受け取る事はできなかった。
「……納得はしてませんけど、ひとまずは分かりました。私の実力がそうだとして、ここからどう修行を進めるんですか?」
「まあ、待て。その前に〝魔女〟と〝魔術師〟……あるいは他の最上位の称号とそれ以外の違いはなんだと思う?」
話を進めるために呑み込んだにもかかわらず、質問で返してきたレイズに少し回りくどいなと思いながらも、考えを巡らせる。
魔女と魔術師……単純に考えれば強さの違いなのだろうけど、問われているのはそういう事ではないのだろう。
一等級と魔術師ならその違いは魔術を使えるか、否かと答えられる。でも、魔女との違いとなると話は別だ。
以前聞いた魔女に至るための条件、偉業と絶対性という曖昧なもの。
修行というこの場において問われているのはおそらく後者……つまりは絶対性の有無が違いという事になるが……。
「……絶対性の有無、ですか?」
「絶対性……まあ、間違ってないが、それじゃあ答えとしては曖昧過ぎるな」
やはりと言うべきか、曖昧さ故に正解にはなりえなかったようだが、方向性としては間違っていなかったらしい。
という事はアライアが絶対性という曖昧な表現を使ったものには具体的な答えがあるという事だ。
まあ、それがなんなのか、今の私には分かりかねるけど。
「……ったく、絶対性なんて曖昧な表現はアライアのやつか。確かに言い得て妙だが、あえて教えなかったのか」
「えっと、一体何の話ですか?」
一人、考え込むようにぶつぶつ呟くレイズへ怪訝な顔をして聞き返す。言葉からしてアライアが何かを隠していたように聞こえるが……。
「……はぁ、いいか?たぶん、お前はアライアの奴から魔女になるための条件として絶対性なんて曖昧な表現を教えられたのかもしれないが、本来、そこにはきちんと当てはまる言葉がある」
「当てはまる言葉……?」
「………………」
溜息を吐き、頭を掻きながら片目を瞑るレイズとその先を知っているのか、無言のまま瞑目するノルンへ視線を向けながら次の言葉を待つ。
「……そうだ、そしてそれこそが魔女と魔術師の最大の違い。文字通りの次元を隔する力――――〝醒花〟。それがアライアの指す絶対性の正体だ」
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