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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第94話 最後の言葉と塞ぐ心と見据える明日
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死体騒ぎから始まり、化け物の討伐、謎の集団との邂逅と続いた絶望の今日。
時間にしてみれば短く、体感した身からすれば酷く長いように感じた一連の騒動がようやく終わり、私達は残された惨状と直面する事になる。
「ブレリオさん……」
男達が去った後、遅れてやってきた〝療々の賢者〟リオーレンによって重傷を負っていた私達は治療され、動ける程度には回復した。
しかし、瀕死の重傷を負っていた二人……とりわけブレリオの方はリオーレンの腕を以てしても手遅れで、少しの間だけ命を繋ぐ事しかできない状態だった。
「ぉ……ぁ…………お……れ……は……」
今にも事切れそうなブレリオを前に私達は何と言っていいのか分からずに押し黙ってしまう。
「……ブレリオサン、ボクは貴方の治療を担当した〝療々の賢者〟っス。それで、その、非常に伝えづらいんスが――――」
「じ……ぶんの……から……だ……わ……かって……る……」
意を決してそれを伝えようとしたリオーレンを制し、ブレリオは碌に動かない口を動かして掠れ消え入りそうな声でそう返した。
小さく途切れ途切れで聞き取りづらいながらも何を言わんとしているかは分かる。
リオーレンに言われるまでもなくブレリオは自分の命が長くないと察したのだろう。
「そ、う……スか……すいません、ボクの力量不足っス。療々なんて大層な二つ名を背負ってるのに情けない……」
「い……や……こう……し……て……さいご……に……しゃべれる……だけ……じゅう……ぶん……だ……」
心底悔しそうに俯き、唇を噛むリオーレンにブレリオはそう声を掛けると力の抜けた笑みを溢し私の方へ顔を向ける。
「わる……いな……や……くそ……く……まもれ……な……くて……」
「っ何……言ってるんです……まだブレリオさんは生きてるじゃないですか!」
ブレリオからの出たその言葉に私は思わず感情のままに叫ぶ。もうどうしたって助からないのを理解していてもそう言わずにはいられなかった。
「は……そう……だ……な……で……も……この……ざ……ま…………じゃ…………」
「っ…………」
段々と声が尻すぼみに、か細くなっていくブレリオの姿にもう本当に時間がないのだと思い知らされる。
「そ…………な…………か……お…………す……るな……お…………ま……え……なら…………————」
満足そうな顔を浮かべて口の端を緩めたブレリオは言葉を最後まで言い終える事なく目を閉じ、そのまま静かに息を引き取った。
そこからの事はあまり覚えていない…………というより私はブレリオさんの最後を看取った後、糸の切れた人形のように意識を失ってしまい、まる三日、目を覚まさなかった。
治療してもらったとはいえ、疲労と反動、そして自分では気付かない内に精神的な面での負荷もかかっていたのかもしれない。
結局、あの戦いで生き残ったのは最初に逃げた人達とブレリオを除くあの場にいた私達だけだったらしい。
死体達が化け物になった直後の一撃で戦いに参戦していた他の冒険者とギルドの中で治療に当たっていた職員、並びに詰めていた負傷者も建物ごと巻き込まれて全員が命を落としたとの事だった。
私達が生き残れたのは運が良かったのと、咄嗟の判断が功を奏したからで、亡くなった彼、彼女たちと同様の末路を辿っていたかもしれない。
そうなっていればあの化け物を止める事は叶わず、あの男の言っていたような惨事になっていたかもしれないと思うとぞっとする。
まあ、生き残った側も無傷という訳にもいかず、私とサーニャとウィルソンの三人はしばらくの療養を余儀なくされ、重傷だったエリンに至っては今まで通りの生活に戻る事すら難しいというのが現状だった。
ここまで壊滅的な被害を受けたのに、結局、動く死体や化け物の出処、そしてあの男の正体も詳しい目的さえ不明……最後の言葉の意味も、どうしてそれを残したのかも分からないままだ。
分かっているのは私と同胞と呼ぶことから同じエルフの可能性が高い事、男自身を含めその仲間と思われる集団は相当な実力を有している事、そして人の命を厭わない危険な思想の持ち主である事くらいか。
反応から察するにアライアならもっと何か知っているかもしれないが、今の私にはそれ以上の事は分からないし、正直、そんな事を考えるような気分にはなれそうにない。
どうやったらブレリオが死なずに済んだのか、私の選択に間違いはなかったのか、そんな事ばかりが頭に過り、目が覚めた後もずっと鬱屈とした気持ちを抱えていた。
たぶん、こうして悩む事にさしたる意味はないのだろう。たらればを考えるよりも先の事を考えるべきなのは分かっている、けれどやっぱりそう簡単には割り切れない。
ブレリオさんが言おうとしてた言葉……最後まで聞く事は叶わなかったけど、何を伝えたかったのかは分かる。
一級試験を見てもらうという約束はもう果たせない。でも、私なら大丈夫だと信じてくれたブレリオに顔向けするためにもいい加減前を向くべきだ。
……あの人が死んだと分かった時にはそこまで何も思わなかったのに、出会って日の浅いブレリオさんの死にはあんなにも感情を動かされるとは思わなかった。
これが成長なのか、変化なのかは分からないけど、死者を悼む事ができる人間らしさをエルフの私が持てたのは良かったと今は心底そう思う。
だってもし集落のエルフ達のように無関心だったらブレリオの残してくれた言葉や期待を受け取る事ができなかった気がするから。
「…………よし、ちょっと外に出てみようかな」
そう思った私は顔を上げて立ち上がり、外へと一歩踏み出して大きく息を吸い込む。
冷たい空気を感じながら見上げた先の空は見た事ないほど広く晴れ渡っていた。
時間にしてみれば短く、体感した身からすれば酷く長いように感じた一連の騒動がようやく終わり、私達は残された惨状と直面する事になる。
「ブレリオさん……」
男達が去った後、遅れてやってきた〝療々の賢者〟リオーレンによって重傷を負っていた私達は治療され、動ける程度には回復した。
しかし、瀕死の重傷を負っていた二人……とりわけブレリオの方はリオーレンの腕を以てしても手遅れで、少しの間だけ命を繋ぐ事しかできない状態だった。
「ぉ……ぁ…………お……れ……は……」
今にも事切れそうなブレリオを前に私達は何と言っていいのか分からずに押し黙ってしまう。
「……ブレリオサン、ボクは貴方の治療を担当した〝療々の賢者〟っス。それで、その、非常に伝えづらいんスが――――」
「じ……ぶんの……から……だ……わ……かって……る……」
意を決してそれを伝えようとしたリオーレンを制し、ブレリオは碌に動かない口を動かして掠れ消え入りそうな声でそう返した。
小さく途切れ途切れで聞き取りづらいながらも何を言わんとしているかは分かる。
リオーレンに言われるまでもなくブレリオは自分の命が長くないと察したのだろう。
「そ、う……スか……すいません、ボクの力量不足っス。療々なんて大層な二つ名を背負ってるのに情けない……」
「い……や……こう……し……て……さいご……に……しゃべれる……だけ……じゅう……ぶん……だ……」
心底悔しそうに俯き、唇を噛むリオーレンにブレリオはそう声を掛けると力の抜けた笑みを溢し私の方へ顔を向ける。
「わる……いな……や……くそ……く……まもれ……な……くて……」
「っ何……言ってるんです……まだブレリオさんは生きてるじゃないですか!」
ブレリオからの出たその言葉に私は思わず感情のままに叫ぶ。もうどうしたって助からないのを理解していてもそう言わずにはいられなかった。
「は……そう……だ……な……で……も……この……ざ……ま…………じゃ…………」
「っ…………」
段々と声が尻すぼみに、か細くなっていくブレリオの姿にもう本当に時間がないのだと思い知らされる。
「そ…………な…………か……お…………す……るな……お…………ま……え……なら…………————」
満足そうな顔を浮かべて口の端を緩めたブレリオは言葉を最後まで言い終える事なく目を閉じ、そのまま静かに息を引き取った。
そこからの事はあまり覚えていない…………というより私はブレリオさんの最後を看取った後、糸の切れた人形のように意識を失ってしまい、まる三日、目を覚まさなかった。
治療してもらったとはいえ、疲労と反動、そして自分では気付かない内に精神的な面での負荷もかかっていたのかもしれない。
結局、あの戦いで生き残ったのは最初に逃げた人達とブレリオを除くあの場にいた私達だけだったらしい。
死体達が化け物になった直後の一撃で戦いに参戦していた他の冒険者とギルドの中で治療に当たっていた職員、並びに詰めていた負傷者も建物ごと巻き込まれて全員が命を落としたとの事だった。
私達が生き残れたのは運が良かったのと、咄嗟の判断が功を奏したからで、亡くなった彼、彼女たちと同様の末路を辿っていたかもしれない。
そうなっていればあの化け物を止める事は叶わず、あの男の言っていたような惨事になっていたかもしれないと思うとぞっとする。
まあ、生き残った側も無傷という訳にもいかず、私とサーニャとウィルソンの三人はしばらくの療養を余儀なくされ、重傷だったエリンに至っては今まで通りの生活に戻る事すら難しいというのが現状だった。
ここまで壊滅的な被害を受けたのに、結局、動く死体や化け物の出処、そしてあの男の正体も詳しい目的さえ不明……最後の言葉の意味も、どうしてそれを残したのかも分からないままだ。
分かっているのは私と同胞と呼ぶことから同じエルフの可能性が高い事、男自身を含めその仲間と思われる集団は相当な実力を有している事、そして人の命を厭わない危険な思想の持ち主である事くらいか。
反応から察するにアライアならもっと何か知っているかもしれないが、今の私にはそれ以上の事は分からないし、正直、そんな事を考えるような気分にはなれそうにない。
どうやったらブレリオが死なずに済んだのか、私の選択に間違いはなかったのか、そんな事ばかりが頭に過り、目が覚めた後もずっと鬱屈とした気持ちを抱えていた。
たぶん、こうして悩む事にさしたる意味はないのだろう。たらればを考えるよりも先の事を考えるべきなのは分かっている、けれどやっぱりそう簡単には割り切れない。
ブレリオさんが言おうとしてた言葉……最後まで聞く事は叶わなかったけど、何を伝えたかったのかは分かる。
一級試験を見てもらうという約束はもう果たせない。でも、私なら大丈夫だと信じてくれたブレリオに顔向けするためにもいい加減前を向くべきだ。
……あの人が死んだと分かった時にはそこまで何も思わなかったのに、出会って日の浅いブレリオさんの死にはあんなにも感情を動かされるとは思わなかった。
これが成長なのか、変化なのかは分からないけど、死者を悼む事ができる人間らしさをエルフの私が持てたのは良かったと今は心底そう思う。
だってもし集落のエルフ達のように無関心だったらブレリオの残してくれた言葉や期待を受け取る事ができなかった気がするから。
「…………よし、ちょっと外に出てみようかな」
そう思った私は顔を上げて立ち上がり、外へと一歩踏み出して大きく息を吸い込む。
冷たい空気を感じながら見上げた先の空は見た事ないほど広く晴れ渡っていた。
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