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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第90話 潰える希望と理不尽な絶望

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 エリンの放った最後に一撃によって引き起こされた爆炎は化け物を消し飛ばし、散らばる肉片へと変えた。

 あそこまで消し飛ばされてしまえば再生力の高い死体達から生まれたあの化け物といえど、復活する事はできない筈だ。

「ひと……まずは……これで……終わり……かな……」

 今回の戦いで私は何もする事ができなかったけど、あの化け物が倒されたのならそれでいい。

私達の他にも生き残ってる人がいればいいけど……。

 周りを見回し、被害の甚大さを目の当たりにしながらも、生き残りを探す。

……もし、ここであの化け物を止められていなければ比較にならないほどの被害が出てたかもしれないと考えると、この程度で済んだ事を喜ぶべきなのかもしれない。

 そんな事を思いつつ、どうにか身体を起こして息を整え、立ち上がる。

「う……まだ少しふらふらするけど、どうにか動けそう……」

 重症ではあるが、矢面に立ったあの二人に比べれば私はまだ元気な方だ。魔力不足で治癒魔法が使えないとはいえ、簡単な治療くらいはできるだろう。

「…………え?」

 重い身体を引きずって向かおうとしたその時、散らばっている化け物だった肉片が意思を持ったように一か所へ集まり始めた。

「嘘…………でしょ…………?」

 もう何度も呟いた分からないこの言葉。けれど、今この時に感じた絶望はこれまでの比ではなかった。

「ゔ嗚呼嗚呼アアあああ嗚呼アアッっ!!」

 その場にいた全員……目の前にいたエリンも、まだ余力があるであろうサーニャも、再生していく化け物を前に呆然として動けない。

 きっとこの絶望を前に頭が理解する事を拒否しているのだろう。

 そしてそれは化け物の再生の隙を与えてしまうということだ。

「ああ嗚呼あああああアッっ!!」

 再生した直後だからか、もしくはもうそんな知能も残っていないのか、化け物は一番近くにいたエリンをではなく、私の方に向かって触手を撃ち放ってきた。

「しまっ――――」

 満身創痍、まして衝撃のあまり思考を放棄していた私にその一撃がかわせるはずもなく、何もできないまま向かってくる触手を見つめる。

「っがぁぁぁぁぁ!!」

 触手が身体を貫く直前、叫びを上げながらぼろぼろのブレリオが間に入って私を突き飛ばした。

「なっ…………!?」

 化け物の猛攻を受け切ったブレリオは立っているのもやっとの状態で、とてもではないがここに割って入るほどの力は残っていない筈だ、それなのに…………。

「嗚呼ああああああアアアああああッッ!」

 おそらくもう魔法を維持する体力も魔力も残ってなかったのだろう。ブレリオの身体は無数の触手にあっさりと貫かれ、血飛沫を上げながら宙に舞った。

「あ、ああ…………」

 時間にしてみれば一瞬の出来事、けれどその一瞬はまるで時間の流れがゆっくりになったように私の脳裏へ目の前の光景を焼きつけてくる。

 どうして命を賭けてまで庇ったのか、どうしてをしているのか、疑問ばかりが浮かび、私はその場から動けないでいた。

「っああああああ!」

 ブレリオが地面にたたきつけられたとほぼ同時に呆然としている私を今度はエリンが抱えて怪物から距離を取る。

 その際にも私は倒れ伏しているブレリオから視線を外せなかった。

別段、仲が良いという訳でもなく、過ごした時間が長いという訳でもない。言ってしまえば試験官を担当してもらっただけの間柄……繋がりは薄く、正直、印象もあまり良くはなかった。

 けれど、その実力は確かだったし、少し捻くれながらも言葉の奥には誰かを思う気持ちがあったのを知っている。

それにあの人は私と約束した。一級試験で納得のいく戦いを見せるって、だから…………。

「エリンさ――――」
「ルーコちゃん、まだ動けるならサーニャさん達と合流して逃げてください。ここは私が食い止めますから」

 目の前で倒れているブレリオの姿を否定したくて、叫ぼうとする私の言葉を遮り、捲し立てるようにそう言うエリン。その表情からは僅かな悲哀と覚悟が見て取れ、私は思わずはっとする。

 確かにブレリオは生死不明、私を含めた全員が満身創痍、あるいは消耗している現状で、綱渡りの末に倒したあの化け物ともう一度戦うというのはどう考えても現実的ではないだろう。

「っ駄目ですエリンさん。もう食い止めるとかそういう話じゃありません。あの巨体でばらばらにされても再生する化け物を相手に今の私達はどうしようもないんです。だから……」

 ようやく正気を取り戻し、我に返った私は慌ててエリンへ言い募る。ここでエリン一人が残って足止めをしようともさして意味はない。

 立て続けに続く理不尽に心が折られなかったと言えば嘘になるが、それでも諦め投げやりになったわけじゃなく、ただ現状を鑑みて出てきたからこそ言葉だった。

「……だとしても私はここで退くわけにはいきません。ギルドのマスターとして……ここで犠牲になった人達に報いるためにも、次に繋げるためにも」

 止める私の言葉に耳を傾けながらも、エリンは聞き入れず、真っすぐ化け物を見据えて戦闘態勢を取る。

っ……駄目だ、たぶんどれだけ言葉を重ねてもエリンさんは退かない。このままじゃ止める間もなく突っ込んでしまう。

 もうエリンを止められないと悟り、あの化け物をどうにかするという方向に考えを切り替える。

 正直、どうにかすると言っても私達で戦って倒す事が絶望的な以上、何か突破口を見つけなければ話にならない。

あの化け物……最初の時よりも小さくなってる……エリンさんの攻撃が全く効いてない訳じゃないってこと…………?

 いかに再生したと言っても完全に消し飛ばされた部分はおそらく戻らないのだろう。そうでなければ小さくなっている説明がつかない。

……でもあの攻撃で削れた質量があれだけなのを考えると、削り切って倒すのは現実的じゃないし、何よりあの再生力がどれだけのものなのか把握できていない状況でそれは無謀が過ぎる。

 ありえないとは思うが、もしも消し飛ばされなければ無尽蔵に再生するというものだった場合、本当に手の打ちようがなくなく、消し飛ばし切ろうにもあの火力を何回ぶつければいいのかという話になってくる。

考えれば考えるほど手立てが思い浮かばない……せめて弱点でもあれば…………あ――――

 半分投げやりにそう考えたその時、突如として脳裏にあの化け物がばらばらにされた瞬間が浮かんできた。

そうだ……確かあの時、木っ端みじんになったあの化け物の身体から何か光る何かが出てきてた……もし、もしもあれが化け物の核だとしたら…………!

 この局面で閃く事に違和感は拭えないが、それでも最早その可能性に賭けるしかない。

 そもそもあんな再生力を何の制約もなしに使える方がおかしい。ならあの何かが核の可能性は十分にある。

「――――それでも待ってくださいエリンさん。このまま何の勝算もなしにいかせるわけにはいきません」
「っルーコちゃんどうして…………ううん、その顔、何か考えがあるんですね?」

 再度待つように言うとエリンは一瞬、険しい表情を浮かべたが、私に考えがある事に気付き、そう返してくる。

「……正直、可能性の話で確実というものでもありません。でも、このまま突っ込むだけよりはずっとましだと思います」

 私は都合よく閃いたという違和感を振り払い、浮かんだ可能性を元に作戦とは言えないようなそれをエリンへと伝えた。
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