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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第95話 静かな日常と突然の襲撃者

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 あの凄惨な事件からひと月、私の日常は思っていたほどの変化もなく毎日を過ごしていた。

「――――ルーコちゃん、ちょっといいかしら」

 いつものように魔法の特訓をすべく外に出ようとした矢先、ノルンに呼び止められた私はその場で足を止めて振り返る。

「どうかしました?ノルンさん」
「ええ、ちょっとルーコちゃんに頼みたい事があるんだけど……もしかして今から特訓に行くところだったかしら?」

 申し訳なさそうに聞いてくるノルンへ「大丈夫ですよ」と言って、頼みごとの内容を問い返す。

「ありがとう、それじゃあいつもの森で薬草と野草を摘んできてもらえるかしら?本当は私が行きたいところだけど、料理当番と被ってしまって……」

 事件からひと月たった今でもギルドの復旧はあまり進んでおらず、仮設の建物自体はあるものの、当然ながら依頼は復興関連を除いて激減、必然的に拠点で過ごす時間が増え、こういうちょっとしたお使いのようなものをちょくちょく頼まれるようになった。

「分かりました。少し遅くなるかもしれませんけどいいですか?」
「遅くなるのは大丈夫、でも気を付けてね。あそこには魔物や危険な獣は出ない筈だけど、何があるか分からないから」

 暗に言及していないが、何かというのはあの事件以降、動きを見せていないあの集団が仕掛けてくる可能性の事を指しているのだろう。

 確かに中心と思われる男からは関心を示されていたけれど、わざわざ私個人を狙ってくる事はない筈だ。

「はい、日が暮れる前には戻ってくるつもりですから大丈夫です。それじゃあいってきます」

 少し心配した様子のノルンにもう一度そう告げてから私は採取用の袋を受け取ってそのまま外へと足を進めた。


 眩しいくらいに照りつける日差しを受けながら少し歩き、拠点からさほど離れていない森に到着したところで私は早速、足元に目をやって目的のものを探し始める。

「確か前にきた時は入り口付近に結構生えてたはず……あった」

 もう何度もこの手のお使いを頼まれているおかげでこの森のどこに目的の植物があるのか、大体わかるようになっていた。

「あんまり取り過ぎても余らせちゃうし、少な過ぎてもすぐに取りに来なくちゃならなくなるから加減が難しいけど、薬草はこのくらいでいいかな」

 多めに採っておけばいいと思うかもしれないけど、薬草や野草にも使用期限があるため、使い切らない量は枯らしてしまう事になってしまう。

 まあ、薬草の関してはすぐにすり潰してしまえば保管も効くが、いかんせんそれは中々に面倒くさい作業になので、やっぱり採る量を抑えるに越した事はない。

「あとは野草だけど……そういえばこの前きた時に近い場所は採り過ぎたんだっけ」

 生えていない事はないが、後の事を考えると別の場所を探した方が賢明だろうと思い、もう少し奥の方まで足を伸ばしてみる事に。

「魔物が出ないっていっても流石に奥までくると獣は多くなってくるね……」

 目に見える範囲にはいないけれど、草木の陰や高い木の上などからこちらを窺っているのが分かる。

……普段は人が立ち入らないから警戒してるのかな。

 そんな事を考えつつも、刺激しないように気を付けながら目的の野草類を探して辺りを見回す。

「っと、あったあった。あ、こっちにも……あ、こっちはあんまり見かけない野草も……」

 頼まれたお使いだったけど、意外にも夢中になっていたらしく、気が付けば日が少し傾きかけていた。

「…………まずい、夢中になり過ぎた。せっかく誰もいない場所で特訓できる機会だったのに」

 少し遅くなるとは言ったものの、帰り道の事も考慮すればここで特訓できる時間は限られる。

 別段、誰に見られても困るという事はないが、拠点の近くだと周りに影響の出る魔法は使いにくく、こういう機会でもないと試せない。

……来ようと思えばいつでも来れるんだけど、何かの理由でもないとここまで来る気にはならないんだよね。

 近いとはいえ、往復を考えればそれなりの距離があるため目的もなく足を運ぶのは億劫で、それなら移動する時間をそのまま特訓した方がいいかなと思ってしまう。

「まあ、まだ時間はあるし、この辺で切り上げよっと」

 何か一人だとどうでもいい事を口にするなあとか思いつつ、袋の口を縛って近くに置き、身体を軽く動かして準備運動を始める。

まずはいつもの通り強化魔法から――――

 強化魔法を発動させて特訓を始めようとした瞬間、何かの気配を感じて咄嗟にその場から飛び退いた。

「っ!?」

 轟音が響き、さっきまで私のいた場所から派手に土煙が巻き上がる。

 おそらく私は何かに襲撃されたのだろう。そしてそれは魔物や獣の類ではない……つまり、何者かが狙って私を攻撃してきたという事だ。

 たまたま特訓を始めるために強化魔法を発動していたから良かったものの、下手をしたら今の奇襲でやられていたかもしれない。

 この森にはパーティの仲間以外、滅多に人が来ない。安全な森ではあるが、魔物や危険な獣を狩る冒険者にとってはあまり旨味の少ない場所ではあるし、採取に関してもわざわざこんなに街から離れたところまで来る必要はない。

 だからこそ偶然居合わせた私を狙った可能性は低く、ノルンの危惧していた事態が起こった可能性が俄然高いと言えるだろう。

 奇襲が飛んできた位置から少し離れた場所に着地し、そんな事を考えながらも次に備えて態勢を整える。

「――――ハハッ、中々に良い反応だ。これは期待できそうだな」

 土煙が晴れ始めると同時に聞こえてきたその声はどこかこの場に似つかわしくない幼さを孕んでいた。

「なっ……!?」

 晴れた視界の先、自分の瞳に映った光景を前に思わず絶句してしまう。それもそのはず、なぜならその襲撃者の正体が自分よりも背の低い幼女だったのだから。

「おい、お前。お前だろ?の奴が新しくとった弟子ってのは」

 幼女は透き通るような白髪をかきあげ、明らかに身の丈以上もある巨大な戦斧を担ぎながら似合わない乱暴な口調で問うてくる。

「っ……さあ?弟子かどうかは分からないけど、魔法を教えてもらってるよ」
「そうか!いきなり出会えるなんてツイてる……なっ!!」

 私が答えると、幼女は端正な顔立ちを台無しにするような笑みを浮かべてそのまま一気に距離を詰め、担いだ戦斧を振り下ろしてきた。

っ速い……!でも真正面からなら――――

 再びの轟音、しかし、振り下ろされた戦斧は私を捉えることなく地面に深々と突き刺さり、土煙が巻き上がる。

 その速度と攻撃の威力には驚いたものの、今度はいつ仕掛けられても良いように身構えていたため、少しだけ余裕を持って回避する事ができた。

「っお返し……!!」

 その分、僅かに反撃する余地が生まれ、戦斧が引き抜かれるよりも速く幼女へ強化魔法の乗った蹴りを撃ち放つ。

 攻撃の後、それも土煙に紛れたその蹴りは意趣返しと言わんばかりの奇襲じみた一撃だったにもかかわらず、幼女は余裕の表情で反応し、空いている方の手であっさりと防がれてしまった。

「良い強化魔法だ。淀みもなく練度も申し分ない。流石はアライア弟子……だ、なっ!」
「っ!!?」

 幼女はそのまま片手で私の足を掴み、軽々と持ち上げて思いっきり投げ飛ばしてくる。

「っ……『風を生む掌ウェンバフム』ッ!!」

 予想外の怪力に驚愕しながらも、激突する前に魔法を使ってどうにか空中で体勢を立て直し、着地する事に成功する。

っあの小さい身体のどこにあんな力が……いくら強化魔法を使ってるとしても限度があるでしょ……!

 戦斧を振り回し、私を投げ飛ばす膂力、視認の困難な程の速度で間合いを詰めてくる速力、そして奇襲にも冷静に対処する対応力、この短い攻防の間で確認できた要素だけでも幼女がかなりの実力者だという事が見て取れた。

この実力……やっぱりあの集団の仲間ってこと……?

 突如として奇襲を仕掛けてきた幼女の正体は不明のまま……分かっているのは実力差と速度差から単純に逃げる事が叶わないという事だけだった。
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