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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

幕間 ノルン・エストニアの独白

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――――――今から十年以上も前の話だ。私が彼女……〝絶望の魔女〟レイズ・ドーターの弟子になったのは。

 当時の私はとある国の小さな村で暮らしており、魔法はおろか、武器を持った事すらない普通の少女だった。

 たぶん、あのまま何事もなければ普通にあの村で暮らし、今も平和に過ごしていた事だろう。

 そう、何事もなければ。

 今でもあの日の事は鮮明に覚えている。

 真っ赤に燃え盛る家々と焦げた臭い、飛び交う怒号と悲鳴に歪んだ表情で息絶える見知った人達。

 そしてそれらを見つめ呆然とする私を庇い、斬り殺されたお父さんとお母さん。

 幼い私にとってはこの世の終わりみたいな光景だったけれど、世界にとってはありふれた悲劇でしかなかったそれは戦争とも呼べない国と国との小競り合いだった。

 私の住んでいる村が属する国は戦争をするための口実が欲しかったらしく、当時の王が選んだ愚策ともいえる手法が、別の国の兵士に扮した者達を使って小さな村を火種にしようというものだ。

 当然ながらそんな雑な策が上手くいくはずもなく、村はただただ無駄に蹂躙されただけ。

 本来なら私もその虐殺に巻き込まれて死ぬはずだった。

 けれど、その運命は覆された。他でもない〝絶望の魔女〟によって。

 村が壊滅寸前まで追い込まれた最中に現れた彼女は兵士達を次から次に薙ぎ倒し、微塵の容赦もなくその命を刈り取った。

『――――村はほぼ壊滅。生き残ったのはお前一人か』

 最後の一人を仕留めた魔女は呆然と座り込む私の前までくると返り血まみれの手を差し出し、こう言った。

『…………まだ絶望してないなら手を取れ』

 その時、どうして手を取ったのかは自分でも分からない。彼女の問うた通り絶望してなかったからなのか、それとも無意識だったのか、何にしてもその選択がなければ今の私はないと言ってもいいだろう。

 それから私は彼女と共に過ごし、彼女の下で魔法を学んだ。

 寝食を共にして時には一緒に笑い合い、家族といっても差し支えないくらいの関係。

 命を救っただけでも十分、どこかの施設に預けたって何も言われないだろうに、たまたま拾った子供の私に対して彼女がそこまでしてくれた理由はいまだに知らない。

 ただの気まぐれだったのかもしれないし、同情、あるいは罪悪感、そういった普通な理由だって有り得る。

 まあ、後者は流石にないと思うけれど。

 ともかく、家族を亡くした私にとって彼女は新たに出来た唯一の家族ともいえる存在で、大切な、かけがえのない関係性……だった。

 彼女が自分の師をその手にかけたと知るまでは。

 きっかけは些細な噂話……ギルドで待っている間に他の冒険者達が話していたそれを耳にして彼女に真相を聞いた事だ。

 きっと否定してくれる、仮に本当であったとしても何か理由がある筈だと思いながら問うた私へ返ってきた答えはそれを裏切るもの。

 どうしてと、何度も何度も聞いても、彼女はそれ以上答えてくれなかった。

 そしてそれは疑念、不信として心に降り積もり、結果として私は大切な存在だと思っていた彼女から目を背け、置手紙を残して彼女の下を去った。

 拾ってくれた事や過ごした日々を思えば彼女の事を信じて然るべきだったのに。

 いや、本当は信じる事ができない自分が、ただの噂で揺らぎ疑念を持ってしまった自分が許せなかったのかもしれない。

 だから再会した時にはどうしたらいいか分からず、身構えてしまった。

 ましてルーコちゃんに修行をつけるなんていうものだから思わず反発もしてしまった。

 けれど彼女は小さな嫉妬と裏切った気持ちから関わらないでほしいという思いで動けないでいた私の手を引っ張ってあの頃と変わらない態度で接してくれた。

――――――――それが私の心へ大きな罪悪感を生んでいるなんて彼女は知るよしもないだろうけれど。
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