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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第89話 最悪と連続と死力を尽くした戦い

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 漂う土煙、辺りに散在する瓦礫の山の中、全身を刺すような痛みに私は強制的に意識を引き戻される。

「げほっ……痛っ……こ、ここは…………」

 走る痛みに顔をしかめながらもどうにか身体を起こして辺りを見回すと、辺りは更地になっており、私の他に人影は見当たらない。

あの化け物は……まだそこにいる……追撃はきてない……?

 どうやら私が意識を失っていたのは少しの間だったらしい。

よくみれば小さな木片がいっぱい刺さってる……鋭い痛みはそのせいか……。

 直撃こそしなかったものの、その余波で吹き飛ばされた拍子に全身を打ちつけ、崩壊した建物の木片を浴びてしまったようだった。

「っまだ、身体は動く……でも、他のみんなは…………」

 たった一撃、それもただ塊を振り下ろしただけの攻撃によって戦線は一瞬にして崩壊。戦力になるどころか生きている人がいるかも分からない上にそれを引き起こした化け物は健在とくれば状況は最悪とすらいえるだろう。

「ゔアああ嗚呼嗚呼嗚呼アああ嗚呼あアアアアあッっ!!!!」

 一撃で私達をほとんど壊滅と言える状態まで追い込んだ化け物は耳をつんざくような咆哮を上げた後、ゆっくり進路を前へと取った。

「っ止め……ない……と……」

 あのまま化け物の進行を許せばこの街はおろか、近隣の村も危うい。

 どうにかして進行を防ごうと立ち上がるが、痛みのせいでまともに歩く事すらままならなかった。

もう治癒魔法を使うほどの魔力も残ってない……たぶん、強化魔法も碌に維持できないと思う……でも、今動けるのは私しかいないなら私がやるしかないでしょ…………!

 そう思って一歩進もうと踏み出すも、身体が付いていかず、前のめりに倒れる。

 どんなに決意を固めようと、気合や想いだけではどうにもできない。

 仮に私がここで少ない魔力を振り絞り、〝魔力集点コングニッション〟を使ったとしても、一撃でこの惨状を作り出した化け物を相手にできる可能性は無いに等しい。

「それ……で、も…………諦める……わけ、には………………」

 そんな絶望的な状況を前にしてなお、手を動かし、這いずるように化け物の方へと進む。

 どうせ逃げ出すほどの体力も魔力も残っていないなら無いに等しかろうとその可能性に賭けてやるという想いを抱えて。

「い、命の――――」
「――――ありがとうルーコちゃん、後は私に任せて」

 覚悟を胸に詠唱を口にしたその時、未だ土煙の立ち込める中を誰かがそう言いながら歩いてくる。

「エ、リンさん……?」

 霞む視界で見上げた先には私と同様に身体のあちこちに木片が刺さったままのエリンが立っていた。

「大丈夫、安心して。あの化け物は私が倒しますから」
「ま、待っ――――」

 エリンはそれだけ言うと私が止めるよりも早く、怪物に向かって駆け出していく。

 傷だらけの身体を抱えたまま。

何でもないように走って言ったけど、エリンさんも私と同じかそれ以上の重症のはず……援護しないと…………。

 残った魔力で出来る事なんてたかが知れてるかもしれないけど、何もしないで倒れているだけなんて嫌だから。

「――――はぁぁぁぁっ!!」

 しかし、そんな私の思いとは裏腹に化け物との戦闘は開始され、エリンが気合の雄叫びと共に拳を構えて突っこんでいく。

「アああ嗚呼あアアアッっっ」

 攻撃を仕掛けるエリンに気付いたらしい化け物は自身の身体を変動させ、肉塊による無数の触手を放った。

「っ……」

 放たれた触手は最初の攻撃のような質量こそ持っていないものの、その速度は比べ物にならないほど速く、あれでは近づくのも困難……案の定、エリンも回避に手一杯なのか、前に進めず攻めあぐねている。

……今の私の魔力じゃあの厄介そうな触手をどうにかするような魔法は使えない。でも、私の方に気を逸らさせる事くらいはできる筈だ。

 無論、そうなれば体力の残っていない私は触手を避けられないだろうが、エリンが攻撃する隙を作れるならそれでいい。

「――――『戒めの光鎖カーマラインツ』」

 そう思い私が地面に伏せながら魔法を撃ち出そうと手を前に構えた瞬間、別の方向から触手を束ね捕らえるように光の鎖が飛び出してくる。

この魔法は……サーニャさん!

 姿は見えないが、触手を捕らえたのはサーニャのよく使う光の拘束魔法だ。おそらくサーニャも私と同様にさっきの攻撃を吹き飛ばされただけでやり過ごし、反撃の機会を窺っていたのだろう。

「――エリンさんっ!!」

 触手が縛られ、エリンの進行を妨げるものはなくなった。化け物までの距離を一気に詰めるべく勢いよく地面を蹴る。

「ああアア嗚呼アアアアあ嗚呼あッっ」

 エリンの接近する気配を感じ取ったのか化け物は縛られた触手を激しく動かして拘束を振り切ろうとするが、相当な魔力が込められているらしく、ひびは入ったものの、まだ魔法自体は効果は続いている。

流石に長時間の拘束は難しそうだけど、エリンさんが攻撃するまでの時間は十分に稼げる……!

 エリンもそれに気付いているようで真っすぐ化け物へと向かっていく。

「嗚呼あああアア嗚呼嗚呼あっッッ!!」
「なっ!?」
「っ!?」

 化け物がさらなる咆哮を上げた次の瞬間、身体や顔の部分までもが再び変動して新たに倍の数はある触手を撃ち放ってきた。

まずいっ……!あれは避けられない!?

 完全な不意打ち、それもあそこまで速度に乗った上にあの距離では触手をかわす事は不可能に近い。よしんばかわせたとしても、あの数の触手が増えたとなると、もはや距離を詰める自体が難しくなってしまった。

「――――うぉぉぉっ『剛芯鉄鋼ワンメタイル』っっ!!」

 無数の触手がエリンを襲うかに見えたその時、横合いから凄まじい速度でブレリオが飛び出し、叫びと共に呪文を口にしながら間に割って入った。

「ぐっがぁぁぁぁぁっ!!?」

 おそらくさっきの魔法で全身を硬化させているのだろうが、触手による猛攻をその身一つで受けるのはやはり厳しいらしく、ブレリオは苦悶の表情を浮かべて声を漏らす。

「っこなくそぉぉぉ!!」

 触手の猛攻を受けながらも、ブレリオはその何本かを引っ掴んで思いっきり引っ張る。当然ながらあれだけの巨体を人一人が動かせる筈はないが、それでも抑え込んだ触手の分、僅かな隙ができる。

 そして生まれたその僅かな隙にブレリオの後ろで控えていたエリンが飛び出して少なくなった触手を掻い潜り、ようやく怪物の前に躍り出た。

「っ――――〝絶気爆焔舞〟!!」

 怪物の前まできたエリンは深く腰を落として両腕を後ろに下げ、爆発的な魔力を噴出させながら踏み込み、拳を振り抜く。

 瞬間、空気が爆ぜる音と共に熱を孕んだ魔力が辺りに伝播し、肉塊の化け物に触れて疑似的な爆発を引き起こした。

「嗚呼ああああああアアああっッッ!!?」

 化け物にも痛覚はあるようで悲鳴にも聞こえる方向を上げるが、エリンの放った拳は一発に止まらない。

 もはや私には速過ぎてどう放っているかすら見えない拳が何度も空気を揺らして爆音を響かせ、衝撃と爆発が化け物の身体を削っていく。

 その速度は死体達に放った〝気焔乱打〟を遥かに上回っており、もはや化け物の体積は半分以下まで削られていた。

凄い……これなら…………?

 エリンの放つ拳こそ見えないものの、みるみる内に削られていく化け物の姿に勝利を確信した私の視界へ光る何かが映る。

「あれは…………」

 肉塊の中に埋まっていたそれに視線を奪われたのも一瞬の事、更に加速したエリンの拳が残った化け物の身体を吹き飛ばして一気に決着をつけんと勢いを増していく。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 裂帛の気合と共に放たれた最後の一撃は一際大きな爆発を伴い、ついに残った肉塊の化け物を消し飛ばした。
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