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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第97話 底知れぬ実力と新しい力
しおりを挟む早速、対策を考えたいところだけど、まずは時間を稼がないと話にならない。だからまずやるべき事はいつものあれだ。
「〝立ち込める煙、隠れ偽る白、広がれ〟――――『白煙の隠れ蓑』」
幼女との距離が離れているこの機会を利用して呪文を唱え、広範囲に煙幕を張って音を立てないようにその場から素早く離れる。
ひとまずこれで少しは時間を稼げる……でも私の魔法が効かなかった原因を考えない事には話にならない。
あの様子からして防いだというよりも消されたと言った方がしっくりくる。おそらくは何か魔法の類を使っているのだろうけど、現状ではどんなものなのかを推察するのも難しい。
あの子の言葉……確かもう私の風魔法は効かないって…………私の……風魔法?
幼女の言葉選びに違和感を覚えてもう一度その言葉を反芻した私はとある可能性へと行き着く。
あの子の変化と言葉……それに最初の魔法をわざと食らったように見えた事を踏まえると考えられるのは…………一度受けた魔法の無効化?
行き着いた可能性は突拍子もないもの、しかし、そう考えると一連の幼女の行動や起きた現象の説明がつく。
正直、一度受けるという制約を負ってなお、無効化なんて破格の効果だが、それが〝魔術〟ともなればありえない話ではない。
……待って、仮にこの推測が当たってたとして、あの子は最初の一撃を受けた時点で無傷だった。それは……ううん、どのみち今、そこを考えても仕方ない。必要なのはどう突破するかだ。
一番初めの強化魔法による蹴りを普通に防いでいた事を考えると、無効化できるのは魔法に限られるのかもしれない。
しかし、あの膂力と速度を相手に肉弾戦を仕掛けるのは論外、かといって風以外の魔法では威力不足だった。
……いっそこのまま逃げれたら楽なんだけどね。
これだけ広範囲の煙幕の中では迂闊に動けず、動くために煙幕を晴らせばあの速度の餌食になってしまうためその選択肢は取れないのが実状だ。
やるしかない、か……。
打開する方法はある。が、問題は詠唱が完成するまで煙幕で誤魔化せるかどうかだった。
あの子はどこか私を試すみたいだった……一か八か見逃してくれるかもしれない。
どのみち詠唱をしている間は動けないし、声で場所が分かってしまう以上、その可能性に賭けるしかない。
「……〝命の原点、理を変える力、限界を見極め絞り集める……先へと繋ぐ今が欲しい、種火を燃やして魔力をくべろ〟――――」
紡ぐのは幾度も頼ってきた自身の切り札となる魔術、煙幕に包まれた静寂の中に私の声が響く。
『魔力集点』
呪文と共に体内の魔力を収束させて解き放ち、溢れる力を魔法に変えて煙幕を一気に吹き飛ばした。
「…………なるほど、それがお前の切り札って訳だ。面白い!!」
再び狂気的な笑みを浮かべた幼女はそのまま前屈みの態勢を取り、凄まじい速度で距離を詰めてくる。
風を引き裂く音と共に振るわれた戦斧は先程までよりも速く、普通なら視認すらできないだろう。しかし――――
「――――今の私なら見える」
迫る戦斧を紙一重でかわして踏み込み、振り切った後の隙を狙って『魔力集点』による強化の乗った蹴りを撃ち放った。
「――――――――」
放たれた蹴りは過たず幼女を捉え、骨の砕ける鈍い音を立てながらその身体を大きく吹き飛ばす。
そして砲弾のように吹き飛んだ幼女は何度も地面を跳ね、そして土煙を巻き上げた。
「…………あれ?」
予想以上に吹き飛んだ幼女に思わずそんな声が漏れる。確かに『魔力集点』によって蹴りの威力は飛躍的に上がっているが、それでも幼女の膂力なら受け止めきれる筈だ。
にもかかわらず、あれだけ吹き飛んだのは明らかに不自然、ここまでくると何かあるのではないかと思えて仕方がない。
それに今の手応え……まるで強化魔法すら使ってないみたいだった。
いくら改良版で魔力が抑えられていると言っても、今の私の蹴りは岩を容易く砕く程度の威力はある。
そんなものを強化魔法なしの生身で受ければ当然ひとたまりもなく、もし仮に幼女が無防備の状態だった場合、絶命していてもなんらおかしくない。
「――――今の蹴りは中々に効いた。それにあの速度の攻撃を見切るとは……本当に面白い」
そんな私の考えを打ち砕くかのように幼女は平然と立ち上がり、笑みを浮かべたまま首を左右に鳴らして軽く腕を回す。
「……これならもう少し本気を出してもよさそうだ」
「本……気…………?」
幼女の実力が相当なものだというのには気付いていたけど、まさかあれだけの立ち回りを見せてなお、ここまで加減をしていたなんて夢にも思わなかった。
「さあ、どこまでついてこれるか、なッ!」
「っまた速く……!?」
本気という言葉に偽りはなかったようで幼女の速度が文字通り目に見えて上がる。いや、上がるというより正確には少しずつ加減を止めているといった方が正しいか。
「良い反応だッ!いや、反応というよりその目のおかげか?」
速度を上げた攻撃をかわされた事で幼女は私の変化に確信を持った風にそう問うてくる。
……まさかこの短時間でそれに気付かれるなんて。
確かに幼女の言う通り、私がより速くなった戦斧をかわし続けられた理由はこの目にあった。
ひと月前の事件、最後の最後で化け物を仕留めるに至った境地……魔力の流れが見えたあの体験を再現しようと四苦八苦した末、ついに自分の意思でそれを操る事ができるようになった。
とはいえ、現状だと『魔力集点』状態でないと再現できないという欠点はあるが、それでもあの境地を自ら引き出せるようになった事は純粋に戦力が上がるという面で大きい。
そして今、私が高速で迫る戦斧を避けられるのは応用で魔力の流れから攻撃を先読みしているからだ。
まあ、それを馬鹿正直に言うつもりは毛頭ないけど。
「さあ、ねッ!」
幼女の探るような言葉をはぐらかし、戦斧をかわして反撃を叩き込む。が、幼女は攻撃を食らいながらも全く堪えた様子を見せずに戦斧を振るい続けてくる。
「っ確実に骨が砕けてる感触はあるのに……痛みを感じないの!?」
「いや?痛いものは痛い。が、この悦楽を前にすればそんなもの気にもならなくなる!!」
私の叫ぶような疑問に対して幼女は戦斧を振るい、攻撃を受け続けながらも笑みを浮かべてそう答える。その言葉尻から悦楽というのは戦いそのものを指すのだろうと察する事はできるが、私には理解できない。
っ……痛みを感じる感じない以前に、あれだけ骨が砕けたらそもそも動く事すら叶わない筈だ。それが何事もなかったかのように動けるのには何か秘密があるはず――――――
それを確かめるべく覚悟を決めてもう一歩踏み込み、攻撃の手を加速させる。
「っそうか、これは無傷なんじゃなく、受けたそばから超速で回復してる……!」
何度も攻撃をしてる中でその事実に気付き、驚愕に思わず表情が歪む。おそらくは最初の魔法もそれで受けきり、耐性を得たに違いないだろう。
つまり、彼女を倒すには回復が追い付かない速度で打撃を加え続けるか、風以外の魔法を受けきれない威力でぶつけるかのどちらかしかないという事だ。
加えて魔法に関していえば、倒しきれなかった場合、同系統のものが通じなくなってしまう恐れがあった。
「正解ッ!それを理解した上でどうするアライアの弟子?」
「っ!!」
口角を吊り上げ、迫る幼女に私は一度、反撃の手を止めて猛攻を捌きつつ、一旦、距離を取ろうと後ろに跳ぶ。
……まずい、耐性付与に加えてあの回復能力を相手にするとなると『魔力集点』が持たない。
いくら改良を重ねた『魔力集点』といえど、効果時間自体はさして変わっておらず、この状況では戦闘が長引けば長引くほどこちらが圧倒的に不利になってしまう。
かといって風魔法が通じない以上、一気に倒す事が難しく、何か手を打とうにもこの速さの中では考える余裕もない。
「ッ『白煙の――――――」
「凝りもせずに煙幕か、その魔法はもう飽いたッ!!」
呪文を唱える時の強化魔法が切れる瞬間を見計らって幼女は地面に罅を入れる程の踏み込みを見せ、ここまでとは比較にならない速度で詰めてくる。
しまっ――――――――
気付いた時にはすでに戦斧が胴体を捉えており、痛みを知覚する暇もないまま私の意識はそこで一度暗転した。
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